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二人の魔女


 ずっと昔、東方のある国に突然自らを《魔女》と名乗る一団が表れた。ほとんどが若い女であったがそれを率いるのは年を取った一人の男だ。


 その年、国は数か月に渡る日照りで、すっかり田は枯れ、井戸まで干上がり、いくつもの村が荒廃していた。


 魔女たちはその日照りを解消する代わりに、国が所有する島の内の一つを要求した。

 そんな詐欺師に耳を貸すなと誰もが王を諫めたが、藁にも縋る思いで王はそれを受け入れた。


 その日、数か月ぶりに空から恵みの雨が地上へと降り注いだ。女たちだけが使うことのできる魔法という奇妙な術のおかげである。


 王は大層感激して島ではなく国内の領地と、地位を与えてやると言った。だが彼女たちはそれを断り、与えられた島へとひっそりと姿を隠した。


 魔法は素晴らしい力だが、それ以上に彼らがもたらす様々な知識、文化、技術は見たことも聞いたこともないものばかりで、王はそれをなんとしても自国に取り入れたいと願った。

 王の熱い要望に負けた彼女たちは、一年に一度、一ヶ月の間だけ使者を受け入れることにした。


 国はたちまち繁栄した。島国であるせいか領土を広げることは無かったが、すぐさま貿易の中心地となった。

 噂を聞きつけた国外の者が彼らに接触することを王は許さなかった。それも彼女たちと交わした約束の一つだったのだ。


 そんなある日、一人の男が魔女の島へと上陸した。

 目立つ髪の色を隠して、使者の船に潜り込んだその男は、一人の少女に一目ぼれすることになる。


 濡羽色の美しい髪を背に流して、あどけない笑みを浮かべる少女。見たことのないくらい美しい、まるで天女のような姿をした少女だった。


 男はすぐさま少女の元へ駆け寄った。教えを乞うことを口実に容易く二人きりになった。

 そして跪いて愛を乞う。


『どうか私と結婚してくれないか』


 少女は困ったような顔をした。そして一言『ごめんなさい』と言った。


 男は諦めない。次の日も少女の元へと向かった。

 すると今度は少女の隣に一人の女が立ちはだかる。少女ほどではないが美しく、長い髪をひとまとめにして、煙草を口にくわえた艶やかな女だ。


『悪いけれど、私たちはヨソモノと結婚しないの。だから諦めなさい』


 少女の姉だというその女は、そう言うと虫でも追い払うかのようにして紫煙をくゆらせた。


 それでも男は諦めない。毎日毎日、来る日も来る日も少女へ愛を囁いた。


 少女の顔は日増しに曇っていくばかりだった。


『姉さん、あの人どうにかならないのかな。どれだけ嫌だ無理だと言っても、決して諦めてくれないの。それどころか最近では姉さんが反対するから断ってるだけで、本当はわたしがあの人のことを好きなんだろうって……』

『あいつ…本当に懲りないねェ。でももうすぐ一ヶ月経つでしょう? それまでの辛抱だから』

『うん……』

『大丈夫、何かあったらそれが教えてくれるから。ちゃんと私が助けに行くから』


 少女は不安そうに胸元の石を弄ぶ。不安なことがあるとすっかりこれを触る癖がついてしまった。とても珍しい石で姉が作ってくれたお守りだ。


 何も起こらなければ良いと、少女はそう願っていた。


 その願いが聞き届けられることは無かった。


 使者が本国へと戻る前日、ふらふらと頭を抱えて少女の姉は宴会場から家へとおぼつかない足取りで向かっていた。姉は酒に強い。今まで一度だって記憶を失うほど酔いつぶれることも、意識を飛ばしたこともない。この状況はどう考えたっておかしい。


 何か盛られた。きっとそうだ。使者の一人にやたらと男と仲の良い奴がいた。きっとそいつの仕業だ。

 宴会場で男の姿を見ていない。

 もしかして―――。


 嫌な予感がしていた。それを裏付けるかのように自分の胸元が淡く発光している。そこにあるのは妹とお揃いのネックレスだけだ。


 早く家に戻らないと。


 一歩足を踏み出す度、白い閃光が意識を刈り取らんとしてくる。


 助けると行った。必ず行くと。



 その日、姉が家にたどり着くことはなかった。



 男は使者につれられ本国へ帰った。

 それから半年後、今度は自分の騎士を連れて再び島へ戻ってくるまで、皆全て見なかったふりをした。  

 

 ただ一人、少女の姉をのぞいては。


 戻ってきた男は村人を押し退けながら、真っすぐに少女の家へとやってきた。

 その頃には既に隠し切れない大きさになっていた腹を抱え、少女は恐怖に顔をひきつらせた。


『あぁマリン! 会いたかった!!』

『何しに来た!!』


 妹から男を引きはがして、姉は家の外へと憎い相手を突き飛ばす。

 射殺さんばかりの目で睨みつけられても男はどこか吹く風で余裕然としている。


『あれは私の子だろう?』


 そうしてすぐに姉の地雷を踏みぬいた。

 手を振り上げて思いっきりその頬を狙ったのに、わらわらと騎士に取り囲まれて男の前へと跪かされる。


『子供とマリンを渡してもらおう』

『ふざけるな! そんなものに私が許すと思っているのか? とっとと島から出て行け!!』

『いや、お前の許可など必要ない。マリンは私の妻に、そしてあの子供は次の王になるために生まれてきたのだから。こんなちっぽけな集団で片付く問題じゃないんだ』


 気でも狂ったか、と姉は顔をしかめる。

 自分の言葉の意味を理解していない女を見下すようにして、男は騎士の手から巻物を受け取った。そして見せつけるようにしてそれを鼻先へ突き出す。


『私はさる国の王子だ。東方へは留学の為やってきた。かの国の王に書状をしたためてもらった。これが証拠だ』


 そこには確かに男の身分と、妹とその子を男に引き渡すように書かれていた。

 もし破れば二国の軍が島を襲うと。


 盟約を結んだ王にこうもあっさりと裏切られるとは誰も思っていなかった。

 書状に一番反応したのは姉ではなく他の魔女、それから一族を率いる男だ。


『一晩だけ時間をやる。今夜中に私に従うか、皆殺しにされるか、好きな方を選べ』


 すぐに話し合いの席が持たれた。しかしそれは話し合いと言うより最早姉を説得するための集会で、実のところ魔女たちはもう決定を下していたのだ。


『気の毒だがフラメル…、国を相手にして戦うには代償が大きすぎる』

『どんな影響が出るかも分からないし』

『私たちの旅立ちも遠のいてしまう。もうすぐ渡り(・・)の時期がくる』


 口を揃えて皆が姉に妹を諦めろと言った。


 そんな話に頷くことはできない。和解は得られないまま、夜は明けた。


 早朝、朝日が昇るのをじっと待つ少女に近付いて、姉はそっとその肩を抱いた。


『姉さん……?』


 一晩でまるで幽霊のように生気を失ってしまった妹は、それでも姉を見るとほんのりと笑みを浮かべてくれた。今から自分は妹を裏切ろうとしているのに、ぐっと姉の眉間にしわが寄る。


 妹の手に昨日預かったネックレスを返した。


『傍で守ってやることができないから……。新しく魔法をかけた。今度こそ何かあってもマリンを守ってくれるものだから…、信じられないかもしれないけど』


 ゆらめく炎の中に尋常ではない力を感じて、少女は目を見開いた。これほどの魔法をかけるのに姉は一体何を代償にしたのか。


『何を捨てたの…?姉さん』


 大切な妹を守るため、この命以外の全てをかけた。


『私の時間だよ』


 少女は息をのむ。魔法を使う規模が大きければ大きいほど、世界は奇跡の帳尻を合わせようとする。

 それは災害であったり飢饉であったり、疫病であったり、様々だが、どれも世界に大きな影響を及ぼす。

 それを避けるため、魔女たちは自分の支払えるものを対価として世界に差し出すのだ。


 その中でも時間は命の次に重い。

 この先姉には老いも死も許されることは無い。この世界が朽ち果てるまで永遠に時間を止められてしまうのだ。


 その上、一度大規模な魔法を使うと渡り(・・)を行うことができない。渡りの邪魔をしたとなれば他の魔女たちも姉を受け入れないだろう。


 妹の心配に気付いたのか、姉はその柔らかな髪をゆっくりと撫でた。


『いいんだよ。マリンを置いて行こうとする連中だから少しくらいここで立ち往生すればいいんだ』


 少女は目を伏せると、姉の服の裾から同じネックレスを引っ張り出して両手で包み込む。


 淡い光が手のひらから零れて、星屑のようにきらめく。

 ほんの些細な間の出来事だ。でもこれだけで妹ならば自分と同じ規模の魔法を行使することができる。


 そして妹ならそうしてくれるのではないかと、昏い期待を姉は抱いていたのだ。

 それは現実のものとなった。


 姉のネックレスには少女の手で同じ魔法がかけられた。

 代償もきっと、同じ。


『いつか必ず姉さんのところに帰ってくるから』

『私も…。ずっと待っているから』


 永遠に二人の時計は進まないままになってしまった。


 少女は男の国へと連れ去られ、結局男の両親に結婚を認められず、厄介払いでもされるように臣下の元へと下げ渡された。


 今もまだ姉は世界を揺蕩うように漂流している。



 夢を見ていた。

 知らない物語だ。

 いくつもの物語を読んできたのに、そのどれにも当てはまらない。

 それなのにどうしてかあの二人の魔女を知っているような気がした。

 抜けるような青空の目。


 私はきっと彼女を知っている。



 うっすらと目が開く。

 目を開けても視界にうつるのはただただ闇ばかりで。

 その上あちこちがバラバラになってしまったかのように痛い。


(生きてる……)


 痛みがあるということはきっとこれは現実だ。

 どこもかしこも、ものすごく痛いのに、あの死が迫ってくるような冷たさを感じない。


(あー、やっぱり。まだ私は死ねないのね)


 ここで死ぬにはきっとまだ早すぎるのだ。果たしていない仕事が多すぎる。物語がアリスにまだ死ぬのは許さないと言っているのだ。


 死なない、死ねない。

 どれだけ痛くても。どれだけ惨めでも。

 自分で首を切って死ぬ以外アリスに許された死はない。


 目を閉じる。

 このまま誰にも見つからずこの暗闇と一緒になってしまえればいい。そう思うのに。

 

 あの空の色が目の奥に焼き付いて離れない。


(会いたい…)


 目をもう一度開く。


 淡く胸元から光が漏れ出していることに気が付いた。

 暗闇の中で唯一アリスを照らす松明の火のように力強く光を放っている。


 動かす度激痛の走る腕を震えながら動かして、光の源を手に取る。


 願えば、祈れば、会えるのだろうか。


 番になった龍の涙だと言うその石を握りしめて、強く思い浮かべる。


(―――――――――――!)


「アリスッッ!!!」


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