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養父の苦悩


 翌朝、イエルハルドはイルナを邸に呼び付けた。

 理由はあの魔石の事を聞く為だ。


 ノックの音がして、イルナが執務室に現れる。

 イエルハルドは優しく微笑むと、イルナに座るよう促した。



「朝からすまないね。イルナに聞きたい事があったから」

「何でしょう?」



 どうやらすっかりあの石の事を忘れているらしい。

 不思議そうに小首を傾げている様子は悶絶する程の可愛さだと、イエルハルドは必死に堪えていた。

 ここまでくると変態のようだが、イエルハルドはいたって真面目にイルナが可愛いのだ。

 とにかくゴホンとわざとらしい咳をして、気持ちを落ち着かせる。

 そしてスッと真面目な顔をしてイルナをじっと見た。



「君が渡してくれたあの黄色い石、あれは一体何だったんだい?」

「あっ…!」



 忘れてましたと顔に思いっきり出ている。

 困った時に投げろと言っていたので、ウィクトルがピンチの時に投げてみたら、凄まじい風魔法が放たれたのだ。

 イエルハルドにしても説明がないと困るのだ。

 すると少し悩んでいるような素振りを見せたイルナだったが、元々イエルハルドには話すつもりだったのだろう。ポツリポツリと説明しだした。


 彼女が言うには先日持って帰った廃棄用の魔石に、風属性の魔力を注入してみたとの事だった。

 最初は失敗して、何度も石が破裂したらしいが、魔力を注ぐスピードと量を調節していくうちに、空の魔石に魔力を入れる事に成功したそうだ。



「魔石は鉱山に廃棄すると、数年後に復活する事があると聞いた事があって、それなら自分で入れれるんじゃないかって…」

「誰にそんな事聞いたんだ?」

「弟のラルスが言ってました。鉱山に含まれる魔力を、廃棄された石が吸い取って復活するらしいって。でも、実際試したらとんでもない量の魔力が必要だったので、普通の魔石の復活は無理だって思ったんです」



 確か彼女の弟は凄腕の魔法剣士だったな、とイエルハルドは思い出す。第一騎士団の団長が自慢げに話していた記憶がある。

 さすがにハイスペックな両親を持つと、その息子も優秀なようで、知識の方もかなりなものだと言われていた。

 そんな事を考えながらもイルナの台詞の気になる部分を拾う。



「とんでもない量?」

「普通の人ならば、魔力の枯渇まで注ぎ続けても足りません。枯渇5回分くらいの魔力を入れてようやく赤く光る魔石に戻ります」

「何だって!?そんなにいるのか!」

「はい…ですので人が魔石を再利用するのは効率が悪すぎますね。新しいのを買う方が楽ですし、何より無属性の魔力を注がないといけないので、誰でもできる事ではないです」

「…」



 そこまで聞いてイエルハルドは絶句する。

 今イルナが言っている事はとんでもない内容だ。

 

 まず魔道具のエネルギーとして使っていた魔石が、人の手によって復活させられるという事。

 そして空になった魔石に新たに別の属性の魔力を注ぐ事で、魔法を放つのと同じ効果を得られる事。その場合、魔力は枯渇状態になる程入れる必要がなく、寧ろ放ちたい魔法を撃つイメージで注げばいいという事。



(これもアウキシリアであるイルナだからか…)



 イルナが増幅術師アウキシリアだと言う事は、イルナを預かる事になった時にロドルフに聞かされていたので知っている。

 この事実はまだ誰も知らず、国王陛下にさえ秘密にしていると言う事も。



「イルナ」

「はい、小父様」



 いたって真面目な顔でイルナが返事をする。

 彼女も馬鹿ではない。事の重大さを分かっていて、なおかつ自分に相談しようと思ったのだろう。

 だから手っ取り早く信じてもらう為に、あの魔石をイエルハルドに手渡した。



「この事は他言無用だ。その意味、わかるね」

「はい…、やっぱり危険ですよね…」

「ああ。実際に魔石に魔法を入れる事がどれだけの人間にできるかわからないが、知れ渡ると悪事に使われないとも言い切れない。君の事は信頼してるが、他人は別だ」

「お金にもなりそうですし、戦争でも役立ちそうですもんね」

「その通りだね。全く、君には驚かされるなぁ…」



 ようやくそこでイエルハルドが表情を緩めた。それを見てイルナもホッとしたように微笑む。

 丁度その時タイミングよく執務室のドアがノックされ、ギュンターがお茶とお菓子を持って入って来た。



「ありがとうございます、ギュンターさん」

「いえ、ごゆっくりなさってください」



 そう言うと礼儀正しくお辞儀をし、ギュンターが退室する。

 イルナはギュンターの入れてくれたお茶を飲み、一息ついた。



「そういえばイルナ、ポーションは今どのくらいある?」

「えと、小父様に依頼を受けましたので200個程作りましたよ」

「200!?早いな!」

「優秀な侍女が手伝ってくれましたから」



 ニッコリ微笑んで告げると、イエルハルドは感心したように溜息をついた。



「それなら後で誰かに取りに行かせ…ああ、ダメだ。うーん…」

「あの、後で持ってきますよ。台車に乗せれば重くないですし、アミンは物凄く力持ちなのできっと手伝ってくれますから」

「アミンが?それなら大丈夫か。では後でギュンターに渡してくれ」

「わかりました」

「支払いはギュンターからさせよう。それでいいね」

「はい、ありがとうございます」



 丁度お茶も飲み終わり、イルナが席を立つ。

 イエルハルドに軽くお辞儀をし、執務室を後にした。


 イルナはイエルハルドに話せて気持ちが軽くなったのか、今日はハイポーションを作ろうと、うきうきしながら自分の家に戻って行った。


 執務室で一人残っていたイエルハルドが、頭を抱えて悩んでいるとは全く知らずに。






 ※※※






 イルナが出て行った後、イエルハルドはギュンターを呼び付けた。



「イルナが後でポーションを運んでくる。受け取って支払いをしておいてくれるか」

「かしこまりました。お支払いは市場のポーションと同じ金額でよろしいですか?」

「ああ、それで構わない」

「ではご用意しておきます」



 一礼をし、ギュンターが退室する。

 実際イルナの作るポーションは他の物より性能がいい。なので市場より高値で買ってもよかったのだが、イルナが首を縦に振らなかった。

 理由は沢山買ってもらえるのに、そんな優遇されたら申し訳ないそうだ。

 優遇ではなく適正価格なのだが、イルナにとってはただでさえ養ってもらっているのに、これ以上イエルハルドの負担になりたくないとの事で。

 そうまで言われてはイエルハルドも折れるしかなく、市場価格での買取と言う事でお互い手を打った。



「それにしても…次から次へと問題が湧いてくるな…」



 届いたもう一つの手紙を眺めながら、盛大に溜息をつく。

 こちらは昨日ウィクトルが言っていた王都からの手紙だった。

 送り主は宰相であるアラヌス・マオーラ公爵からだ。


 内容は、ウィクトルから聞いていた事が殆どだったが、殿下がしばらく滞在すると思うので、よろしく頼むとも書かれていた。



「言われなくても放り出したりできるかっての」



 一人きりの部屋で思わず悪態をつく。

 それともう一つ気になる事がある。

 東の森に現れたブラッドグリズリーだ。


 普通の魔物は死んだ後も死体が残る。魔物の遺体からは素材となる部位もあり、討伐してから部位を持ち帰り、ハンターギルドで買い取ってもらうのが主な流れだ。

 けれど『ブラッド』の名の付く魔物は核を残して消えてしまう。そして討伐にも命がけになる程に強く、かなり危険な存在だ。

 そんな魔物が我が領の森に出現したとなれば、これは放っておけない。



(明日から殿下達は西の森の探索をすると言っていた。万が一の事があってはいけないし、精鋭数名を護衛に付けるべきか…)



 兵士全員を動かす事は、国の防衛の関係上難しい。ここを手薄にしては元も子もないからだ。

 だから軍を分隊し、定期的に森や町を見回り、異変がないか確認している。

 そういう意味で昨日の魔物の出現は、ある意味「異変」の部類になるだろう。


 イエルハルドは一人頷き、執務室を後にする。

 向かった先はウィクトルの滞在する客室だった。







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