プロローグ、その壱
夜ではあるが身の回りには、素晴らしい身が震える様な景色…
天空には煌々と光輝く三日月、
柔らかい風にさざ波の立つ群青の水を満々と湛える湖、
湖の周りには大きな枝を空に向かって手を広げる様に広がる葉の隙間からは月の光がキラキラと見え隠れしている。
正に僕にとって身も心も豊かにしてくれる風景が広がっている。
その景色だけならどんなに気持ちの良い夜の散策になっただろうか、
しかし、残念ながら目の前には、皮の胸当てを付け、幅広の直剣を片手に涎を口の端に溜めながら厭らしい目線を向けているたぶん人間種の男どもが立ちふさがっている、と言った光景に溜息のでてくる。
その男どもはこれまた気分を不快にさせる様な声で僕達に
「小僧、何を見ているお前もご相伴にあずかりたいのか?エェ?」
「それとも、隣にいる女共を俺たちに恵んでくれるのかぁ?ヒィッヒッヒ」
「おー、それも良いなぁ俺達五人で一匹を廻すだけじゃ、物足りなく感じてたところだからなぁ」
などと、勝手な事をほざき厭らしい笑みを浮かべながら話しかけてくる。
見ているだけでイライラすると言うのに、そんな下衆の言葉をかけられ僕の中には明確な怒りが湧いてくる。
しかも、僕達を挟んで汚らしい男どもの向こう側には、僕より少し年下に見える可愛い女の子が震えながらも大きなぱっちりとした目に涙を溜めて流れ落ちるのを唇を噛み締めて我慢している姿が見えた。
男どもの「一匹」と言う言葉が気になり足下から頭に先までそっと眺めてみると、頭頂部に小指の先ほどの角?に見える様な物があるが、少女の可愛さを減じる様な要素には成らなかった。
僕にとっては見慣れた物だったからと言うのもあるかもしれない。
もちろん、他の人間達が見たら驚く…のかな?
このやり取りで僕は厭らしい笑みを浮かべている男どもを脳内手帳に鬼籍簿行きと記そうかと考えている僕の隣から
「オマエ等、何をやっている!まさか剣を振りかざして不埒な事を考えているのではあるまいなぁ」
と身長の高い美丈夫が上から目線で言い放ち。
「私したちの事を厭らしく見て汚らわしい、その少女は私したちがお身内の所へお連れいたします、さっさとこの場から失せなさい!」
と小柄な着物姿の美少女が言葉に刃を乗せて言ってのける。
僕の両隣にいる連れならば言うだろう言葉を、やっぱり言ったかぁと苦笑していると
男どもははじめポカーンと呆けていたのだが、少しずつ言われた言葉の意味を理解してきたのか、徐々に顔を赤くし茹でダコの様になりながら
「何だとこのアマ、おとなしく言えばつけ上がりやがって」
「その綺麗なおべべを切り刻んでゆっくりと可愛がってやるから覚悟しやがれ」
「楽しんだ後は、叩き売ってやるからなぁ」
などと口に溜まった涎を飛ばしながら、剣を振りかざして今にも飛びかかってきそうな、正に小悪党の見本のような様子になんてお約束なパターンだと感心してしまう僕…
現在の日本に住んでいれば巡り合わない状況に遭遇しても、なんとも緊張感の欠片もないのだが、たぶん僕が一般的な日本人とあまりにも違うからなのかもしれない。
数日前に二十歳の誕生日を迎えパット見には典型的な日本人の僕『皇 龍輝』《すめらぎ りゅうき》は産まれた時?から人とは違っていた、違う者だった。
僕には両親が居ない。
気付いた時には、僕の祖父で育ての親 皇 源龍と今も両隣にいる二人の女性だけが家族だった。
と言っても、人間は祖父だけで家族だと思っていた二人の女性は人間ではなかった。
その事に気付いたのは、つい最近と言うか今日だった訳でそれまでは姉だと思っていた。
長身の美丈夫が 守麗、小柄な美女は 裂嘉と言う。
まぁ、人でなくても僕にとっては大切な家族なんだけど。
そうそう、人と違ってたって事なんだけど、僕の両目は左右で色が違う。
片方は黒目が銀色、もう片方は金色でなぜか縦に細長い龍眼だった。
もっとも、怒りなどで興奮すると縦長に裂けて龍眼になるだけで普段は色が違うだけなんだけど。
でも、その目は普通の人が見れない者まで見る事が出来た。
そう、ものの化や妖怪・神や魔獣・魔物と呼ばれる者達が普通に見えた。
見えるだけでなく、もちろん触る事も一緒に遊ぶ事も出来た。
彼ら、ものの化・妖し達もその事がとても嬉しいらしくて、小学校に入るまで彼らがいつも遊んでくれた。
もちろん今でも彼らとは友達だ!
でも、学校に入ったら人間の友達を作らないといけないと言われて、家の中か夜中以外では遊んでくれなくなってしまった。
最初は訳が分からず悲しかったけれど、
「人間の友達には彼らが見えないんだよ」
と守麗ねいさん、裂嘉ねいちゃんに教えてもらった、何故なのかは分からなかったけど単純に「そうなんだぁ」と納得してしまったのを覚えている。
それからは昼間は人間の友達と夜は彼らもののけ達と遊んでた。
でも、遊んでばかりじゃない。
僕の家は 皇流兵法の道場(と言っても門弟は僕一人だったんだけど)を開いていて、源龍じいちゃんに毎日鍛えられた。
修行は三歳の誕生日から、いきなり道場で「これから道場では師範と呼べ!」と告げられ「じいちゃん」と呼んだ途端、問答無用で拳骨が落ちた。
そのクセ道場以外では「じいちゃん」と呼ばないと拗ねるんだから困ったじいちゃんだ。
皇流兵法は刀術・杖術・槍術・格闘術・馬術・弓術などの総合武術だけでなく、隠業術などの体術から孫子の兵法を基にした軍術・計略術まで何でもござれの危ないものだった。
その事に気付いたのは中学になって、規則だの目上を敬えだのと事あるごとに学生に難癖をつける性悪先生に、学生仲間で悪戯をしかけ様とした時に何気なく話しをいたら、僕の発言の度に引き攣り青くなった顔で仲間に必死で止められた時だ。
(まぁ、獣用の足に引っかけて宙づりにする鋼線ワナ!、頭上から水の代わりにガソリンの入ったバケツを吊るしかかと引火する様に足下に火のついた蚊取り線香!、黒板消しの代わりに紐で吊るした鉈を設置後頭部へ直撃!
などと言った殺傷確率がきわめて高いものばかりだったからしかたないんだけど…)
その後、仲間から悪戯の誘いはパッタリとなくなってしまいチョッと寂しかった。
体術・武術の修行は厳しくて五歳になるまで毎日の様に血尿が出ていたものだ、体が小さい頃は組み手の相手はものの化や妖し達がしてくれていたが、中学になる頃には僕の動きにみんなついて来れなくなっていて、専らじいちゃんと組み手をするようになっていた。
馬術は魔獣の大きな狼さんや聖獣の白い虎さん、神社などに飾られている様な神獣の狛犬さんの背を借り、
軍術・計略術は何故かじいちゃんではなく裂嘉ねいちゃんが先生で、昔行われた戦を題材に色々と模擬戦を行った。
その際に戦国大名の織田信長は実は戦術は苦手で、戦国の覇者に手が届くまで上り詰めたのは優れた戦略と適材適所の武将活用術だったのではないかと言った事が講義内容になって面白かった。
思うにじいちゃんは脳筋武術バカだったので、裂嘉ねいちゃんがカバーしてくれていたんだろう。
でも、家の事はじいちゃん、裂嘉ねいちゃん共に能力皆無で掃除・洗濯・炊事は守麗ねいさんがしてくれていた。
もちろん、僕も良く手伝って特に料理は今では特技といっても良いかもしれない、守麗ねいさんには敵わないけど。
体も大きく粋で男勝りに見える守麗ねいさんは実はとても才色兼備・大和撫子のお嫁さんにしたいお姉さんキャラ。
僕の周りには守麗ねいさんが初恋の人と言うヤロー共が両手の指より多いくらいだった。
と、とても幸せで平穏?に今まで生きて来たかのように見える僕も小学校の頃はクラスメイトに両目の色の事で随分イジメを受けた。
一部の女の子からの受けが良かった事もあってクラスの男全員から暴行を受けた事は一度や二度ではなかった。
ただ、じいちゃんとの修行で鍛えられた体にとってそよ風の様なものだったし、じいちゃんから
「武術を身に付けた者はむやみに手を出してはならない」
と戒められていたから気にしていなかった。
そんな僕を見て苦々しく思っていたイジメのリーダ格の男子(イジメ君)は、僕が学校で飼育係になっていたウサギやニワトリを嬲り殺しその罪を僕になすりつけようとした。
その現場を目撃した僕は怒りのあまり、そいつを殴ろうと飛びかかってしまった。
ちょうど居合せた担任の女先生の制止の声で我に返りなんとか殴るのは踏みとどまったんだけど。
後日、イジメ君の母親が学校に乗り込んで来て僕が飛びかかった事が問題になってしまった。
その際、何故か動物への虐待は不問にされ僕はイジメ君に謝罪をさせられ、しかも僕を庇ってくれた女先生は学校を辞めさせられた。
なんでも、イジメ君の母親は教育問題の専門家でテレビにもの出ていて、その発言力を恐れた学校の意向だったようだ。
もっとも、それから数年後イジメ君は動物虐待よりもっと大きな犯罪を犯して母親はメディアから消えたけど。
そんな事もあって、中学に入る時カラーコンタクトで目の色を隠しごく普通に何の力もない草食系男子として以降の学生生活を過ごした。
小学校の経験もあって、実は少し人間嫌いな一面が僕にはある。
人間とものの化・妖しどちらを優先するかと言えば…家族を除けば人間は二の次にしてしまっていた。
もしかしたら、心の奥底では僕は人間を同じ種族だとは思っていなかったのかもしれない。
実はそれが事実だったんだけど、それはいけない感情だと二十歳の誕生日まで心の奥底でモヤモヤし続けていた。
そして、二十歳の誕生日がやってきた。




