研ぎ澄ませ聴覚
夜も深まってきて月に照らされながら駆け抜ける透たち。今度は透もしっかりスピカについていっている。
そうしてたどり着いたのが先程いた壁とは逆の辺、つまりは迎え側だ。
「じゃあこっち側もやりますかな。」
バサッとフードを脱ぎ、けもみみが現れる。このタイミングを待っていましたと言わんばかりに透が。
「なぁ、も、もう一回撫でていいか?」
「嫌だよ。」
「頼むよ、ほらもうけもみみパワー切れちゃったし。もう一回チャージさせてくれよ。」
「……なにいってんのさ。」
透の訳がわからない理由に若干引き気味のスピカ。そんな透など相手にせず、プイと顔を逸らし先程と同様に壁に近づいて向こう側の音を探る。
探ろうとしたのだが。
「なぁ頼むよ。お願い!一生のお願い!」
「もう、うるさいなぁ聞こえないでしょ。……それにさっき『一生のお願い』使ったじゃん。」
どうしてもけもみみを触ろうと食い下がる透。……正直いってウザい。
「お願い!ちょっとだけでいいから!な?」
スピカの服の裾を掴み懇願する。それほど触りたいのかとスピカは完全に呆れ顔だ。
ハぁーっとため息をついてから。
「じゃあ偵察が終わってアジトに帰ったら好きなだけ撫でていいからそれまで大人しくしてて?」
「本当だな?言ったな?言質取りましたよ、だからなっ!?」
「なに言ってんのさ……まぁ黙ってそこで見ててよ。」
透の事をあしらい偵察再開。
壁に耳を傾け音を拾いやすくするため目を閉じ視覚を断つ。そうすることでより聴覚である耳に集中出来るのだ。
音という世界中にありふれているものから必要な情報源を探す。風が草に触れ揺れ動く音、遠くで鳴く鳥の声、そして透が暇そうに欠伸をする音。どれも違う。……特に最後。
アジトに戻っても絶対に触らせない。そう心に決めた後で。
「集中、集中。」
息を一つ吐いてからさらに感覚を研ぎ澄まし、音の大海に身を投げ出す。聞き取れ。聞き取るんだ。
すると。
――うう、眠い。ったくなんで夜の警備なんかしなけりゃいけねえんだ。
――何かあれだってよ。ここら辺の根城にしてる女盗賊どもが領主様の宝を狙っているとかなんとか。
――けっあんな趣味の悪いもん、さっさと盗んじまえってな。
――おいおい、愚痴もその辺にしとけよ。誰が聞いてるかわからん。
「残念、ウチが聞いちゃってるんだよねぇ」
――掴んだ。必要な情報。
壁付近を警護している守衛は二人の様で、声から年齢大体30歳前後の男性だとわかった。
これだけ分かればもう十分だろう。耳を壁から離しフードを被り直していたその時だった
――コツコツコツコツ。
邸内をうろつく新たな音がスピカの耳に入ってくる。
先ほどの男性二人のものではない。しかもコツコツと歩く音が聞こえる間隔が一つ一つ短く、人間の歩幅から考えてありえないリズムだ。
では一体なんなのだろうか。
残念ながらスピカの卓越した聴覚でも万能ではなく、人間などは話し声や歩幅などから簡単に性別や年齢、身長などが推測は出来るがその他の『生物』となると特定は難しい。
それでも大まかな予想くらいはつくのだが。
予想を確証にするには聴覚以外の他の器官を使って調べるしかなく。
「ねぇトオル。」
「ん?なんだもう終わったのか?」
「いや、ちょっと手伝ってほしいんだけどね。壁の向こうをちょとだけ見たいからウチのこと肩車してよ。」
「はぁ…別にいいけど。」
イマイチ状況を掴めていない透だったが壁の方を向いてしゃがみ込み担げる体制をとった。
「ほれ、いいぞ。」
スピカに準備が出来たことを伝える。だが中々乗ってこない。
「どうした?早く乗れよ。」
「うーん、なんか頼りないんだよねぇ。……ちゃんと持てる?」
「持てるよ!大丈夫だって!……多分。」
「頼りないなぁ……。」
透のか細い背中を見つめながら不安そうなスピカ。それでもやるしかないので両足を透の肩に掛ける。
「それじゃあいくぞっ……よ、こらせっと。」
落ちないように太ももに手を添えて両膝に力を込める。そしてそのまま勢い良くガバっと立ち上がった。……取りあえずは問題ない。
「ほら、大丈夫って言ったろ?……うおっ!?」
調子に乗った直後、クラッと右側にぐらつく。それを右ひざに体重を乗せて何とか持ちこたえた。
「……ねぇ本当に大丈夫なの?」
スピカが透の頭に両手を添えて不安げに問う。
「だ、大丈夫だ問題ない。筈。」
それをなんとも頼りなさげな回答で返した透はゆっくりと、時折ふらつきながら壁へと向かうのであった。
因みにスピカの一人称である『ウチ』のイントネーションはウ↑チ↓ではなくウ↓チ↑です。




