上杉朝良 転換点 第七章
朝良が当主となって初めての山内家との戦い。この戦いで扇谷家は大きな痛手を受けた。しかしそれをどうにかする手段もない。危機に陥る扇谷家と朝良。だがこの後で意外な展開が待ち受けていた。
明応六年(一四九七)山内顕定が足利政氏と連合軍を組んで侵攻してきた。目標は扇谷家の本拠地の河越城である。
この事態に朝良も対応しようとする。しかしいかんせん兵力差があまりにも大きかった。
「向こうは山内家と古河公方が組んでの出陣。こちらは我らだけで対応しなければならないのか」
この時長尾景春は小田原での敗戦の痛手から立ち直れずにいる。宗瑞も武田家への対応や伊豆で宗瑞に反発する勢力の蠢動に苦しんでいた。現状扇谷家は孤立したような状況である。
朝良としてはもう和睦なり降伏なりしたいところである。だが朝昌はそれを許さない。
「向こうから来たのならば逆にこれを我らの有利の一手に変える策を取らねばならん。そうしなければこの先の戦いも苦しくなるだろう」
「そう言いますが父上。兵力に差がありすぎます。どのような手を打っても勝てはしないのでは」
「何を情けないことを言うのだ。ここで当主であるお前が奮闘しないでどうするのだ」
怒る朝昌であったが実際何も手段は浮かんでいない。もちろん朝良もほかの扇谷家臣たちも思い浮かばない。結局堅城である河越城に籠ってやり過ごすことにした。そして皮肉にもこれが功を奏する。顕定達は河越城を睨む位置に対陣していたが数か月たつと撤退していった。理由は不明である。案外山内家と古河公方の間でなにがしかの調整不足があったのかもしれない。
「ともかく難を逃れたか」
安堵する朝良。だが結局はその場を凌いだだけである。
山内家と古河公方の連合軍が撤退してからは両上杉の戦いは小康状態となった。双方にらみ合いをしながら小競り合いを続けるが大きな動きはない。
朝良はこの状況に安堵していた。
「古河公方と手を組んだ山内家に攻められてはひとたまりもない。この状態でいられるのは僥倖だ」
だが朝昌は苛立っていた。
「小競り合いを続けるばかりで先の見通しもない。これでは再び攻め込まれたらどうしようもないではないか」
そう言って朝昌は朝良を怒鳴りつける。だが朝良はこう反論した。
「長尾殿は動けず伊勢殿からの援軍からも期待できない。こんな状況で打つ手がないのは父上だってわかっているでしょう」
「それはそうだが。だがそれでも何もせんというのはおかしい。古河公方様と再び縁を結び山内家と戦うように仕向けるとかそういうことをしなければ」
「そんなことを言ってもどうしようもありませんよ。古河公方様は我らを見限っておりますゆえ」
このところは朝良もそんなことを言って朝昌を黙らせる。実際のところ家臣団もこの状況を受け入れていた。それだけに定正時代の度重なる戦いでの負担が大きかったのだ。それが無くなりある程度安定している今の状況を願ったりの扇谷家臣は多い。
「何にせよ伊勢殿がこちらに来られるようにならなければ動けますまい。そうなれば私も動きますよ」
父である朝昌からも本心かどうかわからない言い草である。だが朝昌も味方なしで山内家と戦う無謀は分かっていたので黙るしかなかった。
さて扇谷家の戦意が下がる一方で伊勢宗瑞はというと積極的な活動をしていた。特に甲斐に逃れていた茶々丸を捕らえ処刑したことは宗瑞の伊豆統治を安定させるきっかけとなる。そしてそれは宗瑞に次の目標を定めさせることになった。
明応八年(一四九九)扇谷山内の両上杉家は和睦をすることになった。言い出したのは優勢であるはずの山内家である。一見すれば不可思議な話であった。
「ここまで優位があるのに和睦を言い出すとは。どういうことなのでしょうか」
「わからぬ。だが見当はつくな」
朝良の疑問に対して朝昌はそう言った。そしてこう続ける。
「おおよそ古河公方様のご意向であろう。政氏様が言い出したのだ」
「政氏様が? ああ、なるほど。政氏様は古河公方が上に立つことができればいいわけで、我らを滅ぼす意味はないと考えておいでということですね」
このころは朝良もそこまでの考えができるようになっている。一応は当主としての自覚が出てきたらしい。
それはともかく朝良はこの和睦の提案を喜んだ。
「特に何の条件もなく和睦のみ。顕定殿は相当政氏様に気を使われたようですね」
「今の優位も古河公方様が味方に付いているからということもあるからな。下手に逆らって縁が切れても意味はないということなのだろう」
「何にせよこれまでと変わらぬ扱いでよし。その上の和睦ということですからありがたい」
満面の笑みで言う朝良。朝昌は不満顔であったが何も言えない。現状扇谷家が圧倒的な不利に置かれているということは分かっていた。
とはいえ朝昌は山内家打倒の望みは捨てていない。
「あくまで一時の和睦。この隙に戦に備えての準備を進めるのだぞ」
朝良に念を押す朝昌。しかし朝昌には響いていないようである。
「まあまあ。まずはともかく和睦を成立させることです」
これで戦いも終わり。これが続けばいい。そう考えていた朝良である。朝昌の言葉が響くわけもなかった。
朝良は上機嫌で山内家との和睦を進める。ただ一つだけ懸念していることがあった。それは同盟者である伊勢宗瑞が山内家との和睦をどう思うかということである。
「宗瑞殿は納得されるだろうか。我らの窮状はよく理解しておいでのはずだが」
近年の苦境において朝良は宗瑞への支援を求めることが多々あった。しかし情勢の変化や宗瑞の事情によりうまく行かないことがおおい。だがそれでも宗瑞は扇谷家との同盟を重視し行動していたのである。
そう言うわけで朝良としては宗瑞に感謝の念がある。そんな宗瑞に断りもせずに山内家と和睦するなど出来なかった。そういうわけで朝良は宗瑞に急いで連絡する。すると宗瑞はすぐに返事をよこしてくれた。
「此度の山内家との和睦は良きことと思います。我らも茶々丸殿をやっと討ち果たすことができました。幸い山内家は特に何も差し出せとは言っておりませぬ。ここは和睦して力を蓄えることが肝要かと」
宗瑞の返事は了承だけでなく今後の助言も交じっていた。これには朝良も感激する。
「伊勢殿は見事なお方だ。本当にあのような御仁を味方にできたのは僥倖であるな」
そう家臣たちに言う朝良であった。
こうして朝良は宗瑞の了承も得たことで山内家との和睦を成立させる。とはいえいつ再び戦になるかはわからない。
「このままがいいが後を考えれば戦の支度はすべきだな」
朝良は父の手も借りて扇谷家の再編に臨む。
一方でこの状況を待ち望んでいた者もいた。それは誰であろう伊勢宗瑞その人である。
扇谷家と山内家の和睦の動きについてはある程度察知していた。そして扇谷家の窮状や山内家と古河公方の微妙な関係も把握していたので和睦が順調に進むであろうということも予測している。
両家の和睦は宗瑞にとっても大きな意味がある。つまりは両上杉の争いに乗じて関東に勢力を広げるということが難しくなるということであった。それはかねてより関東に進出して大名として自立するという野心を持っていた宗瑞にとってありがたくないことである。
しかし宗瑞は気にしなかった。
「扇谷家もまだ山内家に屈するということはないだろう。いずれはこの和睦も敗れるに違いない。ならばそれを我らの手で速めればいい」
宗瑞の頭の中にはそのための手段が思いついていた。そしてそれは伊勢家の勢力を拡大することにもつながる。一挙両得の手段である。さらにそれは伊勢家が味わった屈辱を晴らすことにもつながるものであった。
「狙いは一つ。これを成せれば我らの家はさらに大きくなる。そのためにも朝良殿には少しばかり骨を折ってもらおうか」
そう言って宗瑞は朝良への書状をしたためるのであった。
後日朝良の下に宗瑞からの書状が届いた。その内容は朝良を困惑させるものである。
「小田原を攻めたい、と。一体どういうことなのだ」
宗瑞から届いた書状の内容はこうである。最近小田原の大森藤頼が甲斐の武田家と手を結んで伊豆の宗瑞に逆らう勢力を援助しているというものであった。さらに大森家は宗瑞の領地を脅かそうともしているらしい。これに対して宗瑞は反撃したいものの扇谷家と山内家の和睦があるのでどうしようもできない。だがこれ以上の大森家の狼藉が続くのならば小田原に攻めこんでしまうかもしれない。だがそうなっては両上杉の和睦に差しさわりがあるかもしれないからどうすればいいか内容であった。
朝良は宗瑞の手紙を読むと朝昌や重臣を集めて対応を協議した。と言っても朝良の考えはある程度決まっている。
「もはや大森は我らの家臣ではなく山内の家臣。それが攻め込まれても別に構わんとも思う。山内家と和睦をしているのは我らであって伊勢家ではない。援軍は出せないが宗瑞殿が自力で何とかするならそれでいいのではないかと思う」
「確かにそうだな。むしろここで宗瑞殿の自由にさせることで我らへの貸しにもなるだろう。山内家の勢力もそげるから一石二鳥だ」
朝昌も賛成の様子であった。だが一人三浦義同だけは苦々しい顔をしている。
「(義同は藤頼と義兄弟。苦々しく思うのも仕方ないか)」
朝良はそう察した。しかし裏切った藤頼と同盟者である宗瑞を天秤にかければどちらを選ぶかというのは一目瞭然である。
「(これも家のためと我慢してもらいたいものだ)」
心の中でそう思う朝良。だがこの時義同の頭の中には別のことが思い浮かんでいた。
「(甲斐の武田と山内が親しくしているのは知っている。藤頼もそうなのだろう。だが我らとしても大森家が討たれるのは致し方ない。だがなぜ伊勢宗瑞はこの和睦な成立した機に攻め込もうというのだ。まるで我らを戦いから遠ざけようとしているかのようだ)」
義同は宗瑞の行動に不信感を抱いていた。だがそれを抱く確たる理由はない。そうした時に己の考えを口にできるほど、三浦義同という男は我が強くないのである。
宗瑞の行動は迅速であった。扇谷家が宗瑞の行動に黙認の姿勢を見せるや否や群を編成し小田原に攻め入ったのである。これに勿論大森藤頼も抵抗した。
「伊豆に流れ着いた京武者が坂東武者たる我らに勝てると思っているのか。返り討ちにして伊豆を顕定様にささげてくれる」
そういきり立つ藤頼であった。この時藤頼は暗にこう考えている。
「(我らが攻められれば顕定様も援軍を出すはず。そうなれば我らの勝利はたやすい。守りを固めて時をやり過ごせばいいだけの話だからな)」
だがそれについては宗瑞だってわかっているゆえに迅速に攻め入ったのだ。
「小田原を攻め落とせばほかの者たちは抵抗をやめるだろう。それに大森家は二つに割れている。そこを利用しない手はない」
この段階で大森家の内紛は決着がついていなかった。藤頼は自分たちが勝ったと思っていたが対立していた勢力はひそかに潜伏し復讐の機会をねらっていたのである。
果たして宗瑞の侵攻と時を同じくして大森家の内紛も再開した。これでは守りに入るどころではない。藤頼は何とか家中をまとめようとするが間に合わず、混乱の最中に宗瑞に攻め入られた。結果抵抗もむなしく小田原城は宗瑞に制圧され藤頼は武田家を頼って甲斐に逃げ延びたのである。こうして伊勢宗瑞は小田原城を制圧し関東進出の大きな一歩を踏み出したのであった。
扇谷家は宗瑞の小田原城制圧に際して何も動かなかった。つまり朝良は宗瑞が小田原に攻め入るのを黙認したことになる。それは朝良や扇谷家臣たちが想定していたことであるがそれに納得できないものもいる。山内顕定だ。
「扇谷家は伊勢の小田原乱入を後押ししたのではないか」
そう考えて問い詰めるが朝良はこう返答する。
「伊勢殿が勝手にやったことです。扇谷家と山内家との和睦には何のかかわりのないこと」
これに顕定は反論できなかった。確かに黙認したのは事実であるが別に扇谷家が要請したわけでもなく支援したわけでもない。宗瑞が攻め入って小田原を攻め落としたというのが事実でありすべてである。山内家はそれ以上の追及ができなかった。
山内顕定は扇谷家への追及をあきらめる。安堵する朝良であったがここで別の問題が浮上した。宗瑞が攻め落とした小田原などの地域の扱いである。あの地域はそもそも扇谷家の領地であった場所であった。それが山内家に寝返りそして同盟者である伊勢家が攻め落としたのである。こうなってくると若干ややこしい。朝良もそれにやっと気づいた。
「宗瑞殿が攻め落としたいじょうは我らの下に戻ってくるわけではない」
尤も気づいたところでどうしようもない。宗瑞が勝手にやったこととした以上扇谷家に引き渡せと言えるわけはなかった。だがそれに関しても朝良は気にしていない。
「これで伊勢殿との連携がしやすくなった。それでよいではないか」
そんな風にのんきに受け取っている朝良であった。
今回の話で伊勢宗瑞の小田原攻めがありました。小田原城と言えば後北条氏の本拠地であります。ここから宗瑞や後北条家の関東進出が進んでいきます。無論朝良はそれに対応していくのですがそれもまだ先の話ではあります。
さて両上杉家は和睦をしたもののこれもすぐに破綻することになります。その時朝良はどうするのか。お楽しみに。
最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では




