第一話
アンティーク。
100年以上の歳月を生きてきた骨董品たちは、それぞれに誰かの大事な想いが詰まっている。
これは、おばあちゃんとの想い出にまつわる、私とアンティークのお話。
ピピピ・・
目覚まし時計の音を聞き、私はゆっくりと目を覚ます。
春の暖かな日差しがちょっと眩しい。
こんな暖かい日だというのに。
私の心は重石が乗っかったように、どんよりと曇っている。
・・・ああ、このままずっと寝ていたいな。
憂鬱さに包まれながら、そっと目覚まし時計のボタンを押して立ち上がる。
穏やかな瀬戸内海に面した私の住む街。
広島から電車で20~30分という立地の良さ。
そして温暖な気候に恵まれているせいだろう。
この街は、少子化の波に逆らって着実に人口を伸ばしている。
そんな街の郊外にある、「閑静な住宅街」という言葉がぴったりとあてはまるような住宅地。その住宅地の小さな一戸建てに、私は住んでいる。
室井 由紀。高校二年生。
去年高校に入学した私。
一年はあっという間に過ぎて、街のあちこちが桜で色付く季節になった。
窓越しにぼんやりと外を眺めると、少し緊張した面持ちで、着なれない学生服に身を包んだ学生が歩いていくのが目に映った。
一年前の私と同じように。あれはきっと一年生だろう。
桜がうららかな風にそよいでいる。本当に穏やかな春の季節だ。
でも、私の気持ちは晴れない。
既に新学期が始まっている。
本当ならば、学校へ行かなくてはいけない。
でも、朝、目が覚めても、心がとても重い。
体を動かすことが、どうしてもできない。
トントン、というノックの音。
カチャリという音と共に、部屋の中に入ってきたのは、私の母親だ。
「――今日はどう?」
「今日も無理そう」
「――そう。わかった。
・・・それじゃあ、先生に今日も学校休むって伝えておくね。
お母さん、これから仕事いくからね」
声を聞くだけで、母が何を思っているか、大体想像がついた。
怖くて母の目を見ることが出来ない。
――この子は期待外れ。
そう思われているんだろうな。
中学までは、私は両親にとって自慢の子だったはず。
でも、今は・・・。
なぜ私がこんな状態になってしまったのかと言うと・・・
私の気持ちをこれほどにも暗くさせているのは、数日前の母親の一言がきっかけだった。
「頑張って良い成績を取らないとね」
小学校の頃から、もう何度となく聞かされた母親の言葉だ。
その言葉を聞きながら、私は勉強を頑張った。
小学校と中学校までは、自分で言うのもなんだけれど、私は勉強ができたほうだった。
中学校でも、学年で五番以内を常にキープできていたから、中学校までは私は「頭の良い子」で通っていたはずだ。
満足げに通知表を見る母の顔を見て、ほっとしたのを今でも覚えている。
そして、県内で一番偏差値が高いS高校に入学できた。昨年のことだ。
でも、私が親の期待に応えられたのは、そこまでだった。
S高校は、中学で一番や二番を取るような優秀な子ばかりが集まってくる高校だ。
中学の頃は「頭が良い」と言われていた私も、S高校に入ってからは、どれだけ頑張っても。頑張っても。
成績は、まったく上がらなくなってしまった。
今ならわかるのだけれど、私は勉強が好きじゃなかったんだと思う。
頑張って勉強していたのは、私が良い成績を取ることを母親が期待していたからだ。
中学の時までは、なんとか我慢して頑張れていた。
親の期待に応えられるように頑張った。
けれど、高校に入って、私の心はとうとう悲鳴を上げ始めた。
期待に応えなければ、という重圧と、どれだけ頑張っても一向に上がらない成績。
決定打になったのが、高校一年の学期末の通知表を親に見せたときだった。
「・・・何、この成績。
由紀、あなた・・・やる気あるの?」
ガツンとハンマーで殴られた気がした。
何かがガラガラと音を立てて崩れていく音がした。
――違うよ。私は頑張ってる。あれだけ頑張ってるのに・・・
でも、どうしても成績が上がらないの・・・。
そう言いたかったけれど、どうしてもその言葉が口から出てこなかった。
ただ下を向いてうつむいてしまう私を見て、母は心底がっかりした表情をしていた。
私、何のために勉強していたんだっけ。
私、何のために頑張っていたんだっけ・・・。
そのとき、ぷつり、と糸が切れてしまったのだと思う。
4月に入り、新学期が始まった。
けれど、私は学校に行くことが出来なくなってしまっていた。




