初恋かもしれない
あの後皆の元へ戻った二人だったが、幸いお酒も入って騒いでいたらしく、誰かに何か言われるような事はなかった。
そしてウィクトル達はイエルハルドの邸に滞在する事になり、そのままコンラード邸へ戻って行った。
けれどドロテアだけはイルナの様子がおかしい事に気付き、イエルハルドを説得してイルナの家に泊まる事にした。
「で、ウィル様と何かあったでしょう?」
「え」
イルナの寝室で寝間着姿でくつろいでいたドロテアが、フッと目を細めてイルナを見る。
その視線が何とも居たたまれなくて、イルナは予想以上に動揺した。
「な、何もないわ!」
「そんなウソ私に通用すると思ってますの?イルナだけじゃなくウィル様も様子がおかしかったですし」
「それは…私が薬草を植えてるのを見て…」
「そんなの見たからって様子がおかしくなるわけありませんわ。正直におっしゃい」
「う…」
ぐっと言葉を詰まらせる。
魔法を見られた事は言えないが、自分が動揺しているのはその後の事だ。
「わ、私を…その、褒めてくださっただけよ!それで、それがちょっと嬉しかっただけ…」
「ふーん…」
全く信用していない顔だ。イルナはどう説明するべきか困り果ててしまう。
すると突然、ドロテアが脈絡もなく呟きだした。
「薄いブラウンの髪にブルーグレーの瞳で、男らしい精悍なお顔立ち。逞しい体つきなのにスラリとしていて、佇まいも所作も美しい。一流の男性だわ」
「…!」
誰の事を言っているのかイルナはすぐに気付く。というか気付かない方がおかしい。
「ドロテア、貴女まさかウィル様の事…」
「狙ってませんわよ」
すぐさま言おうとした事を否定された。
ホッとして力が抜けると、ドロテアがそれを見逃さないように指摘してきた。
「ホラ、その安心感は何ですの?私がウィル様を狙っていないとわかって、ほっとしたのでは?」
「…!」
言い当てられて言葉を詰まらせる。何か言おうと口をパクパクさせていたが、観念したようにイルナがポツリと呟いた。
「…素敵な人だとは思ったわよ。でも、まだそれだけだわ…」
「それだけでもいいですわよ!イルナってばそんなに綺麗なのに、浮いた話一つなかったんですもの。ウィル様が何者か存じませんけど、ここにいらっしゃる間に距離を縮めるべきですわ!」
「え、そ、それは…」
「縮めるべきですわ」
「は……はい……」
ドロテアのあまりの熱意にイルナが敗北を味わう。
そうは言っても何かを探しに来ただけみたいだし、数日間滞在すればどこかへ行ってしまう人だ。
ドロテアの手前頑張ります宣言をさせられたが、あまり深入りしないでおこうとイルナは思った。
※※※
その頃コンラード邸では。
客室に通されたウィクトルはユリウスを呼び、今後の予定の確認をしていた。
「とりあえず明日は一日休息を兼ねて物資の調達をします。明後日は西の森へ探索へ行きますが、東の森の3倍程の広さがあるらしいので、北よりから順に探索しようかと」
「わかった。それで、あいつ等は魔核は持ってたか?」
「はい、こちらに」
ウィクトルに言われるのを予想していたらしく、ユリウスは数個の魔核をウィクトルに差し出した。
それを受け取り、鞄から何かを取り出す。
「これでようやく半分程か…」
取り出したのは魔道具だった。魔道具には宝珠がセットされていた。
ウィクトルが宝珠の上部にある魔道具の小さな穴に魔核を置く。すると魔核が音を立てて溶け出し、宝珠の中に吸い込まれた。
「まだまだ先は長いなぁ」
「お前、口調を統一しろ。丁寧に喋ったり雑だったり、いちいち面倒臭いぞ」
「いいじゃないか。仕事の報告は丁寧に喋る方がそれらしいでしょ」
「せめて人前では統一してくれ。でないとやりにくい」
そう言って溜息を付くウィクトルに、ユリウスは意地の悪い笑みを浮かべた。
「何なに、イルナ嬢の前とか?」
「なっ、お前っ…」
「美しいとか呟いてたし、イルナ嬢を追いかけて行ったからね。気に入ったんでしょ」
「…うるさい」
ウィクトルが顔を赤くしてそっぽを向く。そんな様子を見てユリウスは驚いたように目を瞠った。
「何、本気ですか?本気で惚れちゃったんですか?」
「お前そういう事言うのやめろ」
「だってウィクトルのそんな姿見るの初めてなんだけど。うわぁ、ひょっとして初恋じゃないの?」
「うるさい!初恋とか言うな!恥ずかしいわっ!!」
「うわー、うわー、マジでウィクトル恋しちゃったんですか?うわ、明日お祝いしないと!」
「するな!」
わーわー騒ぎ出すユリウスに、怒りでヒクヒクとウィクトルの顔が引き攣る。
初恋を祝うとか、勘弁してほしい。
というか初恋がどういう物なのかもわからないし、そもそもお祝いをするのであれば両想いになってからではないのか。
「ウィクトルってさぁ、王子様だしその顔だし、すごくモテるのに好きな子一人もいなかったもんなぁ」
「いるわけないだろう。俺は兄上の利になる相手としか添う気はないんだ。そうでなければ王子である意味がない」
「でた。ブラコン発言」
「ブラコン言うな。殺すぞ」
ジロリと睨みつけられ、ユリウスが肩を竦める。
そうだ。自分は尊敬する兄上が王位に就いた時、傍で支えていけるようになりたいのだ。
その為に婚姻も利のある家から娶ると決めている。
決して、自分の感情を優先させてはいけない。だからこそ年頃の令嬢達と交流する事はあっても、深く関わる事は避けていた。
それなのに、ここでイルナに出会ってしまった。
幸いなのは彼女の家が侯爵家だと言う事と、その両親が宮廷魔術師長と聖竜の巫女だと言う事だ。
それだけの後ろ盾があるのなら、イルナは相手として申し分ない。
(それにあの力…)
増幅の魔法が使える人物は、長い歴史の中でもほとんどいない。
そしてその事実を知ってるのはほんの一握りの人間だけだ。
それだけ希少かつ有益な職業なのだ。
(アウキシリア…本当にいたのか…)
本人は全くわかっていないようだったが、アレをそのまま放置するのは危険だ。
悪意のある者達から、守ってやらないといけない。
「ユリウス」
「はい?」
「時期を見てイルナ嬢に婚約を申し出る」
「へ?え、覚悟決めるの早くない!?」
「いいから、お前は手を出すなよ」
「…わかりました。セリクとヨアキムにもよーく言い聞かせておきます」
「頼んだ」
これだから初恋は…とユリウスが呟いていたのが聞こえたので、とりあえず近くにあったクッションを投げつけておく。
後頭部に直撃して「うわっ!」と驚くユリウスを見て、少しだけ気が済んだ。




