表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国塵芥武将伝  作者: 高部和尚
282/402

少弐冬尚 遺恨 後編

 馬場頼周の謀略により龍造寺家は滅ぼされた。これに満足する冬尚と頼周。だが龍造寺家兼は生き残っている。それが冬尚の人生を決める事件を起こす。冬尚の人生の先には何があるのか。

 龍造寺家兼は取り逃がしたが龍造寺家の一門はことごとく討ち取られた。少弐家内での龍造寺家の影響力は完全に消え去ったといえる。冬尚の目的の一つだった少弐家内での龍造寺家の排除は成功した。しかし同時に課題も出てくる。

「龍造寺家は我々の武力の要であった。それが無くなったということはよくよくわかっていいないといかん」

 冬尚はそう痛感していた。一方で頼周はどこかのんきである。

「龍造寺家などいなくても問題はありませぬ。これからは我らが武力で少弐家を支えましょう」

「ああ。そこは頼む」

 自信満々に言う頼周。冬尚としてはそれに頼るしかない。龍造寺家を討伐した一件は一応の理解は得られていたものの、一族の多くを討ち取った頼周の所業については疑問に抱くものは多い。そう言うこともあって頼周が少弐家家中や勢力圏の領主たちに支持されていたわけではなかった。

「少弐家の当主としてそこはうまくやらなければ」

 そう考えている冬尚であるが頼周の方はというと何も気にしていなかった。目の上のたん瘤であった家兼が去って、龍造寺家がいなくなった以上は頼周に対抗できるものはいない。冬尚も頼周に頼りきりなのでそれこそ頼周の天下と言える状況であった。

 こうして新たな体制を始めた少弐家である。前途は多難であった。そして何よりすでに家兼のことも忘れてしまっている。

「所詮は老いぼれ。捨て置いても構わんな」

 父の敵討ちという一応の大義名分を果たせなかったことも気にしていない冬尚であった。


 さて頼周の謀略から逃げ延びた家兼は筑後(現福岡県)の蒲池鑑盛の保護を受けていた。鑑盛は大友家の家臣であり少弐家とは微妙な関係である。それでも家兼を保護したのはその人柄によるものであった。

「家兼殿ほどの御仁にこのような仕打ちをするとは。かつて主家を守り戦った家臣にすることではない。信じられん」

「そのように言っていただいてありがたく思います」

 ここは素直に感謝する家兼。すると鑑盛はこんなことを言い出した。

「冬尚殿のおっしゃられているように家兼殿が二心を抱き資元殿を排したというのならば、このような謀ではなく正面から糾弾すればいい。だというのにだまし討ちしただけに飽き足らず一族のものまでことごとく討ち取るとは。これではせっかく再興した少弐家の行く末も暗いばかりだ」

 尤もな発言であるが家兼が裏切った可能性があると言っているようなものである。これには家兼も苦笑してしまう。

「(儂を迎え入れたのも本心からの義。それができるほどのまっすぐな御仁なのだろう)」

 鑑盛は家兼の手を握ってこう言った。

「これより先は私がお守りしましょう。自分の家と思ってお過ごしくだされ」

「ありがとうございます。ですが儂はやらねばならぬことがありますので。その時は力をお貸しください」

 そう言った家兼の目はまるで衰えていないものであった。


 家兼は何もあきらめていなかった。頼周への復讐と龍造寺家の再興の機会をうかがっていたのである。幸い腹心の鍋島清房は無事であった。家兼は清房と連絡を取りつつ反攻の機会をうかがう。

「馬場殿はかなり威勢よくしております。付け入るスキは出てくるでしょう」

「そうか、ならばよろしく頼む。こちらもこちらで準備を進めておこう」

 冬尚も頼周も清房ら龍造寺家の残党に関しては無関心であった。清房がひそかに動くこともたやすい状況である。一方で家兼は鑑盛に龍造寺家再興の野心について話した。そしてその時の軍事支援も求めている。鑑盛は快く承諾した。

「己が命のある限りは悲願の成就をあきらめない。まさしく龍造寺殿は武士の鑑でありますな」

「いえ、そのようなことは。ですがこのおいぼれに残された最後の命は使い切って見せようと思います」

「何と見事なお覚悟。この鑑盛感心するばかりです」

 そう言って素直に感心する鑑盛。家兼はこの素直な人柄を見込んで軍事支援を頼んだのである。それは見込み通りであった。

 さて家兼が龍造寺家の再興を目指して準備を進めている一方、少弐家は何事もなく平穏であった。冬尚もこの平穏に安堵している。

「目障りであった龍造寺家もいない。大内家もこちらに攻め入ってくるようなことはなさそうだ。こうなれば少弐家も安泰である。めでたいな」

 そうのんきなことを言っていた。一方で頼周は龍造寺家の領地であった地域に城を築こうとしている。城を築きその土地へ影響力を強めることで龍造寺家の土地を手に入れてしまおうと考えていたのだ。

「龍造寺の者共の痕跡など消してくれる。それが成せれば拙者を止められるものはおらん」

 頼周は自身の権力基盤の確保に邁進していた。そもそもは少弐家のための行動であったが、今はどうなっているかは本人すらわからない。

 こうして三者三様の状況の中でつい事態が動き始めるのであった。


 天文十五年(一五四六)少弐家の領地で一揆がおきた。この一揆は意外と大規模なもので鎮圧するにはある程度の軍事力が必要なものである。

「これを野放しにしては少弐家の名に傷がつこう。むしろ手早く大人しくさせて私の力量を見せるのだ」

 そう考えた冬尚は自ら兵を率いて出陣した。だが一揆は思いのほか手ごわくなかなか鎮圧できない。また家臣の中には一揆の戦い方に違和感を覚える者もいた。

「逃げてばかりでなんというか本気で戦うつもりがあるようには見えませぬ。それになんだか妙に統制が取れているような」

 家臣にそう言われて冬尚も気になった。確かに攻めかかれば直ぐ逃げるが別の場所でまた蜂起する。しかもやり方が巧妙で相当有能なものが一揆をまとめているように思えるほどだった。

「まさか大内の者どもか? だがこんな細かいやり方をしないでも問題はないだろうに」

 冬尚が思いついたのは大内家が家臣を送り込み一揆を扇動しているというものだった。だがそれにしては大内家に動きはないし、そもそもそんなやり方を次第でも問題ないくらい軍事力に差がある。

 気になることはまだあった。一揆は起きているがその目的がわからないのである。一揆をおこす以上は何か目的があるはずなのだがそれが見えてこない。別に冬尚は急に税を上げたり土地を奪ったりしていない。なのに一揆がおきているのは不思議である。

「どこかの家の調略なのだろうがどこの家なのだ」

 首をかしげる冬尚。陣中の家臣達も不思議そうである。だれもが名状しがたい違和感を覚える陣中であった。そこに伝令が駆け込んでくる。その伝令の発言で冬尚たちの疑問は氷解した。

「馬場頼周様が攻められております! 」

「なんだと!? いったい誰だ? 」

「りゅ、龍造寺家兼殿にございます! 」

 これを聞いて一同驚嘆した。そして一揆の行動の意味も理解する。冬尚を領内に釘付けにして頼周の救援を阻止することにあったのだ。

「家兼め。年寄りのくせになんということを。見逃してやったことを何とも思っていないのか」

 憤り勝手なことを言う冬尚。だがすぐにこう叫ぶ。

「これより頼周の救援に向かう。龍造寺のおいぼれの息を止めてやるのだ」

 そう息巻く冬尚であったが、頼周の下にたどり着く前に新たな伝令がやってきた。

「馬場頼周様、討ち死ににございます」

 絶句する冬尚。だがこの情報を知った将兵たちは動揺を極めている。こうなった以上冬尚はすごすごと引き返すしかなかった。


 引き返した冬尚は頼周が討たれた時の細かい経緯を知った。頼周は新たな城の築城中であったのだがここを襲撃されたらしい。万が一に備えて兵も連れていた頼周は家兼をその場で迎撃しようと考えたらしい。

「あのおいぼれが戻ってきたのか。ならばこの際返り討ちにしてくれる」

 ところが家兼の軍勢の兵力は思いのほか多かったようである。頼周はせいぜい龍造寺家の残党が蜂起した程度だと考えていたが、実際は蒲池鑑盛の援軍や龍造寺家に味方する領主たちの軍勢も加わり相当の兵力であった。

 頼周はそれを知ると一転撤退を考える。

「綾部城に戻って冬尚様の援軍を待つのだ。そうすれば勝てるはず」

 そう考えたようだがすでに遅かった。頼周は撤退の途上で追いつかれ息子ともども討たれてしまう。馬場家の家臣達も大分討たれたようだった。ともかくこれで馬場家は滅亡とはいかなくとも大きな損害を受けて弱体化していくことになる。そして再び返り咲くことはなかった。

 こうした経緯を聞いて冬尚はおののいた。

「家兼は怒っている。ならば次に攻められるのは私だ」

 家兼は嫡男を含む家族を頼周によって奪われている。その頼周と共謀したのは冬尚なのだから当然そこに遺恨はあった。ならば次に家兼に攻撃されるのは少弐家であり自分であると冬尚は考えたのである。

「ど、どうする。どうにか家兼に詫びを入れられぬか」

 冬尚は老いらくの身で復讐を成し遂げた家兼に心底畏怖を抱いた。何より肉親を討たれた遺恨がどれほど大きいものかを冬尚自身が何より理解している。もっともその遺恨が冬尚を追いつめているのだから皮肉なものであった。

こういう時に冬尚にとって頼りになったのが頼周である。だがこの世にはもういない。冬尚はおののくばかりであった。だがそんなときに信じられない報せが届く。

「龍造寺家兼殿がお亡くなりになられたそうです」

「な、なんだと? こんないきなりに? 」

 戸惑う冬尚。家兼は頼周を討ち、龍造寺家の再興を見届けると安らかにこの世を去ったそうだ。享年九二歳。当時としては驚異的な長寿である。しかも死の直前まで精力的に動き続けたのだからとんでもない人物であった。

 家兼が死んだと聞いて冬尚は安堵しなかった。なぜなら龍造寺家は家兼の孫の隆信が継いだからである。隆信は以前僧であったので難を逃れていた。そこで次の龍造寺家の当主として選ばれたのである。

 隆信は家門の息子である。従って頼周と冬尚は父の仇と言えた。

「い、いずれは隆信が私を討ちに来る。必ずだ。そうに違いない」

 冬尚は自分への復讐におびえる日々を送ることになったのである。

 

 家兼が死んでからの冬尚は復讐におびえる日々を送った。もはや少弐家を筑前に復帰させ太宰府に帰還させることなど忘れている。家を大きくしようともせずただ龍造寺家からの攻撃に備える日々を送った。

 皮肉なことにこの間北九州では比較的平穏な日々が続いた。龍造寺家が少弐家に攻め入るようなこともなかったのである。大内家も積極的に動くこともない。龍造寺家は再興の際に生じた問題を収めるのに集中していたからだ。

 この平穏が逆に冬尚を苦しめた。

「いっそ早く私を討ってしまえばいいのに」

 そうなればこの苦しみから解放される。そう願うばかりであった。だが少弐家と龍造寺家との間に大きな戦いはなくついに十年以上の時が経過する。時は永禄二年(一五五九)のことであった。

 この年少弐家はついに龍造寺家の攻撃を受けた。少弐家の家臣達は必至で抵抗するがこの時の龍造寺家の勢いはすさまじく碌な抵抗もできない。将兵は次々に討たれ居城である勢福寺城まで追い詰められた。

 完全に追い詰められた冬尚。だがその顔はなぜか安らかであった。そしてこんなことをつぶやく。

「ああ、やっと討たれるのだ。私もこれで赦される」

 その場にいた家臣たちはこれを聞いて唖然とする。中には怒りだすものもいた。

「家が滅びるというのに何を言い出されるのか。かつての家臣に討たれることに悔しさはないのですか! 」

 こう言われても冬尚は笑っていた。

「仕方あるまい。長年の遺恨があるのだ。私が討たれるのは仕様がない」

「仕方のないことなどありましょうか。それに敵が攻めてくるのがわかっていたのならが逆に攻め滅ぼしてしまえばよかったのです」

「それは無理だ。龍造寺は滅ぼしてもよみがえる。よみがえって遺恨を晴らしに来るのだ。現に来たではないか」

「十余年前の遺恨など…… 相手も忘れていましょう。それにおびえるなどとは」

 怒った家臣はその場を去った。脱出できたかは定かではない。ほかの家臣達は冬尚同様あきらめきっている。冬尚もいよいよ終わらせることにした。

「そもそも討たれるのを待つ必要などないのだな。ここで腹を切ればいい」

 そう言って冬尚は自害した。家臣たちもそれに続く。こうして少弐家は再び滅亡したのであった。

こうして少弐家は滅亡したが、再興を目指すものがいないではなかった。冬尚の弟の政興は何とか逃れて少弐家の再興を目指す。それを支えたのは馬場頼周の孫の鑑周であった。

「兄上は討たれたが私が少弐家を再興して見せる」

 政興は少弐家再興のために龍造寺家と戦ったが敵わなかった。やがて鑑周も死に味方もいなくなってしまったらしい。その後の政興の生死は要として知れない。そして再び少弐家の名が世に出ることもなかった。


 少弐家の滅亡までの過程は龍造寺家が大大名になる序章というべき部分です。いわば龍造寺隆信の最初の障害というわけで、ここから龍造寺家は飛躍していきました。一方で冬尚と頼周が龍造寺家の一族を陥れて命を奪ったことが隆信の心に影を落としたともいえます。龍造寺隆信も不幸な最期を遂げるのですが、そこを考えるとこの世の因果の恐ろしさがよくわかります。まあ戦国時代はそうした事柄ばかりなのですが。

 さて次の話は関東のある大名の話です。考えようによっては冬尚と似たような立ち位置の人物でもあります。いったい誰が主人公なのか。お楽しみに。

 最後に誤字脱字等がありましたらご連絡を。では

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ