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全て解決?


 ミュリエッタが案内した先は初日と同じラウンジだ。

 王子の正面の席には、今日はクラリッサが心許ない様子で座っている。さぞかし不安だったのか、アリスが部屋に入ると目に見えてホッとした顔をした。きゅっと膝で手を重ね合わせて、何かに耐えるように唇を噛んでいる。


「お待たせしてしまったようで申し訳ありません」


 ミュリエッタに絶対に自分を連れてこいと言ったのも一人では不安だったからに違いない。


 王子たちに、と言うよりはクラリッサに向けてアリスは柔らかな声で謝った。


「いや、呼び出しに応じてもらえただけありがたい」


 断られることを予想していたのが意外だった。そこまで生意気な態度を見せているのにあまり不興を買った様子がないのも記憶の中の王子とは違う。


 アリスは促されるままにクラリッサの隣に腰掛けた。


「さて、まずは二人に謝らなければならない。クラリッサ嬢には疑いをかけたこと、シュキアス嬢にはそれとミュリエッタの面倒を見てもらったことを詫びよう。すまなかった」


 王子は頭を下げる。そのまま言葉を続けた。


「それと、色々と犯人探しにも活躍してくれたみたいだな。ありがとう」


 王子に頭を下げさせたことに、クラリッサは居心地悪そうにもぞもぞと体を動かすが、アリスはけろりとしていた。この男が人目があるところで自分にこういった謝罪を向けるのは初めてだ。少し胸がすいたので、これを機にもう少しだけ日頃の意趣返しをしてやることにする。


ご命令(・・・)でしたから。子爵令嬢に何かが起こる前に解決できて私もほっとしました。余計な疑いをかけられることも無くなったと思うとようやくゆっくりと眠れます」


 そう言いながらちらりと視線を移すのは眼鏡をかけた神経質な男のいる方だ。

 ニコライは気まずいような、悔しいような複雑な面持ちをしていた。アリスの冷ややかな眼差しに思わず顔を伏せてしまう。


 王子は苦笑して片手を上げた。


「あまり俺の側近をいじめないでくれ。ニコライも、余分な口を聞いたことはちゃんと謝るように」


 その言葉に、いやいや頭を下げるニコライをできるだけ見下すようにしてアリスは謝罪の言葉を待った。


「この度は…度重なるご無礼をお詫びします」


 無理やり言わされているのだ、と態度で表す子供に対して、アリスは女神のような優しい微笑みを浮かべた。


「気にしていませんわ」


 もちろん、それが余計にプライドの高いニコライの鼻を折る行為だと知ってのことだ。

 嫌いな人間に見せる慈悲はない。


 クリードが何とも言えない様子でため息をついた。


「シュキアス嬢の気も済んだだろうし、詳細を聞くか?」

「はい。お願いします」


 王子は頷くと、ポケットから取り出した青い宝石を机の上に置いた。


「二人は知っているかと思うが、これは俺が信を置く者に与えている特別な宝石だ。今回犯人を見つけるのにはこれが役に立った」


 王子はそう言って犯人が見つかった時の話をする。


 予想した通り、犯人は平民舎の男子生徒で、ミュリエッタの部屋には盗みのために入ったらしい。そこでめぼしいものを探すうちに例のネックレスを見つけた。ここ数日買い手を探すために夜な夜な屋敷を抜け出していた。今日宝石を買った人物が王族の使うものだと気づき、犯人をその場で拘束、それから王子の滞在するこの屋敷まで連絡してきたそうだ。


(売れば足がつくとは思ってたけど、こんなに対応が早いとは思っていなかったわ。腐っても主人公一派、ミュリエッタが絡む事件の処理速度は早いのね)


 アリスはそんな風に少しだけ王子の能力を見直していた。


「今は別室で詳しく取調べをしているところだ。単独犯のようだし、おそらくこれで解決するからもう安心しても大丈夫だ」


 はた、とアリスが固まる。隣のクラリッサもそれは同じようで首を傾げていた。


「恐れながら殿下、犯人は一人で間違いないのですか?」


 クラリッサはおずおずと確認する。アリスたちが聞いた話では目撃されたのは二人である。夜な夜な抜け出しているのも二人のはず。


「あぁ、間違いない」


 しかし王子の返事も自信に満ちたものだった。

 クラリッサはそれで納得した。ここで王子に嘘をつくメリットはないと考えてのことだ。


 アリスも一応は王子の言い分に納得する姿勢を見せた。深くは追求しないでいい。犯人は単独。部屋を荒らしたのは盗むため。そうなっている(・・・・・・)のならそれでアリスに都合の悪いところはない。


 王子たちは何かを隠している。だがそれは自分も同じことだ。


「それではこれで全て解決ということですね!」


 ミュリエッタは嬉しそうに言った。さっきからこんな風にいつもより鬱陶しいのは事件が色んな意味で平和に解決したことに対する安堵からだろうか。


 思い人のそんな姿に王子も相好を崩した。


 とりあえずこの場では一応の終息を見ていいだろう。アリスはひとまず息をついた。この場で後もう一つやることがあるから。


「それでは夜分に済まなかったな。何かなければこれで…」

「一つよろしいですか?」


 王子の言葉にすかさずアリスは声を上げた。

 大事なことが残っている。


 アリスの言う一つがまた何か自分の側近たちにダメージを与える爆弾となることを警戒して、王子は困ったように眉を下げた。

 今日はやめておけ、というクリードの無言の圧力にも逆らって、アリスはずっと言葉を発しなかった青年の方を向いた。


「私はまだあなたの謝罪を聞いておりませんが、マクマホン卿」


 まさか自分に白羽の矢が立つとは思っていなかったのか、レイノルドは目を丸くした。

 アリスの言わんとしていることを察知して、隣のクラリッサが、まさか、という顔をする。そして思いっきりブンブンと首を横に振っていた。


「えーと、君を怒らせるようなことをした覚えはないけど、何か気に障ったのなら謝るよ。済まなかった、シュキアス嬢」

「私に対しての謝罪ではありません」


 隣でますます激しくなる頭の動きをぺしりと叩いて止めると、アリスはその手を引いて、レイノルドと向かい合わせた。


「クラリッサ様を疑っておられましたよね? そのことに対して謝りました?」


 途端にすかした愛想笑いにヒビが入る。いくら腹黒のフリをしていたって痛いところを突かれてすぐにボロを出すようではまだまだ甘い。

 アリスはほくそ笑んだ。


「妹だからって何を言っても許されると思っていませんか? 言葉は時に暴力よりも人を傷つけますよ」


 アリスの淡々とした声がレイノルドを責め立てる。

 クラリッサとアリスの仲は良くないと思っていたのだが今回のことで絆が深まったのだろうか。


 自分たちの仲を知っていて言っているのだろうが、それでも遠慮のない言葉に舌を巻く。普通そこは触れるべきではないと目を瞑るところだ。

 レイノルドはここにきて本格的にアリスのことを厄介に思った。


 一つ訂正を入れるとすれば、レイノルドはクラリッサのことを妹とも思っていない。だからこそ傷つけるような言葉をいくらでも吐くことができる。それを今この少女にぶつけたところで余計に話がややこしくなりそうなので言いはしないが。


 宰相の娘という立場からも、エレオノーラの一番のお気に入りということからもアリスに悪い感情を持たれるのは喜ばしくない。レイノルドは素早く判断して、クラリッサに向かって早々に頭を下げた。


 損得が絡めば心にもない謝罪だって苦ではない。自分はそういう人間なんだと、レイノルドは役を演じるように申し訳なさそうな声を出した。


「疑いをかけて、それから色々とひどい言葉をぶつけて悪かった、クラリッサ。お前の良心に甘えて酷い兄だ……」


 クラリッサは息を呑む。

 たっぷり十秒間、妹とも思わぬ娘に頭を下げて、ちらりとアリスの顔色を伺う。


 頭を下げる前より軽蔑した目でアリスはレイノルドのことを見ていた。

 不覚にもその視線にどきりと心臓が揺さぶられる。


 誠意のある謝罪を見せた(・・・)はずなのに、かえってアリスからの心象は悪くなったように見える。


 事実アリスのレイノルドに対する評価は悪化していた。


(気持ち悪い演技。バレないとでも思っているのかしら? クラリッサ様ですらドン引きしてるのに気づかないなんて……)


「本当、最低ですね」


 ボソッと漏らされた呟きにレイノルドの心は打ち砕かれた。


「何でおれこんなに嫌われてるんでしょうか!?」と王子に泣きついたのはそれから間もなくのことである。



 部屋に置かれた時計の針を確認して、淹れたてのコーヒーを持って、アルフィーは部屋を出た。訪れる先はもちろん主人(ノア)の部屋である。


 明かりがついたままの部屋でノアはベッドに転がって眠っていた。

 ノックの音より少し前に目を覚まし、むくりと起き上がる。


 コンコン、と音がし、返事を待たずにアルフィーが入ってくる。


 無言で差し出されたコーヒーに礼を言って、疲れた様子でノアはそれに口をつけた。


「お前の予想通りになったな、ノア」

「僕は打てる策を打っただけだ。向こうが馬鹿すぎて簡単に引っかかってくれただけ」

「その策の為に徹夜で働いたのは誰だっけかな」


 至近距離で色を変える石の特性を教え、もしそれを持ち込むものがいたら捕まえて連絡をするようにと、街中の店に伝えるようアルフィーに指示を出したのはノアだ。

 見事その作戦に間抜けな犯人が引っかかってくれたおかげで騒動は解決に向かっていた。


「押し付けがましいやつだな」


 ノアからは憎たらしい言葉しか返ってこないが、言葉が続くのは信頼の証だとアルフィーは知っている。


「捕まったのはドルジだけだったな?」


 ノアは確認するように言う。


「あぁ。だがドルジ単独の犯行じゃないのは確かだな。指示を出した誰かがいる。現にドルジが捕まってすぐにバルトロとジャックの姿が見えない」


 チッとノアが舌打ちをする。珍しく気が立っているようだ。


「全く、面倒を起こしやがって」

「だから言ったろ、甘く見ると痛い目見るぞって」

「うるさいな。お前は誰の味方なんだよ」

「もう俺も主人の鞍替えでもするかなぁ」


 アルフィーのぼやきにノアから無言の制裁が加わった。腹に感じた重みにゴホッとアルフィーは咳き込む。

 本当にブラックすぎて嫌になる。


「彼女たちには何て言ったんだ? 解決に向けて色々企んでるって言ってたが」

「…ドルジ単独での犯行ということにして解決したと言ったそうだ。要らぬ心配をかけないように、ということらしいが……」

「何か気になるのか?」

「恐らくこの騒動に何か裏があることには気づいてる、と思う。だから危ないことに首を突っ込まないといいけど、と思ってな……」


 憂うように言う。ノアがそんな風に心配を見せる相手は一人しかいない。


 外では段々と雨足が強まっている。窓に叩きつけるようにして大粒の雨が降りしきるこの様子ではアークに手紙を持たせることもできない。


 気をつけて、とその一言を伝えることのできないもどかしさにノアはぎりっと歯噛みした。


 何も起こらないでくれ、と願いながら。

 一晩中黒い雨は降り続いた。


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