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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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陶興房 柱石 第六章

 義材を上洛させた大内家。これで役目は終わりと帰国を考えるが情勢と義材がそれを許さなかった。

 高国が水茎岡山城の攻撃に失敗してから一年経った。高国は敗戦の痛手からなかなか立ち直れていないようである。また畠山尚順と対立している畠山義英が蠢動を始めた。尚順はこれの対応に追われることになる。

 このように高国と尚順が動きにくくなると必然的に義興の存在感は強くなる。義材も義澄や澄元の攻撃を警戒し義興への依存を強くした。

「こうなれば頼りになるのは義興だけだ。頼むぞ」

 こう言われて悪い気はしない義興である。しかし少しずつ大内家内部での問題も浮上し始めた。

 その日興房は義興にはっきりと言った。

「銭金が足りませぬ」

 ここまではっきり言われると義興は返す言葉もない。そんな義興に興房はこう続ける。

「義興様もご存じでしょうが、我らが上洛に必要だとそろえた費えはもはやほとんどありませぬ」

 この時点で大内家が揃えた上洛の経費は底を突き始めた。京での滞在の経費と軍勢の維持費が思ったより多くかさんだのである。

 もっとも義興もそれに関する危惧は抱いていた。そのため一応手は打ってある。

「国元より追加の費えを送ったのだろう。それがあれば数年は足りるはずだ」

 大内家は以前より明国と貿易を行っていた。その莫大な利益で大内家は大きくなったのである。その利益があれば確かに数年の在京の経費は足りた。

 尤も興房は別のことを懸念していた。ここでそれも指摘している。

「我らはともかくついてきた安芸や出雲などの領主たちの銭金もつき始めているようです。われらで彼ら全員を養うことは出来ませぬ」

「それについては仕方あるまい。戻りたいものがいれば戻してもよい」

「そうなると我らの兵力も減ります」

「そこについては仕方ないだろう。何か懸念があるのか? 」

 義興は疑問を感じた。興房の物言いに何か引っかかるのである。これに興房はこう答えた。

「我らがいないうちに好き放題するものが出ないかと懸念しております」

「それは大丈夫だろう。本国にも十分戦力は残っている。今の我等には幕府の権威もある。押さえつけるのに不足はあるまい」

「だといいのですが」

 興房の懸念は消えなかった。その脳裏には尼子経久の姿が浮かんでいる。あの男は何かしでかしかねないと今でも思っていた。興房はできるならば帰国して不測の事態に備えたいと考えていたのである。

 だがここで事態は急変し、興房も帰国のことを一時忘れざる負えなくなった。


 細川澄元は如意ヶ嶽から撤退した後も虎視眈々と反撃の機会をうかがっていた。そしてひそかに同族の細川政賢や細川尚春を味方に付ける。二人とも高国に不満を抱いていたのだ。そしてさらに播磨(現兵庫県)の赤松義村も味方につけた。河内では畠山尚順と対立している畠山義英の動きも活発化している。

「この好機を逃すわけにはいかぬ。高国を打ち破り、義澄様を京に返す。そして私が再び管領の座に就くのだ」

 永正八年(一五一一)六月澄元は阿波で挙兵した。この動きに義澄も無論同調している。この時義澄は二人の男子を澄元と義村の下に送っていた。義澄もこの決戦にすべてをかけるつもりであったのだろう。もし自分が敗れた時の保険をかけておいたのである。

 この澄元挙兵の報せはすぐに京の義材のもとに届いた。この時義興と高国は京に滞在していたが尚順はいない。河内での戦いが劣勢で動けなかったのである。

 ひとまず今いる面々で軍議が開かれた。この時興房も同席を許されている。この時の興房は大内家のナンバー2として周囲にも認められていたのだ。

 軍議が始まるとまず発言したのが高国であった。

「澄元が出てきた以上は俺が引っ込んでいるわけにもいくまい。奴らは摂津から上陸する様だ。すぐに摂津に向かって出鼻を挫いてくれる」

 高国の鼻息は荒い。以前の失敗をここで取り戻そうということなのだろう。

 義興はこれに賛成しこう申し出た。

「ならば儂も共に出陣しよう。水際で阻止すれば奴らも阿波に帰るしかなくなる。そうなれば尚順殿の戦も楽になるはずだ」

 下手に戦力を出し惜しみするより全戦力で叩き潰してしまおうという考えである。だがこれは意外な人物に阻まれた。

「義興達大内家の将兵は京から動くことはならぬ。私の身を守るのだ」

 そう言ったのは義材であった。この発言に義興も驚いて黙る。興房も驚いたがおずおずと申し出た。

「戦は初めが肝心。ここは我らも高国殿にご助成するべきではないかと。それが義材様の御身をお守りすることにもなります」

「ならぬ。其方たちが出て行っている間に義澄が攻めてくるかもしれないのだ。京の兵を割くわけにはいかぬ」

 一見義材のいうことはもっとものようにも見える。しかし近江の義澄が動員できる兵力は限られた。それに対して大内家全軍で備えるというのはさすがに過剰であった。

「(義材様はそれ程に義澄様を恐れておられるのか。それは高国殿が負けた時のことを考えてのことか)」

 聞かぬ風の義材に黙るしかない興房。義興は興房の心情を慮ってこう提案する。

「ならば儂が我が家の軍勢と共に京に残りましょう。興房は空きなどの国人たちの将兵を連れて高国殿の援軍に向かうというのは」

 義材の要求をぎりぎりまで取り入れた提案である。しかしこれは高国から却下された。

「無用だ。澄元など我等だけでどうにかできる」

「そう言うことだ。大内家の者共は京に残る様に」

 高国の発言に義材も同意した。こうなったらどうしようない。大内家主従は黙るしかなかった。


 澄元たちは全軍を二つに分け一方は堺方面、一方は兵庫方面から上陸した。これらに対して高国は摂津の国人たちを動員して対処しようとする。

 堺方面に上陸した澄元方の兵を束ねるのは細川政賢である。その名の通り細川家一族の者であった。高国が澄之を討った時はともに戦った間柄であるが、義澄が追われた際には京を出て澄元の下に馳せ参じている。

 そう言う経緯もあって高国からしてみれば政賢は裏切り者であった。

「俺を裏切った政賢を許すわけにはいかない。むしろあ奴らを討って俺が細川家の当主にふさわしいと知らしめてやる」

 一方政賢としてみれば高国は自分が管領になりたいがために将軍を追いやった不忠者である。

「あのような者を細川家の主として認めるわけにはいかない。必ず討ち滅ぼしてやろう」

 そう強い決意で上陸した政賢たちは堺にもほど近い深井城に入った。堺の町衆はどちらが勝つかを見定めるつもりのようである。政賢も味方に付くことを無理強いして関係を悪化したくなかったので中立を保ってくれそうなのはありがたかった。

「ひとまず上陸は出来たか。元常殿のおかげだ」

「お気になさるな。高国殿の行いを快く思わぬものは細川一族に多く居ります。味方するのは当然のこと」

 こう答えたのは和泉(現大阪府)上半国守護の細川元常である。堺は摂津と和泉の「境」にあるから堺という名になったという話がある。なんにせよ和泉は近場であるのでここに勢力を持つ元常が味方したのは大きな意味があった。

 さて一方の高国は政賢を討つ別摂津の領主たちに号令をかけた。

「裏切り者の政賢を討てば褒美は思いのまま。各々の領地は末代まで幕府の名において保障しよう」

 この号令に集まった摂津の領主たち。その兵力はおよそ二万。これに対して政賢たちの兵力はおよそ七千。三倍近くの差がある。

 しかしここで政賢は一計を案じた。

「真正面から戦っても勝てるはずもない。しかし籠城で時を稼いだところで後詰が来られるかもわからぬ。ならば一つ策を講じてみるか」

「策ですか? 」

「ああ。この策はこの地に詳しい元常殿のお力が必要だ」

 やがて高国方二万の兵が深い城に殺到した。城門は容易く敗れ次々に将兵が入城していく。しかしここで高国方の将が気づいた。

「おかしい。人の気配が全くない」

 その時殆どの兵が深い城に入ってしまっていた。というのも高国から政賢の首を取れば褒美は思いのままだという言伝を受け取っていたからである。だれもが手柄のために城に入っていった。

 政賢は味方の将兵と共に深い城の周囲に潜んでいた。そしてほとんどの兵が入城したのを見ると号令をかける。

「それ、門を閉じてしまえ」

 澄元方の兵が深井城の城門を閉じてしまった。これに高国方の将兵は動揺する。すると門が少しだけ開いた。恐慌状態に陥った兵が殺到する。だが門は少ししか空いておらず多くは出られない。そして場外に出た兵たちは次々と澄元方の兵に討たれていった。さらに城に火矢が撃ち込まれて炎上していく。

 罠にはめられたと気付いた高国方の兵たちはもはやこれまでとさらに門に殺到した。澄元方の兵もこれ以上は門の開閉を制御できないと理解し一目散に撤退する。しかし高国方の将兵は思わぬ奇襲で完全に狼狽し戦意を失った。

「こうなったら褒美より命だ」

 高国方の兵は四散し逃げていく。こうして高国の澄元迎撃作戦は出鼻を挫かれるのであった。


 深井城での戦いは高国方の大敗で終った。そして兵庫方面では淡路(現兵庫県)守護細川尚春が総大将として上陸している。そしてこれに赤松義村も合流していた。彼らに対処すべく摂津の国人瓦林正頼に高国の家臣を援軍として派遣した。而して兵力は澄元方の方が上であり、芦屋河原で行われた合戦で高国方は大敗する。

「ば、馬鹿な。こんなことがあっていいわけない。何かの間違いに決まっている」

 これらの報告を京で受けた高国は分かりやすいくらい取り乱した。義材は報告を聞くや否や自室にこもってしまう。もはや悪い報告は聞きたくないらしい。

 したがって冷静でかつ人を動かせる立場なのは義興ぐらいである。一応畠山義元もいたが義元の手勢は心もとない。

 とはいえ義元は尚順と共に義材に尽くしてきた男である。

「こうなっては義材様の御身を守ることに尽くしたい。何なら私が撃って出てその隙に義興殿達で義材様を逃がしてもらえないだろうか」

 義興と今後のことを協議する場で開口一番こう言いだした。そんな男である。この状況でなかなか心強い。

 さて義興は興房を伴い義元と今後の対応について話し合うことにした。尤も時間はない。芦屋河原での戦いに勝利した澄元方の軍勢は京に向かっているらしい。どうするにしてもこの場で決定してすぐに動かなければならない。

「やはり義興殿達が義材様をお守りし京から逃れるべきかと。ここには私と高国殿が残ります」

 義元は悲壮な表情で言った。もはや勝ち目はないとみているらしい。高国を勝手に同行させようとしているのはこの事態を招いたことの責任を取らせようとしているようだった。

 兎も角義元は何が何でも義材を守るつもりのようである。それについては義興も異論はない。ただ義興には別の考えがあった。

「京で戦など出来ませぬよ。何より京の街を焼けば朝廷にも被害が及びましょう。それは天下に恥をさらすも同義。ここは一戦も交えず京を離れるべきだ」

「義興殿。それでは臆病が過ぎまする。それに六角家が義澄様を擁して京に入れば一巻の終わりです」

「そのことについては…… 興房」

「はい。義元様こちらをご覧ください」

 そう言って興房は書状を義元に見せた。書状を読んだ義元は驚嘆する。それは六角家からの書状で義材と対立する気はないという内容のものであった。

 義元は訝し気に義興と興房を見た。

「この内容は真のことか」

 これに興房は冷静に答える。

「真のことです。こちらの間者を忍ばせていろいろと探っておりますが、六角家は義材様を擁するか義澄様を擁するかで分かれていたようです。何より」

「何より? 」

「義澄様が御病気という噂もあります。しかも相当重い病のようです」

 義元は息をのんだ。本当に義澄が病なら六角家は義澄を見限ってもおかしくはないと言える。しかしそれが本当かは分からない。それを義元は口にしようとするが、機先を制するかのように義興はこう言った。

「真偽は分からぬことばかり。しかしこの期に及んで六角家が動きを見せぬのは真のこと」

 この指摘は正しく六角家が義澄を擁して澄元の味方をするというのなら何か動きがあってもおかしくなかった。それがないというのはある種の証明になるかもしれない。

 黙り込む義元。ここで義興と興房は畳かけるように言った。

「我らは義材様を連れて丹波に逃れようと考えております。丹波は高国殿の支配する地。そこにはまだ兵もいます」

「丹波を守る内藤家の方々も迎え入れる準備は万端のようで」

 こうなったら義元はうなずくしかない。

「承知した。義材様には私からお伝えしよう」

「では我らは高国殿の下に」

 こうして方針は決まった。そしてその翌日の夜のうちに義材たちは自分たちの将兵を連れて京を立つ。この時大内家の軍勢は一切の被害もなく万全の状態であった。

 義材も高国も肩を落とす中、義興と興房のみは胸を張っている。

「どうせすぐに戻るのだからな」

 不敵に言う義興。これに興房は一言だけ返した。

「然り」


 今回の話は次章への前段階と言える話です。正直大内家主従はほぼ何もしていないのですが、これはどうも深井城での戦いや芦屋河原での戦いに大内家の存在が確認できてないがゆえです。この時大内家の戦力は相当なものなのに初動で出陣しなかったのはどうした理由のものなのか。この話では高国の自尊心と義材の恐怖ゆえとしました。実際のところは何だったのかというのは少し気になるところですね。

 さて次の話はいよいよ澄元方との決戦となります。その中で興房はどう動くのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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