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狩猟大会


 アリスが部屋に戻ると、既にミュリエッタのためと思われるベッドが、自分のものの隣に鎮座しており、アリスは一層腹立たしくなった。


(最初から部屋を整えるための時間稼ぎに呼んだだけで拒否権はなかったのね)


 自分のベッドに勢いよく腰をかける。


 どうしてこんなことになったのか、怒涛の急展開に頭が追いついていない。

 ばふりと枕に顔をうずめて早く眠ってしまいたい。



 そんな風に機嫌の悪いアリスの様子を伺いつつ、ミュリエッタはそろりと鞄一つの自分の荷物をベッド横に置いた。音を立てないようにベッドに腰掛ける。


 そうしてやっと心が少し落ち着いたような気がした。アリスには悪いと思いながらも、無理やりにでも一緒の部屋になれたことは大きい。


 大広間のある本邸からミュリエッタたち令嬢が滞在するゲストハウスは少しだけ距離がある。もう遅いからと部屋の前まで送ってくれたレイノルドにお礼を告げて、扉を開けると、中は真っ暗だった。部屋を出る前に確実に明かりをつけて出たはずなのに、と胸がざわついた。そしておそるおそる手に持ったランプを室内にかざして、ミュリエッタは悲鳴をあげた。


 駆けつけた王子たちになだめられ、部屋をどうするかと聞かれたときに、真っ先に浮かんだのはアリスの顔だったのである。


 ミュリエッタはぶるりと身震いした。先ほどのまでのことを考えると途端に恐怖が背筋をすくませる。明確な悪意はこうも簡単に人を震えあがらせるものなのだと思い知らされた。


 暗い表情でベッドに腰を下ろしたまま、しばらくミュリエッタは身じろぎ一つしなかった。

 アリスも枕に顔をうずめたままミュリエッタに声をかけることはなかった。


 そうして、その日は特に会話が生まれることもなく、お互い疲労した心を休めるかのように、泥のように眠った。



 翌朝、アリスはミュリエッタより先に起き上がり手早く身支度をすませるとエレオノーラの部屋に向かっていた。

 部屋の扉の前には一人のメイドが腰かけて待機している。アリスの姿を見とめると、メイドは立ち上がって頭を下げた。


「エレオノーラ様のご様子は?」

「昨晩体調が優れないと仰ってから眠り続けていらっしゃいます」

「お医者さまは?」

「診ていただきました。疲れがたまっているだけで特に大事はないとのことです。今はゆっくりと休まれるのが一番だと」

「そう……」


 それならば今は顔を出さない方がいいだろうか。本当はアリスが看病をしてあげたいところだが、かえってエレオノーラに気を遣わせてしまうかもしれない。


「また来るわ。エレオノーラ様をよろしくね」

「かしこまりました」


 後ろ髪を引かれる思いで部屋に背を向けた。


 目的を失い、アリスは手持無沙汰になった。部屋に戻ればミュリエッタと顔を合わせることになるため戻りたくない。


 この旅行の間、貴族舎と平民舎の男子たちのための狩猟大会が開かれる。令嬢たちはそれを見ながらのんびりお茶を楽しんだり、敷地内の庭園や湖を散策したりして過ごす。

 狩猟大会に興味はないし、一人でボートに乗るのもなんだか物寂しい。


 この旅行に参加する令嬢の数はそんなに多くない。数少ない参加者もどうしてか皆ミュリエッタのような弱小貴族ばかりで、アリスが普段関係を持っているような令嬢たちはいないのだ。


 ぶらぶらとあてもなく屋敷内を彷徨っている時のことだ。


「シュキアス様! こんなところに!!」


 突然後ろから大声で名前を呼ばれた。


「あなた、本当にその大声を出す癖どうにかした方がいいですよ、オルデン子爵令嬢」

「そんなことより急がないと! もう始まっちゃってますよ?」


 ミュリエッタはアリスの話も聞かずにその手を取ると途端に駆けだした。

 連れてこられたのは、狩猟大会が行われる森林の前にずらりと設営されたご令嬢向けのスペースだ。


「ちょっと、どうしてこんなところに連れてくるんです?」

「わたしがマリー以外に友達がいないってご存知でしょう? 一人だと心細いんです~!」

「だからってどうして私が!」


 そんな風に文句をつけながらもメイドに椅子を引かれると腰を下ろしてしまうのが貴族令嬢の習慣だ。アリスは思わず席についてしまい苦い顔をする。


 ミュリエッタは嬉しそうな顔でその向かいに座った。

 昨晩からして、随分と顔色がましになった。もうすっかりいつもの調子を取り戻したようだ。


 今更立ちあがるわけにもいかず、アリスは用意されたグラスに口をつける。

 バカルディ特産のグレナデンシロップを使って作られる、色が3層にわかれたアイスティーは見た目も美しく、味も中々だ。これは作り方をマスターしたい。


 アリスがお茶にくぎ付けになっている間、ミュリエッタのその目は熱心に森の方を見つめていた。何気なくアリスもそちらに目を移す。


 視線の先には多くの男子たちが思い思いの装備で固まっていた。狩猟大会は広大な狩場を分割して、今日から5日に渡ってそれぞれの参加者が自分の狩場で狩りをし、獲物の大きさや頭数で勝敗が決まる。装備も、参加者の人数も自由だ。


 今はその場所決めの抽選が行われている最中のようだった。

 その中には王子たちもいる。


「ここへは殿下の応援をするために来たんですか?」

「いえ」


 ミュリエッタの返事は淡々としていた。


「あ、違うんです。応援も勿論しているんですが、本来の目的はそこじゃないっていうか……」

「本来の目的?」

「やっぱりシュキアス様はご存知ないですか?」


 その言葉に含みを感じてしまうが、知らないものは知らない。アリスは頷いた。


「この旅行、私のような貧乏貴族が多いなぁ、とか思いませんでした?」

「確かにあなたのような田舎者ばかりですね」


 言葉を包まずにはっきりとそういうアリスに苦笑しながらミュリエッタはこの旅行の趣旨を説明した。


「実はこの旅行、私たちにとっては婿探しの大事な機会なんです」

「……はい?」


 アリスは戸惑ったような反応をした。それはそうだ。貴族の令嬢が自分で自分の婿を探すなんてアリスの常識からしたら考えられない。


「好きこのんで貧乏で家格もないような令嬢をめとる殿方は少ないでしょう? だからパブリック・スクールというエリート校に通う優秀な婿をゲットしてこいって皆親から教わるんです」

「そんなことが……、あなたもそのために参加されたのですか?」

「勿論です。我が家の財政を立て直せるような数字に強い方を希望しています!」


 まさかあれだけ王子にアプローチされていて本当に王子には微塵も興味を持っていないのだろうか。婿を探しに来たなんて悠長なことを言っているミュリエッタにあきれてしまいそうになった。


 周りを見渡せば他の令嬢たちもミュリエッタのように熱のこもった視線を男子たちに向けている。何というかやる気に満ち溢れている。


「昨日のパーティーの時点である程度みんな自分の目当てをつけているはずです。仲の良いグループで集まって作戦会議を開いたりもしていたそうですよ」

「まるで狩りですね」

「ふふふ、狩りをするのは男性だけではないということです」


 アリスは呆れて言ったのだがミュリエッタは楽しそうに笑っていた。


「今回一番人気はあの方です。ほら、あそこの今殿下たちとお話しされている……」


 そうしてミュリエッタが教えてくれた人物に目をやると見覚えのある立ち姿が目に入ってきた。


「お名前は確かノア、さんだったと思います」


(やっぱり!)


 アリスだと分かるはずがないと思っていても少しドキドキしてしまう。速まった心臓を服の上から押さえてアリスは一つ深呼吸した。


「オルデン子爵令嬢も…、その、彼を狙っているんですか?」

「いえ。あんなに目立つ方の隣にいたら疲れてしまいそうで気が引けちゃいますから」


 ミュリエッタは頬をかいている。だが彼女がこれから立つのは国で最も目立つ男性の隣だ。この時点で全然意識もされていないようなのだが本当に王子はミュリエッタの心を射止めることができるのだろうか。


 視線に気付いた、ということもないだろうが王子と話していたノアがちらりとこちらに目を向ける。


 不自然なので耐えたが今すぐにでもアリスは顔を逸らしたかった。

 自分の姿がノアの目に映ったかと思うと、たとえ距離が離れていても少しひやりとしてしまう。


 ノアがこちらを向いた瞬間ざわりと令嬢たちの間で黄色いざわめきが走った。

 小声で「今私に目配せしたわ」「いいえ私よ」「何を言うの私だわ」というような声まで聞こえてくる。本当に人気みたいだ。


 アリスの心の底ですっきりとしない感情が生まれた。


「でもわたし、どこかであの方を見かけたことがあるんですよね……。あれだけ目立つ顔立ちをしているから間違えるはずないんですけど」


 ミュリエッタは遠くにいるノアの顔をまじまじと見ながらそう言った。

 昨日パーティーで目にした時もそう思ったのだ。

 うんうんと頭を悩ますが相変わらず思い出しそうにない。


 アリスはミュリエッタの言葉を話半分に「そうですか」と流した。

 なんとなくノアの存在を認識して意地悪な令嬢としてのアリスの気がそがれてしまった。


(ノアが参加することは分かってたし、やっぱり今回は来るべきではなかったわね……。エレオノーラ様の体調も良くないし)


 カップの中に映る嫌味なほどに青い空を見て、アリスはそう思った。



 森林の中を、一人の男がのんびりと歩いていた。

 これ以上奥に進んではいけないと張られたロープを悠々と乗り越え、どんどんと先に足を延ばす。


 そうしてたどり着いたのは、昔、人嫌いの管理人が猟の時に使う小さな小屋だった。

 深い森の奥に佇むあからさまに不気味な廃屋なので誰かが寄りつく様子もない。

 誰かと待ち合わせをするにはうってつけの場所だ。


 男が小屋の中に入り、しばらくすると三人組の男たちがやってきた。

 そわそわと落ち着きのない様子であたりを警戒している。


 そして最初にきた男の姿を目に入れると甲高い声を上げた。


「キリク! 話が違うじゃないか!!」

「まぁ、落ちついてくださいよ。ジャック殿」


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