竜人族の背負う業
心臓がバクバクと鳴っていた。気づいたら涙が零れ落ちていて、まともに座っていられない。胸を押さえるようにして蹲るわたしの背を、アクセスがそっと擦る。
「何で⁉ どうして旦那様が⁉」
殺してほしい――――そんなことを旦那様がアクセスとニコラスに頼むなんて、信じられない。頭を大きく振りながら、わたしは二人のことを見上げた。
「だって、旦那様はわたしと結婚するんだよ⁉ 毎日『幸せ』だって、そう言ってくれるのに!」
「幸せだからこそ……だよ」
ニコラスが神妙な面持ちでそう言った。
「リアンは具体的にいつ殺してほしいと俺達に頼んだわけじゃない。だけど、僕には分かる。あいつは、アイリスちゃん――――君がいなくなった後のこの世界に留まりたくないんだ」
「何、それ? じゃぁ、旦那様はわたしが死んだ後に『自分を殺してほしい』って二人に頼んだってこと?」
「そうだ」
ニコラスとアクセスは確信に満ちた表情で頷く。
(旦那様が死んじゃう?)
そんなの、絶対嫌だ。わたしが死ぬのはおよそ60年後。だけど旦那様にはそれ以降、200年近く寿命が残っている。わたしが死んだからって、旦那様が死ぬ必要なんてない。死んでほしくなんてなかった。
「ねぇ、嫌だよ。わたし、旦那様に死んでほしくない。わたしが死んだ後もずっと、生きていてほしいよ」
「分かっている。だからおまえに打ち明けた。リアンは知られたくなかっただろうが――――」
アクセスはそう言って顔を苦痛に歪める。わたしか同じ――――ううん、それ以上に、二人の心痛は大きいだろう。だって、親友に『殺してほしい』って頼まれたんだもの。悲しいに決まってる。
「ごめんね、アイリスちゃん。本当は君はこんなこと、知る必要なかったんだ。だけど僕たちはリアンを止めたかった。それができるのはアイリスちゃん。君しかいないと思ってる」
ニコラスはそう言って静かに目を伏せた。
「前に竜人族は己自身を殺すことができないと教えたこと……覚えているか?」
「うん。そういう生き物だって、そう言ってたよね」
以前のアクセスとの会話を思い浮かべながら、わたしは答える。どうしてそれが今、関係あるのか分からないけど、何やら胸騒ぎがした。
「ずっと危うさは感じていたんだ。だけど、アイリスちゃんと出会ってから、大丈夫だって思っていた。だけど、本当は違っていたのかもしれない」
「ねぇ、どういうこと? 一体、どういう……」
「前世を終える時、リアンは自殺をしているんだ」
「…………え?」
その瞬間、大きな眩暈に見舞われ、わたしは膝から崩れ落ちた。アクセスとニコラスが慌ててわたしを助け起こす。だけどその間、わたしは生きた心地がしなかった。
「竜人族は『前世で己を殺した者』が転生する種族だ。当然、自殺した人間が皆、竜人族に転生するわけじゃない。中には人間として生まれ変わる者もいる。けれど、竜人族に生まれついた者は皆、そういう業を背負っている。だから、彼等は現世で己を殺すことができない。同じ過ちを犯さないように、そういう身体で生まれてくるんだ」
ニコラスは淡々と、そう口にする。
「本当に? 何かの間違いじゃなくて?」
「間違いないよ。僕は過去、この場所で何人もの竜人族の前世を見てきたけど、結果は皆同じだった。そういう種族なんだ」
「じゃぁ、きずな君は……自殺しちゃったの?」
絶望がわたしを襲った。旦那様がアクセス達に『殺してほしい』と頼むのもショックだけど、きずな君が自殺をしたんだとしたら――――それ以上に悲しい。
「リアンは前世『きずな』という名前だったのか?」
アクセスがわたしにそう尋ねる。驚いてる様子はない。多分、薄々気づいていたんだと思う。わたしはコクリと頷いた。
「きずな君は自殺するような人じゃなかった。優しくて、いつも楽しそうに笑ってて。死ぬ理由なんて一つもなかったのに……!」
そんなきずな君を死なせてしまったのだとしたら、わたしは妻失格だ。現世だってそう。そんなわたしに旦那様の妻になる資格なんてあるのだろうか?
「――――アイリスちゃん。君は自分の最期を覚えている?」
ニコラスが尋ねた。わたしは首を横に振って答える。
「じゃぁ、リアンの最期は?」
「覚えて、いません」
答えてから両手で顔を覆った。涙が止め処なく流れていく。
「――――もしも、リアンの前世の記憶が見られると言ったら、君はどうする?」
「……え?」
その瞬間、心臓がドクンと大きく跳ねる。そろそろと顔を上げると、ニコラスは真顔でわたしを見つめていた。
「僕たち麟族は前世、神に仕えた者が転生する種族だ。その影響かは分からないけど、この神殿内でなら、僕は他人の前世を覗くことが出来る。君はリアンの逆鱗をお守りとして持っているんだろう?」
「うん。持ってる」
「だったら、それを媒介にして、あいつの過去を覗くことができる。もちろん、君次第だけれど」
ニコラスはそう言って口を噤んだ。心が大きく揺れ動く。
もしも本当にきずな君が自殺したなら、確実にわたしのこころを抉るだろう。
だけど、もしもきずな君の記憶を見ることで、旦那様が『死にたい』と思うことを阻止できるとしたら?
(怖い……怖いよ…………)
もしもわたしに悪いところがあって、人生に嫌気が差したことが自殺の原因だったりしたらーーーーわたしは立ち直れないかもしれない。ううん、そうじゃなくても、きずな君が死んでしまう所なんて見たくはない。だけど――――。
「見たい、です」
それでも、わたしは旦那様に生きてほしい。そのために、わたしがこれからどうしていけば良いのか。そのヒントだけでも掴みたい。
「分かった。それじゃあ、僕と一緒にこっちに来て」
ニコラスはそう言ってわたしの手を引く。祭壇の前に、人一人が横になれる大きさの台が置かれていた。ダイヤモンドみたいにキラキラ輝く、大きな石でできた台だ。促されるままそこに横たわると、台は不思議とわたしをふかふかと包み込む。お布団みたいな心地よい温もりに、自然と瞼が重くなっていく。手には旦那様から貰ったお守りが握られていた。
「ゆっくりと目を瞑って――――」
ニコラスが手のひらでわたしの目を覆い隠す。少しずつ少しずつ、意識が遠くなっていった。




