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はわわわわ

 ふらつきながらもスピカを肩車して何とか壁までたどり着いた透。


 「ふぃー、やっと着いた。どうだスピカ?見えるか?」


 「うーん、微妙に高さが足りないなぁ。トオルの身長がもう少し高ければなぁ。」


 「悪かったな、高身長系男子じゃなくて。」


 「あーはいはい。」


 透の嫌味をさらっと受け流し透の頭から壁の上辺へと両手を移動させ、それを掴みチラリと鼻上だけを出す。


 そして両目を世話しなく動かし、音の正体を探す。


 ――どこだ?どこにいるのだろうか?あのコツコツコツコツという短スパンからなる足音の正体は?


 「お!はっけーん!」


 ウ゛ォルザーク邸中央にある大きな噴水の周りをうろうろしているそれは、漆黒の毛並みと真紅の瞳をギラつかせている数匹の番犬だった。


 人間よりも足が短く足も四本ある為あの短いスパンからなる足音も納得できる。


 しかも通常の犬なら鼻息などでわかったりするのだが良く訓練されているのか鼻息や唸り声一つあげず、ただ淡々と見張りをしているのだ。

 無言でただ主を守るという任務を果たす番犬達、そんな姿を見ていると先程の守衛達より余程役に立ちそうで手ごわそうだ。


 守衛だけではなく番犬まで出てきて、今回の作戦の難易度が上がった。

 はて、どう攻略していこうか……。


 真剣な表情で状況を見つめ直し、作戦決行時の事を考えるスピカ。



 その頃透はというと……。



 「俺は木だ俺は木だ俺は木だ俺は……」


 呪文の様に心でそう呟き、神妙な顔つきで壁をひたすら見つめていた。


 良くわからずスピカを肩車してこうして突っ立ている訳だが考えてみると状況、先程木から落ちた時と同じではないか。


 後頭部で温かい人肌を感じ、両手で彼女の柔らかい太ももを掴んでいる。なんだこれは!?


 元来、透は引きこもりであり、母親以外の女性とは関わりがない生活を送ってきた。それに加え圧倒的コミュニケーション不足から同世代の女の子となんて目も合わせることなどできないだろう。


 そんな透が今、かわいい女の子を肩車している。しかもラッキースケベと念願のけもみみまで撫でてからだ。


 ――ほんとマジでなんなんだっ!?

 

 叫びたい気持ちを抑え、今はこうしてひたすら自分は木だと刷り込む様に心の中で唱え平静を保っているがもう限界に達しており……。


 「……もう無理かも。」


 三度(みたび)蘇ってくる太ももを顔に挟まれた時の感触と温もり。スピカの両ももを支える手からは汗が滲み出できて。足のつま先から頭のてっぺんまで充満するこのなんともいえないムンムンとした気持ち。


 「あっ」


 少し油断したその時、その一瞬。ガクッと透の右足がバランスを崩した。


 「えっ?ちょっ!?」


 そのまま成す術なく崩れ落ちる二人。ドシーンと辺りには落下音が響く。


 そんな大きな音を聞き逃す程、守衛たちも間抜けではなく。


 ――おい?なんだ今の音は?


 ――外でなんかあったのか?


 壁越しに透たちがいる方向へ向かってくる二人。


 一方透たちはと言うと。


 「ちょっと!離して!離してよ!」


 スピカが透に重なる形で落ちた後、何故か抱きかかえられ身動きが取れずにいるスピカ。


 何故かというと。


 「はわわわわわ」


 透は完全にパニックに襲われていた。もう思考は完全にイカれて現状を把握できずただスピカを抱きながら、はわわと間抜けな声を上げることしか出来なくなっていた。


 「トオル!早く離して!見張りが来ちゃうよ!」


 「はわわわ」


 「トオル!聞いてるの!?トオルってば!」


 「うるせー!」


 「んぐっ!?」


 バッと透の手がスピカの口を押さえつけた。


「んっ!ん~んぅ!!」


 ポカポカと透を殴り必死に抵抗するが意外に力があり中々脱出出来ない。


 そんなやり取りをしている内のも守衛達はこちらに迫っており。


 ――おいお前ちょっと上登って確かめてみろよ。


 ――そうだな、ちょっと手を貸してくれ。


 もうスピカの超人的な聴覚でなくても聞こえる範囲いいる守衛達。そしてあちらも肩車か何かをし始め、こちらの様子を伺おうとしている様だ。


 まずい、どうする!?恐らく後数秒もしないうちに守衛の一人が壁の上から顔を出して二人を発見するだろう。


 その前に何とか透の腕から脱出しなければいけないのだが、非力そうな身体のどこからそんな力が出てくるのか、抜け出せそうにもない。


 まずい、本当にまずい!


 透の腕を両手で掴み必死にもがいているその時。


 ――よっこらしょっと。


 気の抜けた声と共に守衛がヒョコっと顔を出してきた。


 ――もう駄目だ。最後の抵抗としてギュッと瞳を閉じて見つかるまでのその時を待つ。



 一秒経過。



 二秒経過。



 三秒経過……あれ?


 何も起きない、何故だろうか。


 ちらりと片目だけを開けて守衛が覗き込んでいるであろう方向を向いて見ると。


 ――あれ?なんもないぞ。


 ちらちらと胸部まで乗り出し、辺りを確認している守衛が見えた。


 そうスピカと透は丁度死角に入っており守衛側からは見えていないのだ。


 何も確認出来なかった事に腑に落ちない顔をしながらも壁から顔を退ける守衛。


 ――た、助かったぁ。


 発見されなくて良かったと胸を撫で下ろしたいところだがまだ一息つけない。


 「んふぅー!んふぅー!」


 そう、透に口を押さえつけられたままだからである。


 しかし守衛が去っていった今少しばかり声を上げてもいいだろう。


 ――容赦しないからねっ!?


 「がぶっ!」


 「痛って!?」


 押さえられていた透の中指の腹の辺りに思い切り噛み付いたやった。

 反射的に手を離す透。その隙を見逃さず、手離した瞬間に素早く反応し見事抜け出す事に成功した。


 「はわわ~、って俺は一体なにを……。」


 のそのそと起き上がりまるで記憶を失ったかの様な台詞を吐く透。


 そんな透に咳払いを一つして注目を集めた後で。


 「とりあえず、偵察はもう終わるからアジトに帰るよ。……それと耳触るのは今後一切禁止にするから。」


 「え!?なんでだよ!」


 透の質問には答えずアジトの方へ歩いていくスピカ。それを無様に後ろから追うことしか出来なかった。




 こうして初めての偵察は無事に終わったのであった。

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