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瞳に映る輝く世界 ――英雄の残したもの――  作者: カンタロウ
エピローグ
10/63

謎の男

 カルミアの情熱的な赤い目は色を失い、冷たい涙が流れていた。


「大丈夫か?」


 カルミアの肩を抱え、彼女を立たせる。

 唇は紫色になり、顔色はまさに蒼白だ。あんなに輝いていた瞳でさえも、光を失っている。

 相当な敵だと踏み、気を引き締める。


「………」


 頭上が暗くなった。上に誰かが居る。

 海斗は、上空を確認した。


「その女を庇う気か、キサマ」


 銀の髪と瞳を持った細身の男性だ。

 空に留まることができることから異世界人だとすぐにわかったが、服装がカルミアと違う。彼は和服を着ていた。生地は厚く、色遣いが白中心の着物は強装束(こわしょうぞく)と呼ばれる衣服に近い。冠は被っておらず、手には(しゃく)の代わりに長い日本刀を持っていた。

 ザ・和風の男性は、海斗を睨みつけ、嫌悪感を示す。


「人間だからと言って容赦はせんぞ」


 彼は本当に手を抜かないだろう。

殺すと決めれば必ず殺す――カルミアに向けられたあの視線と同じだった。

 だが、状況が違う。彼女のときはなんとか時間をかければ助かるだろうと踏める余裕があったが、彼には交渉することも、精神的に優位に立つ余裕がない。彼にはどこもかしこも隙が無かった。距離は離れているのにあの刀で首を切られるのは安易に想像できるし、有無を言わなければ殺されることも予想ができる。

 時間をかけても無駄だし、むしろ経てば経つほど死ぬリスクが高くなる。

 彼から発せられる殺気に海斗はビビっていたが、とりあえず口を開けた。


「だろうな。そんな感じがする」


 彼の口角が少し上がる。ニヤリとした表情には、不気味さがあった。


「ほお。貴様はただの愚か者ではないようで安心した。もしただの愚か者であれば、その首を切り落としていたであろう」


 その瞬間、凍てつく風が首筋を撫でた。

 ただの会話。そう思っていたが、これは命の駆け引きをしていたのだ。もし返答を間違ってもしたら絶命していただろう。

 危なかった。命拾いした。


「さて、人間よ、キサマに問おう。ソイツを助けるつもりでいるのか」


 首をクイッと前に出し、カルミアの事だと指す。

 カルミアは睨まれているのが怖かったのか、眼を見開いたまますぐに後ろへと2歩下がった。


「あぁ勿論だ」


 代わりに海斗が彼女の前に立ち、庇う体制に入る。


「よかろう。だが、キサマはそれでいいのか。本当に後悔はしないのか」


「…………」


 後悔しない――なんて吐けるほど海斗の気持ちは固まっていなかった。だけど、あんなに怯える女性に「助けて」と言われたら、助けないなんて選択肢を選べない。

 どれだけ力の差が開いていようとも、死なない程度にできることはやりたかった。


「あの剣貸してくれ」


 迷うことなく、一点だけを見つめて


「わかった」


 

 カルミアの右手の腕輪を黄金の大剣へと変え、海斗に渡した。

 中段の構えをし、上空の男性に睨む。


「キサマ……」


 男性の表情が鬼の形相へと変化する。

 何を理由にして彼が怒っているのかわからないけど、ただこの場にカルミアと真澄が居るのはまずい。



「真澄、カルミア。お前たちは逃げろ。説明は後でする」


「わかった……」


 真澄が率先してカルミアの肩に手をかけてくれたことで、怯える彼女を遠ざけることができた。


「気を付けてね」


「あぁもちろんだ」


 それができたらいいのだが……。

 彼がどれほど強いのか、それは知る由もない。ただこの命を刈り取ると言わんばかりに示された態度は、心が震えあがる。

 恐怖で膝が緩み、歯をガタガタと震わせながら、まけじと睨み返した。


「その赤い瞳はあの忌々しい男と似ている。いや、お前なんだなジーク」


 男の銀色の瞳が赤く輝き始めた。


 ――恐ろしいものに巻き込まれたな。


 深呼吸し、落ち着かせる。


 勝てなくてもいい、ただ生きればいいんだ、と強く念じた。


「………」


 海斗の体は、正直だった。足は小刻みに揺れ、手は汗によりぐっちょりと濡れている。

 この男性が出すオーラはとにかく怖いし、魔物とは比にならない強さがあった。


「ジーク貴様は、死ぬことさえもできないんだな。結局ワシと同じ化け物じゃないか!!」


 義信は、左目を左手で抑え、歯を食いしばった。

瞬間、辺りの空気は一変し、見えない重圧に体が重くなる。『ドラゴンスレイヤー』を地面に突き刺して杖替わりにしたおかげで立つことはできたが、足はくの字に曲がり、腰が折れていた。フラフラしながら、今から行う義信の行動に警戒する。


「『ドラゴンスレイヤー』をワシの物だ。貴様はここで死ね」


 牙が生え、胴体が獣のように太くなる。体色が深緑の化け物に代わり、額から一本の凛々しい角が生えた。


「………」


義信の変身に海斗の気は遠くなる。生き残る確率がまた一段と低くなった。もしかしたら、ここで死ぬのかもしれない、と腹をくくる。


「あのときよりも随分と弱くなったではないか、ジークよ。それで勝てるのか」


「やってみなきゃわかんないだろ」


 剣を握りなおす。


 死ぬのはわかっているが、それをただ認めるのは悔しい。できることなら逃げたいけど、許されるとは思えないし、死ぬ気で特攻するしかなかった。


「死ねジーク!!」


 額に大きな目がパックリと開いた瞬間、彼の体は緑色に膨れ上がり、化け物となった。


 ――変身とかありかよ。


「フン」


 男は荒く鼻で笑うと、瞬間、姿が見えなくなった。


「どこにいった……?」


芝生、砂利、滑り台と公園で見慣れた景色がそこには広がっているだけで、人間の姿かたちをした物を視認できない。


「あのときよりも、ワシは強くなった」


 声が背後から聴こえ、振り返った。

義信の目はパックリと開き、獣のような牙が光る。右手はピンと伸ばされ、日本刀が前に突きでていた。

 瞬間、腹部に鋭い痛みと熱が広がり、海斗の表情は歪む。


「……ッ!」


 今まで感じたことのない痛みに、海斗は荒い呼吸で酸素の確保を始める。

 だが、それは男には関係ない。追撃の準備を始めた。


「………」


 何一つ言葉を出さず、海斗の胸を左足で強く蹴った。体は一直線に後方へと飛ばされ、黒いフェンスに叩きつけられる。


 バシャッ!!


 強い衝撃音と共にフェンスは粘土のようにぐにゃりと曲がり、彼の体を包容した。


「………」


 口から血をこぼし、薄れゆく意識の中、男を凝視した。

 

「フー、ハー。フー、ハー」


 口を大きく開いて空気を吸い込んで、いっぱい吐き出す。

 酸素を確保するだけでも、刺された腹部と蹴られた胸部、背中が痛む。

 あばら骨、胸骨、背骨は折れ、肺は潰れていた。腸も日本刀によって貫通していることは確かだ。


「………」


 義信が不気味な笑みをこぼしながら、近づいてくる。

 その形相は、悪魔だ。

 殺しを楽しむ殺戮者そのものだ。


 今まで感じた死と言うのは、まさしく茶番だ。本当に死を感じ恐怖したときは、自然と涙を流し、姉に対しての謝罪であった。


 海斗はあまりにもの恐怖に生きることを諦めていた。


「………」


 また男が消える。


汗と涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で周りを探す。

怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い――自分が情けない状況なのはわかっていても、この止まらない恐怖の前では冷静な判断が全てチリと化す。


「ジーーーーーク!」


 声が聞こえた上空に目を向けると、義信が右ひざを向けて急降下した。

 

 グシャ。


 彼の膝は、海斗の顔に直撃した。

 鼻骨を中心に顔全体の骨は砕け、原型がとどまっていないほどに歪んでいた。

 普通の人間であれば死んでいる所だが、英雄の生まれ変わりであり、『ドラゴンスレイヤー』がもたらした身体能力の向上により、諸星海斗はギリギリのところで生きていた。


「ヒュー……ヒュー……」


 喉にたまった血液を口から吐きだし、酸素だけは確保する。それでも、口全体から溢れてくる血と重力に逆らうことはできず、何度も溺れ咳き込んだ。そのたびに強く口から吐きだしてを繰り返し、なんとかライフラインだけを保つ。


「こんなになっても生きているとは、やはり貴様に死は似合わんと言う事だ」


 義信は海斗の腹に刺さった日本刀に手を伸ばし、ゆっくりと引き抜く。


「ンンーーー!!」


 薄まる意識だったが、腹部の痛みにより目が覚める。手足をジタバタさせ、悶え苦しんだ。

 瞼が腫れているので見えている視界は狭いが、男の顔くを見ることができた。

 忘れることは無いだろう。もしここを生きて出ることができれば、この先何度もある地獄を感じても心が折れることはない。あの時と比べれば、と考え、戦うことができる。


「………」


 空は明るい。それでももう太陽の顔はどこかに行っていた。代わりに、少数の星が空に点々と散りばめられ、月を楽しみに待っていた。


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