9話 黒い嵐と白い海波
2018 8/10
一部表記を変更しました。
「何が起こったの?」
肩口を切り裂かれ赤々とした鮮血がダラダラと流れ出る自身の体を眺め、そして、その痛手を追わせたレインに鋭い眼力を飛ばしながら引き起こった不可思議を問い詰めるシア。
その鋭い眼をものともせずまるで柳に風と言わんばかりにさらりと受け流すレインは自身に睨みを利かすシアを見てニヤリと顔を歪ます。
「俺もいつまでも母さんの背中を追う子供じゃないってことだよ」
そう、不敵に笑いながらシアを切りつけた木刀を軽く振るう。
するとレインの握る木刀が陽炎のように怪しく揺らめく。
「!?」
それを目にしたシアが目を見開き、「まさか…」と口を噤む。
「ふふ、きっとそのまさかだよ」
レインがシアの疑問に賛同するように声をかけると木刀が青い光で覆われる。
そしてその光が揺らめいたかと思うと一条の光となってシアの横を通過する。
「まさか、貴方も私と同じ様に魔力を武器へと変換していたのね…」
「うーん、母さんみたいってのは少し違うけどね」
シアの問に対し少し恥ずかしそうにはにかみながら自身の起こした不可思議のタネを明かした。
レインの引き起こした不可思議とはシアが発動した【魔具生成】と原理は同じだ。
要するに魔力を武器として使用したのだ。
しかし、シアの【魔具生成】とは決定的に違う点が存在する。
それは魔力で武器を作るのではなく魔力で武器を強化し、魔力の装甲を作る点だ。
これによってレインは自身の木刀に魔力の装甲を生み出し、その装甲を一時的に広く、厚くしたことで強引にシアの斬撃をいなしたのだ。
シアの【魔具生成】は純粋に魔力だけで構成されている。 言うなれば不純物の存在しない『宝石』のようなものだ。
しかし、レインの行った魔法【附与】は既存の物体に魔力の外殻を纏わせ強化するという魔法だ。
シアの【魔具生成】を宝石と例えるならばレインの【附与】は様々な金属を合成し、強化することで作り出された一つの強靭的な金属『合金』と言えるだろう。
故にたとえ原理が同じであろうと構造は全くの別物なのだ。
更にレインの精密な魔力操作で限りなく物質と魔力を合成しているのだ。 幾らシアでも初見では見破るのは不可能であろう。
そして、シアは見破る事が出来なかった。
その結果が肩口から胸にかけてまでの大きな斬撃痕だ。
それをレインが木刀に纏わせる魔力の量を増やし、視認しやすくしたことで理解したシアは心底嬉しそうに、そして、獲物を狙う獣のように獰猛に―――
「ふ、フフ、アハハハハハっ!! まさか私が編み出した最高傑作と言える【魔具生成】と同じ原理の魔法を貴方が作り出していたなんてね! 凄いわ! そして、それを悟らせない貴方の魔力操作技術! そういった細かい魔力の扱いはルーナの得意分野かと思っていたら貴方までそんな繊細な魔力操作を出来るなんて! 正に天賦の才能! 貴方は本当に私の愛しい息子だわ!」
―――笑った。
『アハハハハハハハハハハハ!!!!』
轟ォォォォッッッ!!!!
狂喜に震えカラカラと狂った様に笑うシアの魔力が爆発的に上昇する。 その勢いは留まることを知らず暴力的なまでの質量を持った魔力によりシアの周りにクレーターが作られる。
シアの周りを黒く淀んだ魔力が蠢く。
そして、その禍々しい魔力が赤黒い閃光を放つ。
その赤黒い閃光が止むとその中から―――
「黒い角? それに鱗まで?」
そこに居たのは額に赤黒く脈打つ二本の角を生やし、紅く妖しく光る縦に割れた瞳、そして、全身を闇夜の様に黒く輝く鱗で覆ったシアだった。
赤黒く脈打つ二本の角。 そして、紅く妖しく光る縦に割れた瞳と全身を覆う黒光りする鱗。
そして、全身から溢れ出るこの世のすべてを食い殺さんとする禍々しい魔力。
今のシアの姿を一言で表すならこう表現するのが正しいだろう
『竜』と―――
轟ォォッッッ!!!!
けたたましい爆音を上げながらシアが一歩踏み込む。
その速さは最早目で終えるほどではなく、刹那にレインへと肉薄する。
「ッッ!!!」
シアの放った袈裟斬りを咄嗟に体を捻り避けようしたレインへシアの一刀はまるで意志を持っているかのようにレインの寸前で歪み、回避のために死に体となったレインの肩口を深く抉る。
火球を放ち距離を何とか取ったレインだが利き腕の右肩から掛けた傷は大きく、木刀を持つ右腕はレインの鮮血に染まりだらんと力なく垂れ下がっている。
そこに追い討ちをかけるようにシアは炎の上級魔法【灼咲華】をうち放つ。
訓練場に炎の花が咲き乱れ、レインの体を燃え尽くさんと襲いかかる。
しかし、レインは迫り来る炎の花を疼く右腕を懸命に振るい一つ一つ切り裂き、その隙にレインも雷の上級魔法【神鳴黒雷】を放つ。
シアに神の裁きの如き黒雷が天より振り落ちる。
右肩を神の黒雷で焼かれ爛れた事を気にも止めず、灼咲華に手を取られているレインに接近したシアは、負傷した右腕とは思えない程、鋭く、揺らぎのない刺突を繰り出す。
シアの放つ五月雨突きを必死に捌くレインだが、次第に刺し傷が体に刻まれる。
「くっっ!!」
シアの猛攻に思わずレインが苦しい声を漏らすが、【魔法障壁】を展開し、少しでも刺突の威力を緩和させると、大振りな横薙ぎを打ち込みシアとの距離を取る。
シアの猛攻を受けたレインの体には無数の刺し傷が刻まれており、そこからトクトクとレインの血液が流れ落ちている。 さらに、袈裟斬りによって出来た傷はより深く抉れており、そこからは絶え間なく鮮血が溢れ出ている。
そんな危機的状況にも関わらずレインはまるで初めて玩具を与えられた子供の様なキラキラとした瞳でシアのことを見据えている。
「はは、凄いよ母さん… それが母さんの本気なの?」
『本気かと問われればまだ本気ではないけれど私がこの力を使ったのは百年のぶりかしらね』
「これがまだ本気じゃないなんて、本当に母さんは凄いよ!」
『まぁ、お母さんですもの。でも、この力は長く持たないからそろそろ終わりにさせてもらうわ――』
そう言い放ったシアの体から禍々しい魔力が再び爆発的に吹き上がる。
まるでこの世の全てを飲み込むかのように濃く、重く、そして黒く。
そしてその禍々しい魔力の中にシアの瞳から流れ落ちた一滴の白く透き通る魔力がシアの左手に零れ落ちると、目を眩むほどの閃光が訓練場内を包み込む。
閃光が形を成しながら収束していく。
黒い魔力と白い魔力が混ざり合い、溶け合い、一つのモノへと作り変わる。
閃光が晴れると、そこにはシアの左手に握られた純白の刀があった。
よく見ると、白く透き通る刃には黒い波紋が浮かび上がっており、ユラユラと蠢いている。
その刀をじっくりと見つめていたレインは、シアがその刀を少し振り上げた瞬間、バッと音を立てて後ずさった。
その姿は、何時も鷹揚としたレインからは予想できない程緊迫した動作だった。
『流石レイン。この刀の危険さにいち早く気づくなんてね…。この刀の名前は【白海波】。私の【黒嵐】 と対をなす魔具で私の切り札の一つ。
【黒嵐】は万物を切り裂く刀。
【白海波】は万物を飲み込む刀。
この二刀の前では魔法も如何なる剣術も無意味。
正に必勝の二刀なのよ。 まぁ、出来ればこれは使いたくなかったのだけどね…』
左手に握る刀の説明をしたシアは最後に少し口篭ると、憂いを帯びた表情を作る。
そんな母親の表情に気づかない程、レインは目の前の二本の刀と母の変わり果てた姿に思考を巡らせていた。
(あの二本の刀を攻略しない限りは俺に勝利は無い。しかし、母さんの説明の通りあの二本に触れたら魔法も俺の剣でさえも無意味だろう。そして、母さんのあの|姿。
あ《・》れが何なのか分からないけどあの姿になってから飛躍的に母さんの動きが変わった。あれは不味い。何故か分からないけどそんな感じがする。 はぁ、万物を切り裂く刀と万物を飲み込む刀か。 どうしようか…。手は一つあるけど、アレを使うにはまだ俺の力では足りない。 さぁ、どうしようなぁ…)
『さぁ、行くわよレイン。お母さんを越えてみなさい。』
先程と同じ様に轟ォォと爆音を上げながら迫り来るシアを見据えるとレインは彼の奥の手への引き金に指をかけた――