神の談笑
全身に白い布を巻いた人々がてんやわんやしている店内。ガラスの大きなコップにいっぱいの酒を注いで大笑いする人、大声で歌う人、力勝負として腕相撲をする人など様々な姿と色をした人々が楽しく談笑している居酒屋で、彼女はいた。
ぐでぇとテーブルに上体を預け、終わった仕事にくたびれる赤い髪に、眼鏡をかけた女性。その正面に座るもじゃもじゃ頭の大男は岩のように全身が丸く、幹のように手足が太い。
「お疲れのようだな」
ジョッキに注がれたビールをすべて飲み干し、男は笑った。顔は赤く、少々ろれつが回っていないところを考えれば、彼は酔っている。
「えぇ疲れましたよ。ほんと、超マジで……。900年って案外長いんですね」
「人間に干渉しすぎだよ、全く」
空のジョッキに男は、酒を注ぎ、また飲み干す。
ここは神の世界。アーミラが暮らし、生きている世界だ。
「まぁお前が頑張って全てに決着をつけてくれたから、その祝勝会だ」
瓶を向けてくる。
アーミラは両手でコップを持ち、茶色の液体をいっぱいに注ぐ。
「あざーす」
そう一言だけ告げ、アーミラは全部を飲み干した。喉を鳴らし、今までの苦労を緩和させるために体中にアルコールを注ぐ。
まさにこの一杯のために頑張ったようなものだ。酒が進む。
「おっ、良い飲みっぷりだな! 次いくぞー」
アーミラの空いたグラスにまた注ぎ、飲み干すを5回程繰り返し、彼女は酔いが回った。
「ほんと、アタシ頑張りましたよ!! たった1つの世界を守るために、人間界を何度も何度も何度も何度も何度も何度も行き来しましたからね!」
「あぁ知ってる知ってる」
「でも、なんなんすか。あいつら! アタシが〈ジークを生き返らせるべきです〉と言ったとき何と言ったと思います!?」
「さあ」
「〈いやぁでもなぁ〉ですよ! 挙句の果てに、しりぬぐいしてくれたアイツを生かさず殺さない――死よりも残酷なことしようとしてましたからね!」
「大変だったなぁ」
大男が聞き手にまわる。こうなったら最後、彼女は永遠に強く出続ける。
「てか、ラブーラさん。全然飲んでないじゃないですか!」
大男――ラブーラはかなりの数を飲んでいる。アーミラと約束した時間の30分前には来て、その頃から店の酒を永遠と飲んでいた。なんなら、ここに来る前からもアルコールを摂取している。
だから、どちらか考えればアーミラのほうが全く飲んでいないのだが、そんなこと酔いによって記憶がすっ飛びダル絡みしてしまっていた。
「…………」
今日は悪酒だったかぁ—―ラブーラは、酒を進めたことを後悔した。
「…………」
アーミラの隣を歩く女性の店員。彼女の手には空のコップや皿でいっぱいにもかかわらず、アーミラは手を上げた。
「おばさん! 鶏のから揚げ」
その瞬間、店員の目が変わり、彼女の頭を肘でぶった。
「誰がおばさんだ。くそあま」
頭を抑え、アーミラはうずくまる。
「今日はすごい酔ってるねぇ。一体何があったんだ」
ラブーラを睨みつけた。
彼は必死で首を振る。
「おれは知らないぞ! まじだ! まじ!」
「ああそう。とりあえず鳥から持ってくるから」
そのまま女性の店員は厨房へと消える。
「いったー」
アーミラは頭を抑え、目じりに涙を浮かばせる。どうやらはっちゃけ具合が治ったらしく、目の焦点が合うようになっていた。
彼女にもう酒を進めないと誓い、ラブーラは口を開く。
「お前さんは、よくやったよ。すごいな」
その純粋な誉め言葉に嬉しかったのか、アーミラは満面の笑みで
「はい!」
と言った。
それからある程度飲み食い(アルコールは無し)をし、2人の腹は膨れる。
「……で、義信って人間はなんて言ってた?」
前後が無かったから一瞬わからなかったアーミラ。しかし、すぐにあの時のことだと知る。
「あぁ普通に<ありがとうございます>って言ってましたね」
「それだけか?」
「それだけ……あっあと、すごい喜んでました。〈これで世界を救うんだぁ〉ってまるで棒を拾った子供のようにはしゃいでました」
「そうか。でも、それは結局ジークに渡されるんだろう?」
「えぇそうです」
「なら、なんで彼に渡したんだ? 直接ジークに渡しても問題ないだろ」
「そうアタシも考えました。でも、どうやらそれだと上手く行かないみたいなんですよ」
「ほお。そうだったのか」
「はい。エルピスと生まれ変わりが話しているとき確認したんですけど、その場合世界が滅ぶってシュミレーションされました」
「解決策は1つしかなかったんだなぁ」
「そうみたいです」
アーミラはグラスに注がれた水を飲み、のどを潤す。
そして、一呼吸おいて話し始める。
「ラブーラさん。本当にありがとうございました。おかげで、アタシが大好きな世界を救うことができました。本当に感謝しかありません」
突然のお礼にラブーラは赤面する。お酒で赤くなっているのも相まって、夕陽のように赤い。
「いや、そんなお礼される物でもないだろ……」
「いえ、させてください。ちょっと酔ってる状態で申し訳ないですけど……」
「それは構わないが…………」
ラブーラは自分の後頭部を手で抑え、恥ずかしそうなそぶりを見せた。
アーミラは気にすることなく話を続けた。
「正直、上層部を説得するのに新米のアタシ1人ではできませんでした。ラブーラさんが居たからこそ、掛け合ってくれたからこそ、今こうして1つの世界は存在し、アタシもその世界と別の世界を繋ぐ架け橋としての職にもなれました。本当に感謝しかありません」
「いや、なんか参ったなぁ……」
最初は照れを表面上に出していたものの、アーミラの真剣な表情を見て、隠すことにした。
「まぁ部下の願いを聞くのが上司の務めってもんだろう」
「……今の凄いかっこいいですね」
「おれ妻帯者だから、口説きは無しな」
「おじさんを口説きませんよ」
「なっ!」
2人は久しぶりに笑い合い、その後沈黙が流れた。これは、気まずいからの沈黙ではない。お互い日頃言わないことを言ったことで恥ずかしくなりできた沈黙である。
無色透明となったジョッキをテーブルに置いて、真面目な表情のまま、
「いやぁこうして酒が飲めて、飯が食えるのは正直アーミラのおかげでもあるんだ」
と言った。
「え」
アーミラはついうっかりとそう言葉をする。
「いや、もしあのときあのまま世界が滅んでいたら、確実におれは無職となっていた。だから今こうして酒が飲めるのも、自分の大事な仕事を部下に託してきれいさっぱり引退できたのもアーミラのお陰だ。本来お礼を言うのは、おれのほうだ。ありがとう」
ラブーラが深々と頭を下げた。
ジャングルのようにうねる髪の間に小さな皮膚が見え、笑いそうになったが、必死に口角を結ぶ。
そのかわり、アーミラは思考を動かした。ラブーラがそんな状況まで追い込まれているのは知らなかった。身勝手な行いのせいで自分の大好きな世界が破壊されることを許せず、言わば自己満のために頑張っていた。だから、定年間近のラブーラに自分のわがままで振り回したことを申し訳なく思っていたが、そうか彼もまた危機的状況であったからこうして動いてくれていたのかと知る。
「おれはビビって動けなかった……。愛する妻もいて、息子もいるのに逆らった後のことを考え動けなかったところを助けてくれたのは、アーミラのおかげだ。ほんとにほんとにありがとう」
頭を下げるのは辞めてください――それは口が裂けても言えない。自分も彼にお世話になっていたし、何度も助けられていたからだ。
ならば、と妥協点を見つけ出す。
「それなら、お互い様ですね」
ラブーラは顔を上げ、それをタイミングとしてアーミラはフォークで鶏のから揚げを刺した。
「この話は終わりましょう。お互い感謝の言葉で一生終えちゃいますよ」
「それもそうだな」
アーミラが唐揚げを頬張ったのを合図に、ラブーラも酒を一口飲む。
おいしそうに唐揚げを食べる彼女を見ながら、ふと漏れる。
「これから仕事がんばれよ、アーミラ」
彼女は、口に入れた唐揚げを咀嚼し、胃袋へと流し込む。
「当たり前ですよ。命がけで世界を救ったわけですから、これからも2つの世界を繋ぐパイプとして誠心誠意頑張らせてもらいます」
アーミラの敬礼につい笑ってしまう。
「ユリのような悪人を流すなよ」
「……あれはそうしなきゃ片側の世界が滅んだので仕方ないじゃないですか」
2人は酒を進め、談笑した。




