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世界中で一番幸せな女の子

 きずな君と二人、誰に邪魔されるでもなく河原を歩く。穏やかで優しくて、あまりにも幸せな時間。



「逢璃」


「うん」



 名前を呼ばれるだけで嬉しくて嬉しくて堪らない。きずな君の胸に飛び込んだら、彼はそのまま優しく抱き締めてくれた。


 あれからわたしは、何事も無かったかのように前世の人生に身を投じている。これが現実じゃないってことは分かっている。でも時々、それを忘れてしまいそうになるほど、ここでの生活はリアルだし、幸せだった。



「今週末、予定空いてる?」



 きずな君はそう言って、わたしの頭を優しく撫でた。彼の一挙手一投足に、わたしの心臓はドキドキとときめいて、温かくなる。わたしだけを映した瞳が、愛しくて堪らない。



「ねぇ、それってデートのお誘い?」



 ふふ、と笑いながら、わたしはきずな君の頬に手を伸ばす。きずな君が求めてくれるなら、他の何を犠牲にしても構わないのに、きずな君はいつだってわたしの気持ちを大事にしてくれる。それがむず痒くて、温かくて、心地よい。わたしを大事に想ってくれているんだって、実感できた。



「うん」



 きずな君はそう言ってわたしの頭を優しく撫でる。そのまま額や頬に口づけられて、身体がめちゃくちゃ熱くなった。



「受験勉強は? わたしは嬉しいけど、ご両親に何か言われない?」


「たまには休んだって良いだろう? それに、俺が勉強を頑張るのだって、両親のためじゃない。全部逢璃のためだ」



 はにかむ様な笑顔。それが可愛くて堪らなくて、わたしはきずな君を抱き締める。

 きずな君は前世でよく『俺が頑張るのは逢璃のため』だって言ってくれて。当時はそれが何故なのか分からなくて、でも嬉しいって思っていた。だけど今になって考えると、きっときずな君は、この頃からずっと、わたしと生きる未来を見据えてくれていたんだと思う。



「好き。きずな君、大好き!」



 わたしの身体に収まり切れない程大きな『好き』って感情。今のわたしはそれを押さえる必要なんてない。全部余すことなくきずな君に伝えられるし、受け止めてもらえる。



「俺も――――逢璃が好きだよ」



 きずな君はそう言って、わたしの唇に口づける。言葉で、その行動の全てで、きずな君はわたしに想いを伝えてくれる。わたしはそれが、堪らなく嬉しかった。


 きずな君に告白をした時のことは、今でも鮮明に覚えている。



『わたし、きずな君が好き』



 あれは、高校2年生のあるお昼休みのこと。きずな君と一緒に喋るのが日課になっていたわたしは、ふと生じた話の合間、そんな風に気持ちを伝えた。

 きずな君は目を丸くして、わたしを見つめていた。突然、他にも生徒がいる教室なんて場所で想いを明かされて、驚かせてしまった申し訳なさはある。だけど、それでもわたしは、想いを告白せずにいられなかった。



『もしもきずな君が、ほんの少しでもわたしを好きって想ってくれているなら……わたしをきずな君の彼女にして?』



 特段好きじゃない子とでも、付き合える男子がたくさんいるのは知っているけど、当時、きずな君は本当に色んな女の子から想いを寄せられていて。しょっちゅう告白されては、その度に断っているのをわたしは知っていた。わたしがきずな君と一番仲の良い女の子だっていう自負はあっても、彼がわたしと同じ想いを抱いているかは、やっぱり自信が無くて。



『……少しなんかじゃない』



 だけど、きずな君が次に口にしたのは、そんな言葉だった。きずな君の顔は真っ赤で、困ったような笑顔で。その瞬間、わたしの心臓はギュッて大きく収縮した。



『……俺が先に言おうと思っていたのに』



 きずな君はそう言って、わたしの手を握った。大きくて熱くて、抱き締めたくなる手のひらだった。愛しくて堪らなくて、きずな君の瞳を見ていたら、いつの間にか涙が零れていた。



『好きだよ、逢璃。逢璃のことが、どうしようもないぐらい、好きだ』



 言葉が、熱い眼差しが、わたしの涙を拭う優しい指先が、彼の想いが本当だって教えてくれる。あの瞬間、わたしはきっと、世界中で一番幸せな女の子になった。




(きずな君といれば、わたしはずっと、幸せでいられる)



 きずな君はわたしの気持ちを受け止めてくれた。わたしを選んでくれた。側に居て、たくさん愛情をくれて、わたしをきずな君の奥さんにしてくれた。

 このままこの優しい夢の中に居れば、わたしは自分の醜さと向き合わなくて済む。そりゃぁ、不安になることが無かったわけじゃないけど、きずな君はいつだって『わたしが特別』だって教えてくれたし、わたし自身それを実感できた。何よりわたしたちは想いの通じ合った、恋人同士だったわけで。



「きずな君、あのね、わたし――――」

『アイリス』



 その時、わたしの心臓がドクンと鳴った。物凄く微かだったけど、確かに聞こえた。きずな君と同じように優しく響く、きずな君とは違う声。



「旦那、様」



 悲痛な声だった。いつも穏やかで冷静な旦那様に似つかわしくない、切羽詰まった叫び声。魂が揺さぶられる心地がして、わたしは目の前のきずな君を見上げた。



「逢璃」



 きずな君は笑っていた。泣きそうな表情で、けれど優しい眼差しで、わたしを見つめて笑っている。



「お別れの時間だ」


「そ、んな……」



 その瞬間、周りの景色が一気にぼやけ、わたしたちは真っ白な空間の中、二人ぼっちになった。



『アイリス』



 遠くから旦那様の声が何度も何度も、響いている。その度に世界がぐわんと揺れて、上に押し上げられている感覚がした。



「待って、きずな君!」



 わたしはそう言って首を横に振る。きずな君は困ったような笑顔を浮かべ、わたしを思い切り抱き締めた。だけどその時、気づいてしまった。きずな君の身体が、足の方から少しずつ透けて消え始めている。



『アイリス』



 旦那様の声が真っ白な世界に木霊する。涙が止め処なく溢れた。

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