わかりあえない人
「何でしょうか、こんな遅くに呼び出して」
アリスは「とにかく着いてきてくれ」と一点張りのクリードに連れられラウンジにやってきていた。クリードが来ている以上呼び出した人物は一人しかいないが、できれば今一番顔を合わせたくなかった。
一つのテーブルを囲むように四方に置かれたソファーには険しい顔をした王子たちと、困ったようなミュリエッタが座っていた。
厄介ごとのにおいがする。最悪だ、今すぐ部屋に帰りたい。
「来てもらってすまないな、シュキアス嬢。少し聞きたいことがあってきてもらったんだが……まぁそこに座ってくれ」
そうして示されたのは王子とミュリエッタが横並びにかける席の真向かいである。アリスの後ろにはクリードが騎士のような顔をして突っ立っている。
四方を側近たちに囲まれ、王子と対面するこの状況に、尋問をされているような不快感を覚えるが大人しく従うことにした。
今までアリスはこの行事に参加していないから、どんな展開が待ち受けているのか知らない。だから迂闊な行動は控えようと思ったのだ。
「それで、聞きたいこととは?」
アリスの言葉に対して誰も答えない。王子までもが言葉を探しているような、そんな素振りを見せた。
(なんなの……?)
アリスはその不審な様子に首を傾げる。わざわざ呼び出しておいてダンマリはないでしょう、と。
仕方ないとばかりにニコライが手を上げた。
ロクな結果にならないことは分かっているのに誰も止めようとしないので、アリスは大人しくその話を聞いてやることにした。
「夕食の間、どこで何をされていましたか?」
ニコライが聞いてきたのはそんなことだ。
「汽車で疲れたので部屋に戻って休んでいましたが、それが何か?」
「それを証明する手立てはありますか?」
大仰な言い方だ。アリスは眉を顰めつつもこれにも大人しく答える。
「到着した際にメイドの一人に休めるよう部屋を準備して欲しいと頼みました。部屋まで荷物を運んでもらったので私が部屋に入るのを確認しているかと」
「その後部屋では何を?」
「何も。ずっと眠っていましたから。……というか、何ですか? 私は何か疑われているようですね」
ニコライは何も答えない。
本当にこれは尋問らしい。アリスは不快感を抑えることなく全身で表現した。具体的には頬杖を着いてながーいため息をついた。
「夕食から戻ったらミュリエッタちゃんの部屋が酷く荒らされていたんだよねぇ」
空気を読んでかレイノルドが間延びした声をあげる。
「その間、パーティーのあった大広間にいなかったのが、アリス嬢とエレオノーラ嬢、それからうちの愚妹だけだからとりあえず順番に話を聞くことにしたんだ」
ぴくりとアリスの体が揺れる。まさかあの具合の悪い主人を呼び出してこんなくだらないことを聞くつもりなのか、とみるみるそのまなじりがつり上がっていく。
「エレオノーラの体調が優れていないのはわかっているし、ここに到着してからメイドを一人看病につけているからその無実もはっきりしてる。シュキアス嬢に関しては他でもないミュリエッタが違うと言い切っているから呼んだのはそっちが本題ではない」
王子が慌てて付け足していなければアリスは爆発していた。
溜飲を下げた様子のアリスを見て王子もほっと心の中で息を吐く。エレオノーラのことになると狂犬のように牙を剥き出しにする忠誠心は大したものだが、いささか過激が過ぎるのではないだろうか。
しかし余計な水をさす怖いもの知らずは王子の側近にもいる。
「ボクはまだお二方とも疑っていますがね」
「ニコライ!」
「実際にこうして名前が上がっている御三方は、ガーデンパーティーの時も騒ぎを起こしています。それに、ミュリエッタは話してくれませんが、彼女がどんな目にあっているかは知っているんですよ」
この間アリスが言ったことはよっぽどニコライのプライドを傷つけたのか、かなり反感を持たれていた。刺々しい言葉を狂犬にぶつける側近の一人に、王子の方が頭を抱えたいくらいだった。
「私はオルデン子爵令嬢がどのような目にあっているの存じ上げませんので、そうですか、としかお答えできないのですが、それと私に一体何の関係があるって言うんですか?」
アリスの返答は氷柱のような冷たさと鋭さを兼ね備えていた。さすが避暑地、真夏の夜でもひんやりと涼しいが、そこにさらに極寒の吹雪が吹き荒れているような錯覚すら覚える。
「しらばっくれないでください」
「しらばっくれることなどないと言っています。そちらこそ言いがかりはよしてくださいませんか?」
バチバチと紛うことなき火花が散っていた。
「そこまでだ、ニコライ。シュキアス嬢に頼みがあって呼んだのだからあまり失礼を働くな」
「殿下! そのことについてもボクは反対だと!」
「ニコライ、俺に二度言わせるか?」
「っ!」
何だか勝手に話が進んでいるようだが、ただでさえ王子たちは嫌いなのに、濡れ衣を着せられそうになった挙げ句、誰が頼み事など聞くというのか。
トントンと苛立ったようにアリスの指がその膝を叩く。
「シュキアス様、お願いというのはその」
「お断りします」
「わたしと同室になって…、って早いですよぉ」
皆まで言う前に断った。最後まで聞いて改めてありえないと思う。意味が分からない。
しかし冷たいアリスの態度にもミュリエッタが怯むことはない。
いつものように頬を赤く染めて、両手を握りしめて熱心に訴えかけてくる。
「お願いします! それにこれで何も無ければシュキアス様やハミルトン様の疑いもきっと晴れます!!」
「裏返せばあなたに何かあれば私とエレオノーラ様は間違いなく犯人に仕立て上げられますが。そうなった時にあんなのが増えられてはたまったものではありません」
あんなの、として指指されたのはニコライである。
まず初めにレイノルドが吹き出し、クリードはすかさず後ろを向き、王子は本当に頭を抱えた。二人とも小刻みに肩が揺れている。
「なっ!? 貴様何を!?」
「いたいけな乙女に向かって貴様、などと言うような方ですよ? 何かあったら私たちの身が危険に晒されます」
「ニコライサイテー」
「最低だな」
「お前たち!? 大体本物の淑女は自分のことをいたいけな乙女だなんて言わないでしょう!?」
ぱくぱくと魚のように口を動かすニコライ。その顔は赤いやら青いやらで忙しそうだ。
そんな様子に気づかずに、よりにもよってミュリエッタがトドメの一撃を放った。
「ニコライはこの間シュキアス様に口で負けたことを大層悔しがっていたんです! だから今は少し過敏になっているだけで、本来は己の非を認められる真面目な性格をしているんです! だから許してあげてください!」
「ミュ、ミュリエッタ……」
がくりと倒れ込んだニコライはクリードが回収した。
一体何をやっているんだ、とアリスはため息をつく。
王子一派と仲良く茶番をするためにここにいるわけではない。
話は終わりだとばかりに無言でアリスは立ち上がろうと腰を上げた。
それを手で制して、王子が口を開く。
「俺からも頼む、シュキアス嬢」
「嫌です。どうして私なんですか。バーミリオン伯爵令嬢に言ってくださいよ」
「マリーは今騎士団の入団テストに備えて親父殿と特訓中だ」
横からクリードが口を出す。
そういえばそんな時期だ。親友のミュリエッタを守る力をつけるため、あの猪突猛進なご令嬢は女だてらに騎士になろうとするのだ。
「そもそも一人で部屋を使えばいいんじゃないですか。警備は強化されるつもりなんでしょう?」
「一人だと不安なんです」
知るか! と大声で叫びたかった。が、俯いて震えるミュリエッタに向けるには躊躇われる言葉だ。
(どうしてこの子はこんなに私を信用するの……? これ以上心を寄せられても困るのに)
物語をいつ外れてしまうか今でもひやひやしているのに、懸念材料を増やしたくない。
「どっちにしろ空いている客室はもうないんだ。頼む、シュキアス嬢」
ミュリエッタに合わせて王子までもが頭を下げている。
それでもアリスは頷かない。
一国の王ともなる身で、一人の令嬢のために、一介の令嬢に頭を下げるなんて。
本当に、王子はミュリエッタのことが心底大事なのだ。
「お断りします」
アリスの声は硬く、そこには僅かな苦しみが見え隠れしている。議論の余地はないという態度は変わらない。
「俺の頼みを断るのか?」
それは紛れもない脅しだ。下手に出てダメなら次は威圧だ。隣でミュリエッタがハラハラとしている。その目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
普段は女性にそんな目を向けることはない王子の鋭い眼光もアリスには通用しない。
「頼み、なんですから受けるか受けないかは私の自由でしょう」
「おい、アリス……さすがに、」
背筋にヒヤリとするものが流れる。しかし雰囲気に飲まれても、アリスの根本が王子を恐れることはない。アリスにとって自分の価値というのはそれほど高くないからだ。
王子とこうして睨み合うのは二度目である。
先に折れたのは王子の方だった。
「ならば命令だ」
「……私にそれを言う意味はお分かりですよね?」
この先に訪れる婚約破棄を知っているからこそ、王子の発言に驚きはない。だがやはり、何があってもミュリエッタを選ぶ王子とわかりあうことは一生ないだろうな、とアリスはつくづく認識させられた。
「ご命令とあらば、逆らうわけには参りませんね。ですが、何かあった時、全ての責は殿下にあることをお忘れなく」
「無論だ」
今度こそアリスはその場から立ち去るべく席をたった。
残念ながらいらないおまけつきで。
*
荒々しく閉められた扉にレイノルドは首をすくめた。
「アリス嬢を相手にしていると時々本当はおれなんかよりよっぽど年上なんじゃないかと思う時がありますね。本当に肝が据わっている」
同い年とはいえ仮にも王族に対してあれだけの口を恐れず聞けるのは彼女やエレオノーラくらいだ。
「まぁ、アリスはあの宰相閣下の娘だからな」
「それにしても無礼です!」
「やっと立ち直ったかニコライ。まぁ、お前の場合は少しやりすぎだけどなぁ。にしたって最初っからおれたちのこと虫けらでも見るかのような目で見てたよねぇ」
初めて会った日のことは今でも忘れられない。それまで人好きのする性格と、自分で言うことでもないがそれなりに女受けのする容姿のおかげで友好的な態度ばかり向けられてきたレイノルドにとって、あの心の底から嫌悪するような目はいっそ痛快だった。
「俺たち、特に俺はシュキアス嬢にとっては親の仇より憎い存在だろうからな」
「そんなに嬉しそうに言うことではないですよ、殿下」
不思議そうなレイノルドに、王子は濁すような曖昧な笑みを浮かべた。




