エリス村
クロック地方エリス村。
人口百人ほどのなんの変哲もない農村であり、人々は主に米や野菜等を作っている。ちなみに今最も力を入れている作物はトマト。真紅の太陽と名付けたそれがブランド化して高く売れないかなとかのんきなことを村の首脳陣達は考えていた。
そんな村には百キロメトルも離れた村にまで評判が及ぶほどの見目麗しい双子の兄妹がいた。
兄の方は白銀の髪と全身からやる気のないオーラが漂う少年であり、妹の方は金色の髪といかにも優しいですと言わんばかりの雰囲気を纏う少女だった。
兄妹は今、両親と共に畑仕事の真っ最中だ。
「兄さん、雑草はちゃんと根っこから抜いてください」
「へーへー」
「ああもうっ、めんどくさがって鎌で適当に切るのはダメですってば!」
横でけたたましく自分の行いにケチをつける妹を無視しながらアークは鎌を振る。
文字通り振っているだけなので、作業状況が進むことはない。
自分は農作業に来たのではなく、妹を困らせに来たのだ。
妹のアディエルは身内びいきなしに美少女だ。だからこそ若い女の少ない村では嫁として狙っている男達が山ほどいる。
もちろんいつかアディエルもその中の誰かと恋をして嫁いでいくのだろうが、それまでは自分が妹の心を独占する。
そのためになるだけ困らせてやろうという若干歪んだ愛情をアークは持っていた。
「兄さんってば、聞いてください」
このまま無視し続ければ泣くんじゃないかと思うようなアディエルの声音にアークは自分の背筋がゾクゾクするのを感じる。
それは表情として顔に表れ、アークの顔はいつものダルそうな物ではなく、いやらしいニヤケ顔になっていた。
「……うちの息子は相変わらずだなぁ」
「ある意味妹思いよね」
そんな息子の心理などお見通しとばかりに父であるガルダ=ドラードと母ディーネ=ドラードは揃ってため息を吐く。
どちらも村の出身ではなく、外からの移住者であり、二人がディーネのお腹の中に宿っている時にエリス村へとやってきた。
村人はよそ者である自分達を歓迎してくれ、慣れない農作業も親身になって教授してくれた。
そんな村が二人は好きであり、そこで子供を産めたことに誇りを持っていた。
生まれた子供達は自分達とは似つかないほどに綺麗な顔立ちをしていて本当に自分達の子かと首を傾げたくなったが、妹であるアディエルは父親譲りの金色の髪と母親譲りの優しさを持っていた。
息子の方はというと母親譲りの白銀の髪ではあるが、性格は両親のどちらとも似ておらず、妹を困らせること以外はやる気がない偏った男として成長している。
だがしかし、両親が子供達に対して厳しくとやかく言うことはない。確かに悪いことをしたなら烈火の如く怒るだろうが、ドラード家の教育方針は基本的に放任主義だ。
息子が妹に対して歪んだ愛情を注いでようと構わないし、妹もまた兄の世話を焼くのが楽しいみたいなので兄妹仲がいいから大丈夫だと思っている。
ただ、若干兄の行き着く先が心配ではあるが……
「鎌はこう使うんです」
「なるほど、勉強になった」
「なんで空を見上げながら言うんですかっ!」
まあ、なるようにしかならないだろう。
エリス村は平和だった。
村の中をアークは歩いていた。
散歩だと言って歩き回っているが、正確に言うとただうろついているだけ。
なんの目的もたないその行動をアークは日課としていた。
「おや、アーク。散歩かい? うちで採れた野菜持ってきな」
「アーク。親父に今度一緒に酒を飲もうとわしが言ってたって伝えてくれ」
「アーク君、今日のアディエルちゃんの下着は何色なのかなぁ?」
最後のは別として、ただ歩いているだけで会う村人全てがアークに声をかけてくる。
人口が百人ほどしかいないのだから、村人は全員顔見知りであり、家族も同然だった。
誰かにめでたいことが起これば村で宴を催して祝い、誰かに凶事が起これば村人全てが悲しんだ。
やる気というオーラのないアークに対してもそれは同じで、彼がどんな人間であろうとも生まれた時からアークを知っている者達からすれば息子や孫、兄弟のようなものだ。
例え……
「俺、人参嫌いなんだよね」
「めんどいからパス」
「死ね」
とアークの反応が辛辣であろうとも村人にとっては最早慣れた反応であり、可愛いものだった。
また、そのアークの反応に内心悦びを感じている者もいたりいなかったりする。
「アーク!」
そんなアークにまた一人声をかけてくる村人の青年がいる。
アークよりも五つ年上で、十五という年齢のわりに長身のアークよりも頭ひとつ高い身長。茶色い髪にどことなく愛嬌のある目を持った男だ。着ている服はまさしく村人という感じがする。
「女性の胸に関して語り合おうぜ」
こんなことを恥ずかしげもなく往来で堂々と言う男の名前はレオナルド=ウッドスフィア。
家族を除けばアークが村で最も親しい人物だ。
アークがなぜレオナルドと親しいのか。それは何もレオナルドと話が合うからというわけではない。別にアークは往来で女性の胸に関して語り合うような趣味はないのだから。
「別にどうでもいい」
「そんなこと言わずに聞いてくれ。オレはな、トップとアンダーの差が二十センチメトルはないと胸ではないと常々言ってきた。だがな、最近思ったんだ。十八センチメトルあれば許容できるんじゃないかと! なぜオレがそう考えたのかと言うと……」
アークにしてみれば正直聞く必要を感じないようなことを延々と語るレオナルド。
だがそれを上の空でありながらも親友のよしみでアークが遮ることはない。
レオナルドの話をまとめると要はトップとアンダーの差が二十センチメトルとなると中々出会えないから基準を二センチメトル下げたとのことだ。
「ところで、アディちゃんのお胸の成長はどうなんだ?」
「前聞かれた時と変わってない」
アディとはアディエルの愛称であり、彼女と親しくしている者だけがそう呼べる。
とは言っても村の中のほとんどの者がアディエルを愛称で呼んでいる。ただ、若い男や絶賛嫁募集中なおっさんはアークが呼ぶことを許していない。
レオナルドはアークの親友であるためアディエルを愛称で呼べる許可を得ていた。
ちなみにレオナルドが前にアークにアディエルの胸の成長の程を聞いたのは十日前である。
「くっそー。顔は極上なのにアディちゃんは女ではないってのが惜しいな。あと四センチメトルなのに……」
アークがレオナルドと仲が良いのはここにある。
レオナルドは胸が自分の基準値に満たない者は女として見ていない。そしてアディエルは年相応の胸の大きさをしており、レオナルドの目測ではトップとアンダーの差は十四センチメトルらしい。
レオナルドが家で世界中の女の胸、特にアディエルの胸が大きくなるように祈祷を捧げることを日課にしていようが、今現在において恋愛の対象として見ていないのだから心を許せるのは変わらない。
妹への愛情は対人関係にも影響していた。
ただ、レオナルドが基準値を下げたことが気になるところではあるが、レオナルドは過去に二度ほど基準値を下げたことがあり、その度に基準ギリギリの女を引っ掛けては「やっぱ無理」と基準値を元に戻しているので心配はしていない。
「それよりもアーク、準備が出来た」
アークの肩を組んで近付いたレオナルドはこれまでと打って変わって小声で話し掛ける。
「やはり本気なのか?」
「おうとも、オレの願いはこんなとこで祈ってても叶わないってわかったからな」
二人が語るのはレオナルドの出奔の計画だ。
レオナルドは自身の願いのために村を出る決意をしていた。
向かう先はバベル。
辿り着けば願いが叶う天上の国ヴァルハラへと通じる道。
「くだらない願いのために命を懸ける必要なんかないだろ?」
「いやいや、世界中の女の胸のサイズアップは崇高な願いだ。オレはなんとしてもこいつを叶えるんだ。それが世のため人のためオレのため」
バベルは現れてから数百年、誰も踏破したことのないものだ。内部は迷路のように道が入り組んでおり、狂気に満ちた魔獣が放たれている。
塔の探索中に死ぬ者は後を絶たないそんな場所だ。
そんな話を耳にしてアークは親友の身が心配だった。
叶えたい願いがアークにとって微妙なのもまたレオナルドを止めたい理由の一つだ。
「考えてもみろ。女を見れば美女だろうがガキだろうが老婆だろうが皆巨乳なんだぞ? 楽園と言われるヴァルハラなんか目じゃないほどの桃源郷がそこにあるじゃないか!」
自身の願いが叶った後の世の中のことを話す時のレオナルドは輝いている。
そしてそれを見つめるアークは眩しさに目が眩む……というわけもなく、気持ち悪いものを見るようにヒいている。
親友でなければ毒づいて一生無視するところだ。
「お前はそれでいいのか? 家族も親友も捨てて見知らぬ土地に行くなんて……」
「アーク。オレは願いを叶えたらちゃんと村に帰ってくる。親父もお袋も百まで生きるだろうから今生の別れじゃない」
レオナルドはウッドスフィア家の一人息子だ。いずれは畑を継いで嫁をとり、子を育ててその子に畑を継がせる。
そう誰もが思っている。
だが、レオナルドはそれを捨てて黙って村を出ようとしている。計画を知るのはアークただ一人だ。
レオナルドは今生の別れではないと言うが、アークはレオナルドが村を出た瞬間こそが高確率で今生の別れになってしまうと考えていた。
「んな顔すんなよ。オレと離れたくないってのはわかるが、だからこそ何回も誘ってるだろ? 一緒に行くかって」
レオナルドもまた知らない土地に一人で行くのは不安だった。だからこそ親友であるアークに声をかけた。
しかしそれは素気なく断られた。
理由はわかっている。
アークにとっては親友である自分よりも妹のアディエルが大事なのだ。
それは少しばかり寂しいとは思うが、家族が大事だと言うのは人として尊ぶべきことだ。そして素直にそうとは言わず、のらりくらりとかわしていく親友の姿がレオナルドは好きだった。
「あー……いや、遠くまで行くのはめんどいし」
「そうか」
「……いつ行くんだ?」
「今日の夜に行く。村外れにある森に馬車を隠してるんだ。お前に声をかけたのはそれを伝えようと思ってよ」
胸の話を先にしたのは、そうすることで「またか……」と村人達に思わせ、遠ざけるためだ。女達はヒいて近寄ってこないし、男達もまたとばっちりで女達にヒかれないようにと近寄ってこない。
レオナルドはこの日のためにずっと前から準備を始めていた。コツコツ金を貯め、地図を買ってバベルまでの道のりを何度もシュミレーションした。ようやく目標の金額が貯まって本日の夜にかねてからの計画を実行することにしたのだ。
本来なら馬を一頭用意するだけで十分なのだが、馬車を用意したのはアークの心変わりをどこかでまだ期待しているからだろう。
そう考えると、巨乳巨乳言って気持ち悪がられている自分に平気で接してくれるアークに大分依存してるのかもなと年下の少年に対する自分の感情に苦笑いを浮かべる。
「まあ、いなくなった後のフォローは任せろ。適当に誤魔化してやる。あとはそうだな……セクハラ発言には気をつけろ。世の中いい奴ばかりじゃないから些細な言動が問題になることもある」
「ああ。気をつけるよ。帰ってきたらヴァルハラがどんなところだったか事細かに話してやる。女神ランカトゥーリスの胸の大きさの具合とかな」
「ランカトゥーリス……くっ!」
その名前を聞いた時、アークの頭に鋭い痛みが走る。
「おいっ! 大丈夫かアーク?」
「大、丈夫……だ」
倒れそうになった体を支えながらレオナルドが心配する。それにアークは大丈夫だと答えたが明らかに大丈夫ではない。
アークがランカトゥーリスの名前を聞いたのはこれが初めてではない。ヴァルハラに住むという神々の中でも最も偉い女神ランカトゥーリスの名は聞く機会など無数にある。
バベルを創ったのも彼女であれば、願いを叶えてくれるのも彼女だ。
だが、その名を聞く度にアークの頭は酷く痛み、不思議な夢を見る。
それは自身が槍を手に持ち戦う姿。
そしてその夢は毎回最後に赤毛のポニーテールの女性と戦うところで途切れる。
「本当に大丈夫だ……心配しなくていい」
「あ、ああ……でも家まで送ってやるよ。それくらいならいいだろ?」
レオナルドに連れられアークは家路へと戻った。
家に戻ったアークは疲れたから夕飯はいらないと部屋に篭り、日が沈む前に眠りについた。
明くる朝、兄を起こそうと部屋に入ったアディエルが見たものはもぬけの殻の部屋だった。
自分の部屋と違い、必要な物以外を置いていない簡素な兄の部屋。しかし部屋には兄の姿も兄が必要としていた物もなかった。
この日、エリス村から二人の若者が姿を消した。
一人は巨乳好きの変態として名高い男。
そしてもう一人はアディエルの兄だった。
胸のサイズについてトップとアンダーの差がどうたらこうたら言っている件について
トップとアンダーの差が二十センチ=Eカップ
十八センチ=Dカップ
十四センチ=BとCの中間辺りらしいです




