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天上を目指す者  作者: 水平線
プロローグ
4/19

プロローグ4

「ふぅ、まさか時の涙だけでなく破砕の牙を使うことになるとはね……」


 アークノイルを倒すことはもっと簡単に済むと思っていたランカトゥーリスだが、アークノイルの力は思っていた以上に強かった。それこそ自身の持つアーティファクトがなければ追い詰められていたのは自分であっただろう。

 ランカトゥーリスがアークノイルを殺せたのは紛れもなくアーティファクトのおかげだった。


「時の涙に破砕の牙、それがお前のアーティファクトの名前か?」


 しかし、殺したはずの男の声が聞こえ、ランカトゥーリスは身を硬くする。

 見ればアークノイルは何でもないような顔で立ち上がっているではないか。


「嘘……」


 そんなはずはないとランカトゥーリスは心の中で呟く。確かに自分はアークノイルの心臓を貫いたはずだ。感触も確かに手に残っているのだから間違いない。


「うん? なぜ、俺が生きているのか気になるか? どうせ、もう使えん手だから教えてやる。これだ」


 そう言ってアークノイルは懐から何かを取り出す。

 それは大人の男の手の平より少し大きいくらいの黒い人形だ。顔も何もない人型の人形。それを見ただけでランカトゥーリスはなぜアークノイルが死んでいないのか理解できた。


「リバースドールね」

「ああ」


《リバースドール》

 子爵級のアーティファクトにして、一回限りの使い捨て。

 対象者が死に陥った場合、身代わりとして代わりに死を迎える。使用前なら白かった人形は死を迎えると黒色に変色してしまう。


「まさか使う時が来るとは思わなかった。だがおかげでいいことを聞いた。貴様は俺様を殺すために二つのアーティファクトを使用した。一つは俺の心臓を貫いた剣、こいつが破砕の牙だろう。そしてもう一つが時の涙とやら……貴様、そいつで時を操っていたな」


 アークノイルがはっきりと断言する。


「ばれちゃった」


 そして返すランカトゥーリスはあっさりとそれを認めた。


《時の涙》

 ランカトゥーリスが持つ公爵級のアーティファクトにして時を操る能力を持つ。

 それは対象者と対象者が指定したものの時間をそのままに時間の巻き戻しや早送り、一時停止等を行う。

 そして時間の操作中は対象は現実による干渉がなされず、また干渉することも出来なくなる。

 アークノイルへと近付くのは時間を止めて行った。故にアークノイルにしてみれば一瞬にして近付いたように見え、また感知することも出来なかった。

 アークノイルの攻撃もまた時間を止めてかわした。ただ、最初のアーティファクトによる攻撃は自分とアディーナを対象にしてそれ以外の時間を早送りにすることでやり過ごした。時間操作中は現実に干渉されないことを利用した防御法だ。

 だが、時間操作中は現実への干渉も出来ない。故に時間を止めたままアークノイルに攻撃することは出来ず、いちいち時間操作をやめて攻撃しなければならない。だから攻撃が当たる寸前に時間操作を解いて当ててきたのだが……


「確かに貴様は強い。だが、身体能力は俺より弱い」


 ランカトゥーリスの身体能力は決して低くはなくむしろ高い。だが、アークノイルという存在はそんなランカトゥーリスの更に高みにいた。

 総合的に見ればランカトゥーリスの方が同等かそれ以上の力を持つが、身体能力だけ見ればアークノイルの方が上だ。


「私が弱いのではなくて、貴方が強いのよ」

「む、当然だな」


 ランカトゥーリスの言葉をそうだったとばかりにアークノイルが肯定する。


「それにカラクリが分かった以上、対処の使用もある。もう貴様には俺は殺せん」

「どうかしら?」


 アークノイルの言葉にランカトゥーリスは微笑みを返す。ネタが割れようともランカトゥーリスのアーティファクトの前ではどうすることも出来はしない。ランカトゥーリスはそう考えていた。


「何をよそ見をしている」


 不意にアークノイルが声をかけてきた。だが、ランカトゥーリスはアークノイルから目を逸らしたことなどない。

 言葉による惑わしかとランカトゥーリスが思った瞬間、腹部に熱い感触を覚えた。

 そこを見てみれば、自身の腹から赤い刃が生えているのが見えた。否、刃が生えるなど有り得ない。刺されたのだ。

 だが、一体誰に?

 普通に考えればアークノイルしか有り得ない。だが、アークノイルは目の前におり、愉しそうに笑っている。

 そのアークノイルから目を離して刃の出元を見てみれば、それは地面から伸びていた。

 その赤には見覚えがある。


「血」


 刃は血液で出来たものだった。そしてその血液は死体となった神達のもの。


「その通り。聖天族の女がいい感じに神達を殺してくれたおかげで貴様を殺すには十分な量がここにある」


 それこそが蒔かれた種だった。吸血鬼は自らの血液を媒介にして武器を作り出すことが出来る。そしてそれはシモベとなった者達の血液でも同じ。

 例えシモベが死んでいようとも、その血液には自分の血液が混じっている。つまり血液を操作することなど容易いことだ。

 最初にランカトゥーリスに消し飛ばされた者達は血液どころか肉片のひとつも残りはしなかった。だが、アディーナの剣によって斬り殺された神達は大量の血液を流出し、辺りにはアークノイルの扱うことが出来る血液で溢れかえっている。


「そら、ボケッとしてる暇があるのか?」


 アークノイルが念じるだけで辺りの血は刃と化してランカトゥーリスに迫る。

 ランカトゥーリスは時の涙で自分以外の時間を止めることでそれをかわそうとする。

 アーティファクトの発動と同時に時間が停止し、ランカトゥーリスは現実の干渉を受けなくなる。だが、元から刺さっている血の刃はランカトゥーリスの一部として止まった時間の中にいるためランカトゥーリスが動くにはまずこの刃を抜かなければならない。


「くっ、う、あぁぁ」


 刃を抜く時に激痛が走る。

 ただの刃物を抜くだけではこうはならない。アークノイルがランカトゥーリスを貫いた刃に返しをつけていたのだ。

 自分が刃を抜いた場合も考えて形成されたそれにランカトゥーリスは敬服した。

 そして痛みを堪えながらもう一度アークノイルの心臓を貫いてやろうとアークノイルを見た時に、その異様な物が目に入った。

 そこにあったのは繭。それも赤い繭だ。恐らく血液で作ったのであろうそれは人が十人は入れそうなほどに大きく、アークノイル一人が入るには大き過ぎた。

 もちろんたかが血液で出来た壁など容易く壊せるが、それを行うにはまず時の涙を解除しなければならない。

 吸血鬼にとって支配している血液は手足であり、目でもある。相手は自分が時の涙を解除した瞬間にまたも自分を刺し貫くに違いない。

 全てが後手に回る状況を作り出された。それはアーティファクトの名前からどんな能力かをほぼ正確に推測されてしまったことを意味している。


「やばいな……本当に負けるかも」


 ランカトゥーリスは自身の敗北を予感した。

 だが、引くなんてことは考えられない。

 生まれ落ちた時から他の神を圧倒する実力を備えていた彼女にとって自分を窮地に立たせる者の存在なんているはずがないと思っていた。

 神はどうやって生まれるのか?

 そんなことは神にもわからない。

 ある日突然そこに現れるのだ。故に神は恋などしない。生殖行動など必要ないのだから当然であろう。

 だがしかし、ランカトゥーリスの胸のうちには恋と似たような感情が芽生えつつあった。

 自分を敬う存在はあれど、対等な存在などいない孤独な状況の中でアークノイルという男はランカトゥーリスを対等に見てくれている。

 初めてのことにまず嬉しいという感情が芽生え、アークノイルの挑戦に応えたいと徐々に思い始めた。だからこそここで諦めてやるわけにはいかない。

 ランカトゥーリスは時の涙を解除して次に破砕の牙で血の繭を破壊する。


《破砕の牙》

 あらゆる物質の破壊を目的とした候爵級のアーティファクト。この刃の前に砕けぬ物は存在しない。


 砕けた繭の先にあったのはまたも繭だった。

 二重の壁。それを認識する前に血の刃がランカトゥーリスを襲う。半ばまで刃が体に侵入したところで時が停止する。

 引かねば負けるが、引くわけにはいかない。そんな思いがランカトゥーリスを突き動かす。

 時間を止めては刃を抜き、それを解除して繭を破壊して血の刃を体に受ける。それを繰り返しながらランカトゥーリスは進む。ランカトゥーリスが時間の停止するのを解除する時間は一秒にも満たないというのに、血の刃はランカトゥーリスの体を傷付けていく。

 あと数回それを受ければ流石に最高神ランカトゥーリスといえども死んでしまうというところで砕いた繭の先にアークノイルの姿が見えた。


「ああ……やっと逢えた」


 アークノイルにしてみれば数秒の時間ではあるが、ランカトゥーリスにしてみればつけられた傷の影響も相まって数時間ぶりの再開にも思えた。

 今は時間を止めているため、アークノイルは喋ることも動くこともないが、その表情は自分の罠を乗り越えてきたランカトゥーリスを楽しげに見つめていた。


「なんかこう……あれね」


 ランカトゥーリスはそのままアークノイルに近付き、アークノイルの体を抱きしめる。何故かわからないがそうするべきだと心の何処が訴えていた。

 そうしておきながら時の涙による時間の停止を解除する。


 そして正常に戻った時間の流れでアークノイルは困惑していた。

 気付けば戦っている相手に抱き着かれているのだ。こんなことは幾百、幾千の戦いの中でも初めての経験であった。

 もしや自爆でもするのか? とかつてそんなスキルを持った輩が存在したなどという酒場で聞いた噂話を思い出す。

 このまま自爆される前にランカトゥーリスだけでも殺したいところではあるが、ランカトゥーリスの抱き着く力は力強く、ピッタリと寄り添っているので自分を避けて殺さなければならない。そのため、血の刃を操るために細かなコントロールが必要となり、多少攻撃するには時間がかかる。

 ならば手に持つ槍で殺ればいいのだが、両脇に腕を回されているためにどうにも力が込めにくい。

 結果、どうにも動けない状況に陥っていた。


「何のつもりだ?」

「……何となくよ」


 ドスの効いた声でランカトゥーリスの行動の真意を問うアークノイルだったが、返ってきたのは曖昧なもの。

 ますます困惑するアークノイルだったが、ふと忘れていたものの存在を思い出す。


「<炎帝>」


 魔導系スキルである<炎帝>は自分の体から炎を吹き出し、近くにいる敵に熱によるダメージを負わせていくものであるが、密着状態ならば吹き出した炎によるダメージが期待できる。


「熱っ」


 目論み通りのダメージを与えることは叶わなかったが、ランカトゥーリスを離すことは出来た。

 つまり、またも何重もの血液による繭を作り出してランカトゥーリスをいたぶる攻撃の始まりだ。


「うっ……」


 そうして、血液による繭を形成しようとしたその時、再び胸に衝撃が走った。

 現れたのは見覚えのある黒い刀身。そして……


「ランカトゥーリス様は私が守ります」


 金色の髪を持つ聖天族の女性の声。


「くそが!」


 明確な死の気配。それを感じとりながらアークノイルは自身に宿った炎の勢いを強める。

 そして後ろ手に自分を貫いた刃を握る者の腕を捕まえて笑う。


「俺はお前には負けてねぇ」


 襲撃者に向けてアークノイルは言う。


「そして貴様にもだ」


 今度はランカトゥーリスに向けて言った。

 女神とは決着がつかないまま戦いは終わり、今自分を刺した聖天族の女は道連れにしていく。つまりは引き分け。誰にも負けていない。アークノイルはそう主張したかった。

 そしてそれを最期にアークノイルは絶命した。だが、彼が興した炎が消えることはない。既にアディーナに燃え移り、発火をやめたアークノイル自身の身をも焼いていた。

 一瞬で起こった出来事に茫然としていたランカトゥーリスが炎を消した時にはアディーナもまた死んでいた。


「なんてこと……」


 神たるランカトゥーリスの目には死した二人の魂魄が体から離れていくのが見える。

 死者への介入は神と言えど難しい。ましてや彼女の一存でどうにかなど出来ない。

 神は天上の国へ辿り着いた地上の国の者の願いを叶えることができる。でも、それは強い願いという力で自分の力を増幅してこそできる御業だ。

 ランカトゥーリスがいくら強力な神であろうとも願いの力無しには死者への介入は出来ない。

 しかし、ランカトゥーリスはそれを承知で二人の死者へと介入する。本来なら他者から貰うべき願いの力をも自分で生み出すことで――

 だが、自分自身の願いの力で増幅される力など大したものではない。

 ランカトゥーリスは二人を生き返らせることは出来なかった。だから生まれ変わった時のために自分のことを覚えていてとありったけの力を込めて願った。

 きちんと力が行使されたのかはわからないが、不思議と願いは叶ったかのようにランカトゥーリスは思った。

 ただ、何年後に二人が生まれ変わるのかはわからない。また、今ある天上の国へと至る方法だけでは二人が自分に会いに来れるのかわからない。

だったら……


「こちらに来る方法増やすしかないよね」


 天上の国へと至る方法は二つ。

 一つは天への階段と呼ばれる見えない階段。霊峰ルシウムの頂から十年の毎に十日間だけ現れるこの階段はタイミングを見計らったかのように現れたアークノイルが進んできた道でもある。

 多くのシモベを連れてきたアークノイルはまず、シモベを先導させることで階段の有無を確認しながら登ってきた。途中で落下したシモベの数はアークノイルが連れて辿り着いたシモベの倍はいた。

 そしてもう一つの方法が地上の国に存在する竜の爪痕と呼ばれる全長約五十キロメトル、深さ約千キロメトルほどもある大地の亀裂のうち、東の端から十三キロメトルと四十三メトル、深さ七百キロメトル地点にある横穴の中にある天上門と呼ばれる門をくぐること。

 聖天族は基本的に地上の国へと行く際にこの門を使うのだが、帰る際に見つけることがほとんど出来ないため、そのまま移住してしまう者が後を絶たない。

 一つ目の方法は十年の間に十日間しか階段が現れないし、二つ目は場所を見つけることが困難だ。

 だったらわかりやすく、天上の国へと至る道を創ってやればいい。

 ただ、誰でも来れるような物は意味がない。

 二人ならば大丈夫で有象無象が辿り着けないような物を考えた時にランカトゥーリスはすぐにあるものが浮かび、すぐさま細かいことを創り上げた。


 翌日、地上の国のとある場所に唐突に巨大な塔が建っていた。

 塔というよりは見た目はただの円柱でしかないそれは円周百キロメトルを越え、高さは雲よりも高かった。

 一体これは何なのか。地上の国の人々は考えたが、塔の中の最初の部屋には石碑が立っており、こんなことが書かれていた。


――この塔は天上の国ヴァルハラへと続いている

 この塔を登らんと欲すれば数々の困難が待ち受ける

 だが、困難を乗り越えれば汝らに恵みが齎される

 困難を総て乗り越え、天上の国へと至るならば汝の願いを叶えよう

 さあ、人々よ

 天上の国へ駆け上がれ!!



 そうして現れた塔に多くの人々が挑む。

 ある者は願いを叶えるため。

 また、ある者は恵みを得るために。



 多くの者が挑みながらも誰一人天上の国へと至ることがないまま数百年の時が流れる。

 そしてとある田舎の村に住む人間の夫婦の間に男女の双子が産まれた。

 一人は白銀の髪を持つ男児で、もう一人は金色の髪を持つ女児であり、男児は英雄として語り継がれる男の名前から一部をとってアークと、女児は月に照らされて金色に輝くと言われる花の名前からとってアディエルと名付けられた。


 そして時は更に流れ、双子が誕生してから十五年の月日が経った。



多少強引過ぎかと思いつつ、プロローグ終了です。


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