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迂闊の代償


 菫色の瞳がまん丸と驚きに見開かれる。

 お互いに状況がつかめず、何かを言いかけては、言葉に詰まり口ごもるというのを繰り返して、ようやくアリスが低い声で問いかける。


「どうしてあなたがここへ?」

「シュキアス様こそどうして…」


 言いながら、その答えが1つしか思い当たらないのか、ミュリエッタの声は尻すぼみになっていく。

 アリスの方もこうして同じ館に揃って同じ時にいるなんて思い当たるのはあの手紙しかない。アリスの手紙は読んでからすぐに燃やした。だからそれをミュリエッタが盗み見ることはできない。


「あなたもエレオノーラ様に?」

「はい。シュキアス様も…って聞くまでもありませんよね。まずは少し話しませんか?」


 八の字に眉を下げて困ったようにミュリエッタは言った。

 アリスは頷きミュリエッタの前に腰掛ける。そして口早に尋ねる。


「ここへはいつ?」

「五時間ほど前でしょうか? 支度があるから部屋で待つように、と」


 五時間前ならばアリスより二時間くらい前についたことになる。

 随分長いこと待ったものだ。


「さすがに遅いとは思わなかったのですか」

「思いましたよ。ですがお忙しいのかなぁと思って。呼ばれるまでは待ってようって」


 ミュリエッタは自分がエレオノーラに嫌われていると思っている。

 だからこうして待たせるのも目的の一つなんだろうと、そう思っていた。


 へらりと笑っているが、ミュリエッタは彼女なりに覚悟の上でここへ訪れているのだ。


「どうして呼び出しに応じたのですか」


 アリスがミュリエッタならそんな自殺まがいの行動は起こさない。


「エレオノーラ様が今回の黒幕だとしたら、あなたは敵地に自分から突っ込んでいるようなものですよ」


 主人公だから命を落とすことはないだろう。でもそれはアリスだから判断できることであって、ミュリエッタ自身は、自分が主人公であることは知らない。


 こうしてほいほいと自らの身を危険にさらすような真似をして、何のつもりなんだろう。人の善意に甘えるようなその暢気さが余計にアリスを苛つかせるのだ。


「もう少し…いろんなことに自覚を持つべきです。あなたがそんな風にチョロそうに見えるからエレオノーラ様だって油断して……」


 言いかけてハッと我に返る。ついつい口が滑ってしまうのはアリスの悪い癖だ。


 ミュリエッタと直接話す機会なんて前回までのアリスにはほとんど無かったから、対面して好き放題に言えるとなると積年の恨みつらみが噴き出してしまう。


 ちらりとミュリエッタの顔色を伺うが、小言を言われたことにしゅんとしているものの、アリスの発言に疑問を抱いたふしはない。

 アリスはひそかに胸をなでおろした。


 コホンと一つ咳ばらいをして、話をまとめにかかる。


「とにかく、ほいほいと危なそうなところに首を突っ込むのはやめてください!」


 そこでいつもみたいに大人しく頷いてくれればいいのに、ミュリエッタは珍しく声を低くして言う。


「シュキアス様はわたしが危ない目にあうのが心配なんですか?」

「はい?」

「ハミルトン様がわたしを危ない目にあわせたいのなら、シュキアス様にとってもわたしが考えなしの無鉄砲の方が都合がいいんじゃないんですか? だってあなたはハミルトン様のためにわたしを遠ざけようとするんだから。まさか心配しているとでも言うんですか?」


 真っすぐな言葉だ。曖昧にぼかして聞くのではなく、直球どストレート。こういう質問がアリスは一番苦手なのに。


 そんなわけあるはずがないじゃない、と即答したつもりだ。

 ミュリエッタはエレオノーラの敵でアリスにとって憎むべき相手。


 なのに、パクパクと空気を求める魚のように口を動かすだけで、頭に浮かんできた言葉は全て音にならない。


 その反応だけでミュリエッタには十分だった。

 花が咲くような笑みを浮かべる。


「ご心配をおかけしてすみませんでした。これからは気を付けますね!!」

「そんなこと言ってません!!」


 生まれてこの方一番の大声がアリスの口から飛び出した。



 るんるん笑顔の令嬢と、仏頂面の令嬢はつれだって屋敷中を歩き回っていた。

 勿論エレオノーラを探してのことである。


 まずは二回の部屋を全て開けた。

 どの部屋にも鍵はかかっていなかったが、ガラリとした空き部屋で、エレオノーラどころか家具すらもちゃんと用意されていない。


 続けて一階の客室全てを回ったが、こちらは逆に全て鍵がかかっていた。耳をすませたり、鍵穴から中をのぞいてみたりしたが、真っ暗闇で誰かがいるような気配もない。


 全ての客室をあらためるとアリスは重たいため息をついた。


 あと残っているのは食堂や使用人たちが出入りするような場所のみである。そんなところにエレオノーラがいるはずもない。


 わざわざミュリエッタとアリスを同じ館に呼び出した意味が分からない。そして自分が顔を出さないのも。


(私は一目エレオノーラ様に会ってお話したいだけなのに……)


 がっくりとうなだれて頭を抱えるアリスの隣で、突如ミュリエッタの身体が大きく傾く。


「!?」


 反射的にアリスはその体を支える。人一人を支えることはできず、二人は一緒になってカーペットのしかれた廊下へと倒れこんだ。


「大丈夫ですか!?」


(何か盛られた? でも部屋には何も置いてなかったし)


 水の一滴も館に立ち入ってから口にしていない。

 ミュリエッタは青い顔をしてお腹を押さえている。


(ここでもしこの子に何かあったら物語は―――)


 大焦りするアリスの思考をぶった切るようにしてぐうぅぅっとどこかの虫が大きな音を立てた。


「は?」


 アリスの声にミュリエッタはさっと自分の顔を両手で覆った。

 ただし真っ赤に染まった耳までは隠しきれていない。


「だって朝から何も食べていないんですもん……」


 消え入りそうな涙声だった。


「……とりあえず、何か口にいれましょうか」


 アリスの同情するような声の提案にミュリエッタは「穴があったら入りたいです」と答えた。



 ふらつくミュリエッタを支えながらアリスは食堂の扉を開いた。

 そこにもあの執事の姿はない。


 うろうろと館中を探るようなことをしているのに、全く顔も出さないのはおかしいと思っていたが、これはいよいよ何か裏がありそうな感じがする。


 アリスが表情を曇らせるのとは本体に、ミュリエッタは砂漠で水を見つけたときのような顔をしていた。


「食事です!」


 テーブルの上にはきちんと二人分の食事が用意されていた。


 用意してあるのにうどうして呼びに来なかったのか。あれは完全に言い訳だったのだろう。

 この時点でアリスは執事に対しての不信感をつりあげた。


 しかしまずは飢え死にしそうなミュリエッタの腹を満たしてやらねば。


「毒が入っていたら私もあなたもここで終わりですが、それでも食べます?」

「そんな0か100かみたいなこと言わないで下さいよぉ」

「冗談です」


 食事はすっかり冷めきっていたが空腹の今はそんなことは気にならなかった。


「状況を整理しましょうか」


 ナプキンで口元をぬぐいながらアリスは言う。ミュリエッタの為というより自分の頭を整理するために一つ一つ言語化していく。


「あなたは五時間前ここへ来て、昼食まで部屋で待っているように言われた。私は三時間前に来て同じ。あまりに呼びに来るのが遅いから、外から見て唯一明かりがついている部屋を訪れたらあなたがいた。二階にある部屋には誰もいない。一階は鍵がかかっている。……そういえば、あなたはここへはどうやってきたんですか?」


 アリスですら馬車を探すのに苦労して、随分手間取ってしまったのに、アリスよりそういったことに疎そうなミュリエッタの方が二時間も早く来ているのは変だ。徒歩で来れる距離ではないし。


「え? 用意して頂いた馬車で来ましたよ」

「用意して頂いた馬車?」

「はい。手紙に場所と時間が書いてあって、そこに手紙を渡してきた人が迎えに」

「ちょっと待って! 色々と聞きたいことがあるのだけれど、あなた、直接手紙を渡されたんですか?」

「一人でいる時にハミルトン家の使用人から渡されましたが…、シュキアス様は違うんですか?」

「私はエレオノーラ様の看病に当たっていたメイドを通してです。どうしてそんな回りくどいことを、って思ったけど…。ちなみにその使用人はどんな姿だったか覚えていますか?」

「背が高くて綺麗な顔の…何というか、女性慣れしている方のような」


 今日アリスを案内した執事とは似ても似つかない。いくらミュリエッタでもあれを女性慣れしている雰囲気とは思わないだろう。


『私一人でございます』


 そう言った男の声が思い出されるだけで、既に顔すらはっきりとは浮かんでこない。

 しまったもう少しちゃんと確認しておくべきだった。


 しらとした顔をしてよくも。


 だんっと苛立たし気に机を叩くと、アリスは椅子を蹴って荒々しく立ち上がった。

 その様子にミュリエッタは呆気に取られている。


「ここを出ましょう。嫌な予感がします」


 犯人はエレオノーラだと思っていた。アリスを呼び出したのも、エレオノーラ本人だと。

 しかしあの手紙はハミルトン家のものであってもエレオノーラ本人のものではない。


「エレオノーラ様の仕組んだことではない…?」


 ミュリエッタに対して何か危害が加われば皆エレオノーラのことをまず第一に疑うだろう。ハミルトン家のピンバッチのこともあるためかアリスやミュリエッタは余計にそう思い込んだ。

 この上ミュリエッタと一緒にアリスがいなくなったとあれば、周りから見てエレオノーラへの疑惑は強まる。


(やられた……)


 さすがに周りであれこれと騒動が起こっていたのに迂闊に動きすぎた。アリスだってミュリエッタのことを責められないではないか。


 こんな風に序盤で動きがあったなんて知らない。

 でも一体誰が、どうして。


 ぐるぐると回る思考を振り払うように頭を振った。

 とにかくここでじっとしているわけにはいかない。


 ミュリエッタの手を取り立ち上がらせると足早にエントランスホールへ向かう。


「急にどうしたんですか!?」

「色々と不自然なことが多いんですよ。わざわざ危険だからと立ち入りが禁止されている館を選んだり、私とあなた二人を同じ時に呼び出したり、私の前には姿を現さなかったり…! 二階は全部解放されているのに一階が全部閉まっているのも」


 そんなに広くはない館の中で食堂からエントランスホールまで大した距離はない。

 すぐに玄関の扉の前にたどり着いた。


 アリスは半ば確信をもってノブに手をかけた。


 ガチャンッと音がして途中で何かに引っかかったように止まる。


(やっぱり)


「閉じ込められましたね」


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