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戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
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上杉朝良 転換点 第八章

両上杉家の和睦。これにより一時関東に平穏が訪れた。だがこの平穏の裏で伊勢宗瑞は蠢動し着実に力をつけていく。徐々に関東の情勢が変わりつつある中で朝良はいったいどうするのか。

 両上杉の和睦は二年ほど維持された。だが明応十年(後に改元して文亀元年一五〇一)頃になると破綻してふたたび両上杉家は争い始める。攻勢に出たのは扇谷家、つまりは朝良であった。朝良はいまだ山内家に占領されている相模の奪還に乗り出したのである。

 これを進言したのは三浦義同であった。

「山内家の動きは鈍く古河公方様もあまり戦に乗り気ではないご様子。ここは打って出て相模を取り返し扇谷家の威光を知らしめるべきでしょう」

「ううむ。だがそううまく行くか? 」

 朝良は不安であった。いくら動きが鈍いからと言っても山内家は巨大な勢力である。それに戦いを挑むには朝良の勇気が足りなかった。だがそれでも義同は退かない。

「ここで相模を取り戻しておかなければ後々に禍根を残します。急いで手を打つべきです」

 この義同の発言に朝昌も同意した。

「私も同意見だ。この際宗瑞殿に援軍を頼み攻勢に出るべきだ」

「そうですか…… まあ父上の言う通りかもしれません。今なら宗瑞殿の力も借りやすいでしょうし」

 宗瑞の名が出ると朝良は乗り気になった。それほど朝良は宗瑞を信頼しているのである。しかしそれを義同は複雑な表情で眺めるのであった。

その後、朝良は相模の奪還を目指して動き出す。ところがここで思いもよらぬことが起こった。相模西部の山内家に従っていた者たちが悉く宗瑞の傘下に入り始めたのである。これには朝良も面食らう。

「我らに降るのではなく宗瑞殿に降るのか。いや、小田原を攻め落としているのだから当然ではあるのか」

 実際その通りで宗瑞は小田原を攻め落とした後から周辺勢力の調略に乗り出していてその結果が出たということである。もっとも朝良に攻撃されることを危惧した結果こぞって降伏しだしたというのも事実であるが。

「宗瑞殿に降ったのならば仕方あるまい。まあ山内家の者共がいるよりはましだろう」

 そう言って撤退してしまうのであった。


 朝良が相模の奪還に失敗してから少し後、宗瑞から出陣の要請があった。だがその内容に朝良は首をかしげる。

「山内家の領国を攻めよと言っているが戦はしないでいいとはどういうことか」

 宗瑞からの要請の内容は山内家の領地に攻め込んでほしいというものであった。だがどこかを攻め落としてほしいというものではなく攻め込むことそのものが目的である。朝良は首をかしげていたが、その理由は書状に書いてあった。それは伊勢家と縁の深い今川家を助けるためというものである。今川家は現在斯波家と戦っているが、この斯波家と山内家は連携していた。この連携を妨害するために今回の要請をしたという。

 朝良はあっさりと了承した。

「山内家の妨げになるし伊勢家と今川家との縁も深まる。後々のことを考えればいいことばかりだ」

 すぐに朝良は軍勢を編成して出陣しようとした。だがこの動きは顕定に読まれてしまう。

「相模の時はよくわからぬ動きであったが今回は明らかに我らの領地を攻めようとしている。もはや和睦は終わりだ」

 顕定は逆に先手を打って河越城に攻め込もうとした。これに慌てた朝良は準備していた軍勢を引き連れて出陣し山内家の軍勢を追い払う。顕定も手持ちの兵力が少なかったので本格的な戦いを嫌い撤退した。だがこの結果宗瑞の要請である山内家への権勢は果たせたことになる。しかし両上杉の和睦の本格的な破綻も示したのであった。


 両上杉は決定打を討てないまま小競り合いを繰り返した。朝良は山内家との戦力差を理解していたので積極的に動かない。一方、戦力で上回っているはずの顕定も大きな動きをしないでいた。それはなぜかというと自信がなかったのである。

「迂闊に攻めて返り討ちにあっては大変だ。朝良は定正ほどのものではないかもしれないが警戒はすべきだろうし」

 この時顕定は齢を五十に近づきつつあった。それゆえか動きが慎重になり厄介ごとを嫌うようになっていたのである。

 こうした状況に危機感を覚えたのは古河公方足利政氏であった。政氏としては山内家が関東の一大勢力となりその上に立つことで自身の権力を確立しようと考えていたのである。そのためには山内家が扇谷家に勝利し内紛を収めてもらうことが重要であった。しかしその山内家が動くことを嫌い始めたのである。これには政氏も焦った。

「山内が上杉家の動乱を収めぬことには古河公方の沽券にもかかわる。だというのにあのように戦いもせずに暢気にしているとはどういうことだ」

 怒る政氏であるが顕定にも言い分がある。

「そもそも先年に和睦をさせたのは政氏様ではないか。あの時扇谷を攻め滅ぼしていればよかったものを」

 これももっとものことで明応八年の和睦は長期の在陣を嫌った政氏の発案のものである。あの時和睦をせずに時間をかけてでも河越城を攻め落としていれば両上杉の戦いは終わっていた。それに和睦するにしても山内家の有利な条件のものにしておけばよかったのである。だがそれもせずに早期の和睦を進めたのが政氏だ。そんな政氏が顕定の遅い動きに怒っているのは理不尽である。ゆえに顕定は政氏に促されても扇谷家に攻勢を仕掛けようとしなかった。

 ここまれ見れば山内家と古河公方家の関係は悪化しているようにも見える。しかしながら両者はお互いの存在の重要性を理解しているし決裂するつもりもない。何より顕定だってこのまま扇谷家を放っておくつもりもなかった。

「何にせよそろそろこの戦いに決着を付けなければならん。無論政氏様にもそれに協力してもらう」

 そう言って顕定は政氏に援軍を要請した。永正元年(一五〇四)のことである。この要請に政氏は喜んだ。

「顕定も重い腰を上げたか。ならば断わる必要もない」

 政氏は自ら出陣し山内家への援軍に向かった。さらに顕定は実家である越後上杉家にも援軍を要請する。越後上杉家の当主であり顕定の弟である房能もこれを了承し援軍を送る準備を始めた。

「伊勢たちが来る前にすべて終わらせる。これで上杉家は一つになるのだ」

 重い腰を上げた顕定は鼻息も荒く出陣するのであった。


 古河公方の援軍と共に顕定は河越城に進軍した。これに対して朝良の打った手は一つである。

「ともかく宗瑞殿に援軍を頼もう。我々は援軍が来るまで何とか持ちこたえるのだ」

 援軍を待って籠城する。消極的に見えるが効果的な策であった。というかこれしか手段はない。

 朝良は意外なほど状況を楽観視している。

「河越城は堅城だから早々落とされはしない。耐えていればまた政氏様が和睦を言い出すかもしれない。そうなれば良し、だ」

 一方で朝昌は別のことを警戒している。

「まさか同じことを繰り返すつもりはないだろう。越後から援軍が来るかもしれん」

「それはそうかもしれません。しかし越後の者共が山を越えてくるよりも宗瑞殿が来る方が先です。宗瑞殿の援軍が来るまで待てば攻め疲れた敵方を共に攻め、追い払ってしまいましょう」

「それができればいいのだがな」

 楽観的な朝良の発言にあきれる朝昌。だが数日後届いた宗瑞か返事を見て考えも変わる。

「今川家からの援軍も来るのか。だとしたらうまく行くかもしれん」

「そうでしょう父上。やはり宗瑞殿は頼りになられる」

 宗瑞からの返事には自分だけでなく今川家からも援軍が送られてくるというものであった。さらに当主である氏親自らの出陣らしい。これを知った朝良、朝昌親子だけでなく扇谷家の将兵たちも勇躍する。

「これなら城を守り切れるかもしれん」

「いや、いっそ山内家を打ち破れるかもしれんぞ。ともかく援軍が来るまで耐えしのぐのだ」

 援軍が予想外の規模であることに喜ぶ扇谷家の一同。ともかくこれで戦意の上がった扇谷家の人々は山内家の攻撃を耐えしのいだのである。


 朝良たちの予想外の奮闘に顕定は大いに苦しめられた。越後からの援軍も到着には時間がかかりそうである。ここで顕定は思い切った策をとる。

「河越城を攻め落とすのはあきらめよう。そしていったん下がり南下して江戸城を先に落とす。その上で越後の衆とともに河越城を挟撃しよう」

 これ以上河越城を攻撃しても攻め落とすのは難しい。そうなればおそらく宗瑞たちが到着し、下手をすれば城攻めしている最中に襲い掛かられる。それだけは避けねばならなかった。顕定はこれを政氏に説明する。

「確かにこれ以上攻めていても埒があかないな。よし。お前の策を取ろう」

 政氏は顕定の提案を受け入れてともに一時後退し陣を構えた。だがここで驚くべき情報が入る。

「もうすでに宗瑞が武蔵に向かっているだと! それに今川も当主自ら出陣しているのか」

 驚嘆する顕定。だがこうなってしまうと江戸城攻撃の策も取れない。

「下手に江戸城に向えばむしろ挟み撃ちにあうかもしれないな…… 」

「こうなっては策も意味がないではないか。どうするのか顕定」

「ともかく様子を見ましょう。伊勢と今川の動きを見てから判断しても遅くはないはず」

「そうだな。だがここで引き上げるのでは面子が立たぬぞ」

 政氏としては扇谷家のとどめを刺して古河公方の権威を見せつけるのも一つの狙いであった。それなのにここで引き上げてしまったら何の意味もないどころか無駄な出陣をした上にすごすごと逃げ帰ったということになる。それだけは避けたい。

 一方の顕定も引き上げるつもりもなかった。政氏が自ら出陣し越後からの援軍も向かっているというのは絶好の機会である。

「なにがなんでもこの機を逃すわけにはいかない。必ずや勝利して扇谷家を屈服させるのだ。その機会は今しかない」

 顕定自身この長い両上杉の争いに疲れ切っている。それを終わらせる絶好の機会が来ているのだから逃すつもりはなかった。しかし一方で不安もある。

「宗瑞だけでなく今川家からも援軍が来ている。越後の衆がいなくで大丈夫か」

 今川家は山内家には劣るものの二か国を収める大大名である。その今川家が当主自ら出陣し援軍を引き連れてきているらしい。顕定としては相当な脅威である。

「まずは情報を手に入れてからだ。慎重に事に当たろう」

 顕定はまず越後からの援軍を待つことにする。だがこの時はまだ越後からの援軍は山を越えられていない。結果的に無駄な時間を過ごすことになった顕定と政氏であった。


 一方籠城していた朝良たちは顕定達が引き上げたのを見て喜んだ。

「攻め疲れたのか? なんにせよ一安心か」

 安堵する朝良。そんな息子に朝昌はあきれた。

「後方に陣を取る動きがあるらしい。なんぞ別の手立てを考えているのかもしれん」

「それはそうかもしれませんねぇ。まさか越後からの援軍が近づいてきているとか」

「それは心配いらんだろう。北の方にやっている密偵からはまだ峠を越えられていないようだという報せが届いている」

「なるほど。しかしこうなると宗瑞殿や氏親殿と一緒に攻めかかった方がいいのですかね」

 朝良としては珍しく好戦的な発言である。別に何か意図したことがあるわけではないのだが、何となく今がその時だと感じての発言であった。

 朝昌は息子のこの発言に大いに喜ぶ。

「悪くない考えだ。お前もいよいよ兄上を見習う心が出てきたのかもしれんな」

「そ、そうですか」

 うれしいようなうれしくないような。そんなことを考えつつ朝良は朝昌の発言を受け取った。その様子を家臣たちはな面白そうに眺めている。この時扇谷家はとてもいい空気感であった。そんなときには吉報が舞い込んでくるものである。

「宗瑞殿はもうすぐ武蔵に入られるのか。それはありがたい」

「はい。それに氏親様もほどなくして参られるそうです」

 舞い込んできた吉報は伊勢、今川両家からの援軍が近づいてきているという報せであった。この報せに扇谷家中は一気に盛り上がる。

「これはまたとない好機。両家のお力があれば山内家など恐れることはありませぬ」

「援軍が来られたのちは逆に山内の領地に攻め込んでしまいましょう」

 そんな勇ましい意見が口々に出る。そして朝良もなんだか勇ましい気分になってきた。

「宗瑞殿と氏親殿の両雄が来られたのは天恵。ここで一気に山内を打ち破ってしまえということでしょう。父上。私は城を出てお二方と合流します。城の守りは任せてよろしいでしょうか」

 朝昌は貧弱だと思っていた息子の勇ましい言葉に感涙した。そして何度もうなずき朝良の提案を受け入れる。

 朝良はその日のうちに兵を連れて河越城を出た。この動きは山内家に察知されていない。確かに天恵と言える。

「ここで山内顕定を打ち倒し私は義父上を越えるのだ」

 今まで抱いたことのない唐突に湧いてきた思いを胸に朝良は宗瑞たちの下に向かうのであった。

 


 今回の話は大きな事件の前振りと言うべきもので特に何か大きな事態が起きたわけではありません。しかし顕定は古河公方足利政氏とともに出陣、これに対して朝良は宗瑞に援軍を求め今川氏親も来訪します。大舞台の役者はそろいました。果たして何が起きて朝良たちは、関東はどうなるのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

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