王子様の訪問
「え」
唐突に言われてイルナが驚く。キルスティの事を言ってるのは分かったが、何故そのような事を聞くのか不思議に思ったからだ。
そこへウィクトルが呆れたように溜息をつき、ユリウスを窘める。
「ユリウス、唐突すぎるだろう。すまない、イルナ嬢。気を悪くしないでほしい」
「え、いえ、それは大丈夫ですが…」
首を傾げたイルナの髪がサラリと揺れる。その時ウィクトルは、イルナの髪に飾られた髪飾りが視界に入った。
思わず手が伸び、イルナの髪をそっと撫でる。驚いたイルナがパッと顔を上げると、嬉しそうに微笑むウィクトルの顔が近くにあった。
「…つけてくれてるんだな。とても似合う」
「え?あ、その……ハイ…」
さっき思い立ったようにアミンにつけてもらった髪飾りに気付かれ、嬉しいような恥ずかしいような気持になる。
段々と赤くなる頬をおさえながら、イルナは必死に平静を装った。が、バレバレだったようだ。
「ウィル、その辺にしてあげなって。イルナ嬢が困ってる」
「いえ、困ってるのではなくて…」
言いかけて口籠ると、ウィクトルが顔を覗き込んでくる。
「ではなくて、何だ?」
「!」
ようやく収まった顔の熱がまた一気にぶり返す。
真っ赤になって固まってしまったイルナを見たウィクトルだったが、何故かウィクトルまで顔を赤くした。
「ス、スマン、うつった…」
「は、はい…」
「あー、はいはい。僕だけ疎外感なんだけど。それより話、続けていいかな?」
「わかってる」
邪魔された気分になったウィクトルだったが、確かにユリウスがいるのにこの雰囲気はまずい。
イルナも同じように感じたらしく、一生懸命表情を元に戻していた。
「とりあえずイルナ嬢」
「あ、あの!」
「はい?」
ユリウスが何かを言いかけた時、イルナが思わず遮るように声を上げる。それに二人は驚いて、不思議そうにイルナを見つめた。
「あの、お二人とも『イルナ嬢』ではなく、『イルナ』と呼んでください。そちらの方が嬉しいです」
そう言ってニコリと笑うと二人は一瞬黙り込み、そして苦笑しながらも頷いた。
「わかった。では改めてイルナ」
「はい!」
「クスクス、元気がいいね。それで話と言うのは君のジョブの事だけど」
「あ、はい」
イルナのジョブと言えば『増幅術師』の事だ。あれからキルスティにも色々聞いているのであらかた知っているが、あまり扱える人がいないジョブらしい。
「僕も知らないジョブだったんだけど、ウィルが知ってたんだよ。西の森の探索中に少し聞いたんだけど、やっぱりあまり人に言わない方がいい」
「…どうしてなんでしょうか。キルスティはそんな事言ってませんでしたけど」
確かに「秘密のジョブ」とキルスティは言っていた。けれど竜達を起こす為にエリクサーを作って欲しいとは言っていたが、アウキシリアである事は隠す方がいいとは言わなかった。
聞いている限りでは危険なジョブには聞こえないし、そこまで秘密にしておく必要があるのか疑問だった。
けれどウィクトルは真剣な顔をして、イルナに向き直る。そしてイルナをじっと見つめながら静かに呟いた。
「アウキシリアはとても希少なジョブだ。そして、その力を欲して君を奪い合う可能性がある。あのエルフも君がアウキシリアだと知っていたから、自分がエルフだと明かしただろう?それ程にアウキシリアの力を手に入れようと、周囲が動き出す可能性があるんだ」
「…何故、ですか?」
ウィクトルの言いたい事がわからない。まだ、何かハッキリしない。でもウィクトルはイルナに隠すことなく、事実を教えてくれた。
「人や魔法そのものの能力や力を増幅できる、それがアウキシリアだ。その力を使えば一騎当千の力を得る事ができる。こう言えばわかるだろう?」
「え…」
ウィクトルの言葉をゆっくりと飲み込むように頭の中に浸透させる。
つまりアウキシリアは、戦場で力を発揮すればとてつもない戦力になると言う事だ。それも本人ではなく、周囲の人間全ての能力を上げる事ができる。
確かにそんな事ができるのなら、喉から手が出る程欲しがる国が出てくる。
「君のそんな希少なジョブにご両親が気付いていない訳がない。きっと君の身を案じてイエルハルド殿に預け、人目につかないようにしたのだと思う」
「………」
何てことだ。自分はただ薬草が早く成長するように、ポーションの効力が上がるように、ただそれだけを思って使えるようになった魔法だったのに。
まさか人や魔法にまで効くなんて思いもよらなかった。
確かにあの王宮で見た「無属性魔法の活用法」という本は、とても変わった内容だった。
今思えば『アウキシリア』を育成する為に書かれた本なのかもしれない。
「でも、私…」
ぎゅっと両手を握りしめ、イルナが俯いたまま呟く。
「人の役に立てるなら、こんなに嬉しい事はありません。だから、自分が納得いく理由でこの魔法は使いたいです」
「それがポーション作り?」
「はい、それもその理由の一つです」
顔を上げ、しっかりとウィクトルを見つめる。
儚げな美しさを持つイルナだったが、その瞳はしっかりとした意思が浮かんでいる。
思っていたほどイルナが動揺しなかったので、ユリウスも安心したように笑みを零した。
「なら良かったよ。正直この話、イルナにしない方がいいのか迷ったんだ。ウィルなんて直前までグダグダ言ってたし」
「グダグダとか言うな!内容が内容なんだから当然だろう!」
「それはそうだけどさ」
おどけるように肩を竦めてユリウスが視線を逸らす。それが何だかおかしくて、イルナもクスリと笑みを零した。
「お二人ともありがとうございます。私の事で色々と考えてくださって」
「いや、いいんだ。イルナが困っているなら助けたい。ただそう思っただけだ」
「そうそう。イルナはちょっと世間知らずだからね。何だかほっとけないんだよ」
「世間知らずですか?そんな事ないと思うけど」
「「ある」」
口をそろえて反論され、イルナが目を丸くする。
そして3人でプッと吹き出し、クスクスと笑い出した。




