表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/8

第一話「灰色の世界」

完全に趣味で書いてたもので、誰かに読んでもらうつもりなんて全く無かったものです。ここに載せようと思ったのはなんとなくというか、気まぐれみたいな感じです。適当にでも読んでもらえたら嬉しいです。

 目が覚めると、空が灰色だった。



 仰向けのまま、俺はしばらくそれを眺めていた。太陽らしきものはある。でも光が温かくない。風が吹いているのに肌に当たる感覚がない。音はある。でも何かが遠い。まるで分厚いガラスの向こう側から世界を眺めているような、そんな感じだった。



 起き上がろうとした。



 できなかった。



 体を動かそうとしても、どこに体があるのかわからない。腕も足も、地面に縫い付けられたみたいに動かない。自分の体なのに、自分のものじゃないみたいだった。



 焦った。当然だ。でも不思議と叫び声は出なかった。出し方を忘れたのか、それともここではそういうものなのか。



 どのくらいそうしていたかわからない。一分かもしれないし、一時間かもしれない。時間の流れを測るものが何もなかった。



 そんな時だった。



「——動けない?」



 声がした。



 低くて、静かで、でも不思議と耳にすっと入ってくる声。俺は目だけを動かして声の方を向いた。



 女がいた。



 年は俺より少し下に見える。肩のあたりで切りそろえた白い髪。感情を読ませない、整った顔。灰色の世界の中で、彼女だけがなぜかはっきりと輪郭を持って見えた。



 彼女は俺をしばらく無言で観察してから、その場にしゃがみ込み、足元に落ちていた何かを拾い上げた。薄い布切れだ。くすんだ白で、特別変わったものには見えない。それを彼女は無言のまま俺の左手首にそっと巻きつけた。



 その瞬間だった。



 感覚が、戻ってきた。



 背中に地面の硬さを感じる。肺に空気が入ってくる。自分の心臓が動いているのがわかる。体が自分のものになった、という感覚。それがこんなに安心するものだとは思わなかった。



「——っ」



 起き上がろうとしたら、頭がぐらついた。



「動ける?」



 淡々とした声だった。感情が薄いというより、こういうことに慣れているみたいだった。俺はゆっくり上半身を起こして、周りを見渡した。



 灰色だった。全部が。空も地面も、遠くに見える建物の輪郭も、色を失ったみたいにくすんでいる。



「……ここは、どこだ」



「それを聞く前に、あなたが答えて」



 彼女は俺を見下ろしたまま言った。



「目が覚める前、どこにいた?」



 俺は少し考えた。



「……部屋。自分のアパート。東京の」



「寝て、起きたらここにいた」



 彼女は小さく何かを考えるように目を細めた。それから、ゆっくり口を開いた。



「私はここ以外を知らない。あなたが今言った場所とここは、たぶん違う世界だ」



 断言じゃなかった。でも確信があるような言い方だった。



「名前は」



「霧島隼人。……お前は?」



「ユイ」



 短い答えだった。それ以上でも以下でもない、という感じでユイは俺に手を差し伸べた。



「立てる? 話はうちでする。ここは長居する場所じゃない」





 ユイの家は、廃墟になりかけたビルの三階にあった。



 家、と呼んでいいのかわからない。窓ガラスは半分割れていて、壁には亀裂が入っている。でも中には生活の痕跡があった。簡素な寝床、水の入った容器、何かが書き込まれた地図らしき紙。彼女はここで一人で暮らしているらしかった。



「座って」



 床に置かれた木箱を指してユイが言う。俺は素直に従った。



「もう少し聞かせて」とユイは向かいに腰を下ろして俺を見た。「そのアパートで、どんな生活をしてた?」



「どんな、って……バイトして、寝て起きての繰り返しだけど」



「バイト」



「コンビニ。フリーターだ」



 ユイは何かを確かめるように静かに聞いていた。俺が話すたびに、彼女の中で何かが整理されていくような感じがした。



「その世界には——霧はあった?」



「霧? 普通にあるけど。朝とか」



「世界を覆うくらいの」



「……ない」



「そう」



 ユイは短く息をついた。



「5年前、この世界は霧に包まれた。突然、どこまでも続く霧が世界を覆った。それと同時に感覚がなくなった。触れても、痛くても、何も感じない。だからさっきあなたに巻いたものが必要になる」



「さっきの布か」



「クロスと呼んでる。これを身につけることで感覚が戻る」



 ユイは自分の首元に触れた。そこには細い布が巻かれていた。



「私はここを離れないから、外したことがない」



「ずっとここに?」



「5年間」



 俺は言葉に詰まった。



 5年間、この灰色の世界で。感覚を布一枚に頼りながら。



「一人で?」



「最初は一人だった。今は仲間がいる」



 ユイの声は変わらない。でも俺はなぜかその一言に、言葉にならない何かを感じた。聞いてはいけない気がして、俺は別のことを聞いた。



「俺がここに来たのは——」



 その時だった。



 ユイが立ち上がった。



 音もなく、素早く。彼女の目が鋭く窓の外に向く。



「来た」



 低い声でそれだけ言って、ユイは腰に提げていた何かを手に取った。



「霧島。立って。今すぐ」



 俺は理由もわからないまま立ち上がった。



 次の瞬間、窓が割れた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ