私の家に来てください 行ってはいけません
私の家に来てください
こなければ敵前逃亡とみなす
【半導みこと】
アプリのメッセージであった。急に現実の部屋にまで行くことになるとは少し驚きだ。
ー行ってはいけません。いけば末代まで祟られます。
現役の末代に向かってそう言うのは我が友、野村聡だった
「好感度ほぼゼロで付き合って間もないのに家に呼ばれた?剥き出しの対戦車地雷じゃんか。家に監禁されるか、ケツモチのボーリョク団のアジトに監禁されるかして、それこそネトフリで独占配信されてるドラマみたいなことになるぞ」
そういう野村聡は俺の友人にしてとっくに十六歳。両親は30歳。生まれてから今日まで十四歳の母と十四歳の父をリアタイしてきたその言葉は重い。
しかし、おれはみことの家を選んでしまった。
駅から徒歩10〜15分くらいの、静かな住宅街にあるベージュの外壁2階建て。
玄関前にあるオリーブグリーンのフレームカバーの自転車は学校でも見かける彼女の愛車。それを路上に無防備におけることや、ひそかに手入れされた植え込みに住民の平均レベルの高さを感じる。
部屋のドアを開けると、くすんだオリーブグリーンのカーテンと、静かな照明が目に入った。6畳の洋室は予想以上に落ち着いていて、壁際にヨガマットが折りたたまれて置かれている。みことは眼鏡を外したまま、ヨガマットの上で正座をしていた。
野村の話していたことは大外れだ、ざまあみろとぼんやり考えながら、周囲の観察は怠らない。
みことはゆっくりと息を吐いて、静かに切り出した。
「私を長期ホールドしたいなら、こんないかがわしいマッチングアプリで繋がったきりではなく、それなりの立場を与えるべきだと思いませんか?」
「いや、おれは今まで通り、クラスメイト兼近隣住民権いかがわしいマッチングアプリの上だけの繋がりとしてやって」
彼女は小さく首を振った。
「いやです」
おれはぽかんとした。
いかがわしいアプリという共通認識はともかく、そこから先は予想外。
「そう、私たちはもう16歳です」
みことは淡々と、でもはっきりとした口調で続けた。
「選挙権はじゃねえからまさか……」
「そう、私にそれなりの立場を、秀石くんの妻という立場を——」
「超展開すぎるって!」
おれは思わず声を上げた。
みことは少しだけ口角を上げた。
「まあ、今すぐここでそこまでの決断をしろというつもりはありません。それでは現実的に……カノジョという立場はどうでしょう」
「彼女……」
みことは眼鏡をかけ直しながら、静かに続けた。
「秀石くんは、今ここで私に『カノジョ』という役職を与えるだけでいいんです」
「秀石くんからカノジョという役職さえもらえれば十分です」
半導は本気だ。部屋の空気が急に重くなる。
みことは伏し目がちに言った。
「ここで断ったら、私とあなたとの関係は終わりです」
急に静かになった。
「……わかった。カノジョで、いいよ……?」
おれは結局、流されるまま小さく頷く
みことの表情が一瞬、ほんの少しだけ柔らかくなった。
「ありがとうございます」
その声はいつも通り控えめだった。
でも、耳の先がほんのり赤くなっているのが、初めてわかった。
みことの部屋から出たあと、アパートの階段を下りながら何度も同じ言葉を繰り返した。
(俺は付き合うことになったのか……?)
スマホを取り出して「カンカン」の画面を開こうとしたが、指が止まった。
通知の青い光が顔を照らす前に、おれは画面をオフにした。
家に帰ってベッドに横になっても、眠れなかった。
アプリとクラスだけで繋がる日常に、急に大きな波が打ち寄せたことだけは、間違いなかった。




