ルーメン侯爵家の家族会議
その日の夕方、一旦自分の家に帰っていたイルナだったが、少し考えてから思い立ったように転移のオルビスをポケットから出す。
キルスティに教えてもらった通りに、行きたい場所や行きたい人を思い浮かべてオルビスを握りしめる。
イルナが向かった先は王都にあるルーメン家の自室だった。
「久しぶりだわ…」
旅立った時からひとつも変わらない自室を見渡し、そっと扉を開ける。
この時間なら侍従も侍女も皆夕食の準備で忙しくしているはずだ。
そう考えたイルナは廊下に誰もいない事を確認し、母であるカロレッタの部屋へと向かった。
廊下の角で様子を伺い、再び誰もいない事を確認してから素早く母の部屋に入る。
ドレッサーの上に今日作ったエーテルを数本と、自筆の手紙を置いてから再びコンラード領へ戻ろうとオルビスを握った。
「…イルナ…?」
「…っ!!」
背後から声を掛けられ、驚いて振り返る。
そこには同じく驚きで目を見開いていた母が立っていた。
「あっ…!お、お母様!えっと、ソレ飲んで頑張ってください!!」
「イルナ!ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「む、無理なんです~っ!」
すでに転移の魔法が発動した後だったため、イルナはシュンッと音を立てて消えてしまう。
目の前にいた娘にも驚いたが、忽然と消えてしまった事に信じられないようなモノを見てしまった気がして、カロレッタは思わずフラつく。
ふとドレッサーの上にある物に気が付き、そっと手に取る。その隣に置かれた手紙を開けてみると、間違いなく娘のイルナが書いたものだった。
― お母様へ ―
略式でのお手紙失礼します。
聖竜様の巫女であるお母様のお仕事がどのような事か、最近になって知る機会がありました。
今、聖竜様は少し弱ってるとか…その為にお母様が魔力を提供していて大変だと聞きました。
これは私が作ったエーテルです。
気休めにしかなりませんが、お母様の手助けになればと思い、持ってきました。
ここへは縁あって知り合ったエルフの女の子からもらった、転移ができるオーブで直接来ました。
皆には見られていないので安心してください。
お母様もご無理なさらず、お体ご自愛くださいませ。
イルナは辺境の地から家族の健康と幸せを祈ってます。
それでは突然ごめんなさい。
― イルナ・ルーメン ―
「…………」
手紙を読みながらワナワナと震えだし、カロレッタの顔が真っ青になる。
(う、嘘でしょう…。エルフの友達だなんて…それにエーテル…、エーテルを作った、ですって…!?)
目の前に置かれた可愛らしい小瓶に入ったオレンジの液体を凝視する。
イルナの事だからきっと増幅魔法も施してあるに違いない。
「だ、旦那様に報告しないと…」
ふらつきながらも気を取り直し、カロレッタは表情を引き締める。
聖竜の巫女の仕事の内容を誰に聞いたのか知らないが、イエルハルドではないはずだ。
となれば手紙に書いてあったエルフの存在が非常に気になる。
(私も旦那様も王都から離れる事はできないし、どうにかイルナを見て来てもらわないと)
足早に廊下を歩き、途中で遭遇した侍従にロドルフが帰っているのか尋ねると、どうやら先程帰宅したとの事だった。
ホッとして執務室に向かい、ドアをノックする。中からロドルフの返答が聞こえ、声をかけてカロレッタは執務室に入った。
「カロレッタです。ご帰宅したばかりの所すみませんが、見ていただきたいものが…」
「ん?何だカロレッタ、部屋に入るなり…。これは、イルナからの手紙か?」
差し出された手紙とエーテルを手にし、ロドルフが訝し気に眺めている。
カロレッタに視線を向けるとコクリと頷かれたので、まずは手紙に目を通した。
「…これは、いつ届いた?」
「今先程、本人が持ってきました」
「…は?イルナがここに来たのか?一人で?」
「ええ。転移魔法が使えるオーブを使って来たと手紙に書いていましたでしょう?私の姿を見ると慌てて帰ってしまったけど」
「な、何だと!?」
さすがにロドルフもそれには驚き、頭痛がするのか頭を押さえている。
そして視線をカロレッタに向け、小さく息を吐いた。
「聖竜の事や君の事まで知っているとは、やはりここに書いてあるエルフが教えたのかもしれんな」
「そうだと思いますわ。それにイルナがアウキシリアだと言う事も多分…」
「言ってるだろうな、確実に」
「ええ」
あれほど秘密にしておかないといけないと思っていたが、完全にロドルフとカロレッタのとった行動が裏目に出てしまっている。
イルナ自身に何も教えず辺境の地へと追いやった結果、エルフと友達になるなんて誤算以外の何物でもない。
「やっぱりあの子にはきちんと話しておくべきだったわ」
「今更言っても仕方ないだろう。それより今後の事を考えないと」
「聖竜様もイルナをご所望ですし…」
「そう言えば第二王子のウィクトル殿下も、今コンラード領にいるらしい。イエルハルドの手紙に邸に滞在していると書いてあったが」
「なんてこと…!もう絶対に色々とまずい事になってるわ!旦那様、どうしましょう!」
混乱しそうになる頭を必死で落ち着かせ、カロレッタは懇願するようにロドルフを見つめる。
二人でどうしたものかと悩んでいると、突然執務室にノックの音が響いた。
「失礼します。父上、少し相談したい事が――」
「「ラルス!!」」
「…はい?」
きょとんとしたラルスを二人が凝視し、お互いの顔を見合わせたかと思うと頷き合っている。
何の事か分からないラルスは不思議そうに首を傾げ、二人の顔を交互に見た。
「な、何なんです?」
少しばかり嫌な予感がしなくもない。
するとロドルフはビシッとラルスを指さし、名案だとばかりに命令した。
「お前は今から騎士団に休暇を出し、その足でコンラード領へイルナの様子を見に行ってこい!」
「…はあ?」
後々説明を受けるまで、何でそうなるのかさっぱり分からないラルスだった。




