十一月生まれの神楽能愛(かぐら のあ)
「前から気に入らなかったわよ、あんたのこと! 今日こそ決着をつけてやるわ!」
校庭で神無月西瓜が下から、五メートルほど先のクリスティーナ師走を見上げて叫ぶ。二人は互いに近づこうとしているのだが、エネルギーが反発しあっているのだ。磁石の同極同士のようなもので、反発しあうエネルギーは周囲に大きく影響している。一言で、大迷惑の大騒動だった。
「こっちのセリフよ! ノアは昔から私の大切な存在だったわ。誰にも渡さないんだから!」
クリスティーナ師走が上から叫ぶ。クリスの方がスイカより背が高いのだが、そういうことではなく空中からの声だ。数メートルほど上に浮遊していて、そこからエネルギー波というのか、ビーム的なものでクリスがスイカに攻撃してくる。それをスイカが、バリア的な何かで弾いて防御していた。常人なら、一撃でも当たれば大変なことになりそうな威力の攻防である。
『非常事態です! 現在、我が校の生徒である神無月西瓜とクリスティーナ師走が校庭で争っています! 危険ですから他の生徒は校内に避難して、絶対に出ないように! お願いだから大人しくして、事態が収まるまで何もしないように! 『学校の責任』とか言われるんだから勘弁してよ、もぉ!』
放送室から一斉放送で、校庭も含めた女子校全体へと、女性教師によるアナウンスが響く。涙声になっていて、教師って苦労してるんだなぁと、放送を聞いた生徒たちは同情した。
「スイカちゃーん、クリスちゃーん。ダメだよー、お昼休みが終わっちゃうよー。早く、お弁当を一緒に食べよー」
今や無人となった校庭の中央で、スイカとクリスが争っている。その二人に向かって、とてとてという擬音がつきそうな遅いスピードで、呼びかけながら校庭を走る女子がいた。言うまでもなく校内でも人気の美少女、神楽能愛である。教室では皆が窓を開けて、『ノアちゃん、走ってる!』、『ペンギンが歩いてるみたい……可愛い……』といった生徒たちの声が漏れていた。
スイカとクリスの周囲には複数の稲妻が落ちている。晴天なのに空から雷が発生しているのだ。ノアの周囲にも雷は落ちてきて、それでも彼女は走るのを止めようとしなかった。
「クリスちゃーん。そんなところにいたら、パンツが見えちゃうよー。スイカちゃん、クリスちゃんを下ろすのを手伝ってよー」
空中を浮遊するクリスに対して、そんな心配をする少女も珍しい。『ノアちゃん、優しい……』、『今日も輝いてるわ。推せる……』と生徒の声が漏れて、一部のファンはオペラグラスを取り出して神楽能愛の姿を見つめていた。
空間からの振動も、数々の稲妻もノアの足は止められない。恐怖というものを知らない幼児のようにノアは駆け続けて、しかしスイカもクリスも彼女の姿に気づけなかった。それほどに二人の争いは熾烈だったのだ。
ノアが二人の元へと辿り着く寸前、ついに雷が彼女を直撃した。教室からは複数の悲鳴が上がって、ようやく争っていた二人が、幼馴染の存在に気づく。「ノアちゃん!?」、「ノア!?」と悲痛な声が重なった。
雷の直撃が起きた周囲からは白煙が上がっている。最悪の事態が起こったのか、そうでなくてもノアのピンク色の髪がチリチリのパーマになってしまったのではないか。教室にいた女子の一人は恐る恐る、床へと取り落としたオペラグラスを拾って、再び校庭へと目を向けた。
「良かったー。やっと争うのを止めてくれたねー、安心したよー」
場違いなほど、いつもどおりのノアの声が聞こえてくる。煙が晴れて、スイカとクリスが見たのは黄金のオーラだった。キラキラとした神聖なエネルギーがあって、それがノアを包み込んで雷から守ったのだ。身体はもちろん、ピンク色の髪も無事である。
「ノアちゃん!」、「ノア、何ともないの!?」と、二人の幼馴染がノアの元へ赴く。地上にいた神無月西瓜が先で、宙から降りてきたクリスティーナ師走が後に続いた。
「うん、何ともないよー。クリスちゃんには今日、授業中に言ったでしょー。私、昔からケガってしたことないんだー」
状況を理解してるのか、していないのか不明な無邪気さでノアが笑う。スイカとクリスは、ノアの頭上を見た。二人には見える。今まで見えなかった高位の存在が複数、ノアのことを守護しているという今の状況が。その姿は舟に乗った七福神を思わせて、しかも数は七どころではなく、およそ数えきれないほど多い。
もしかしたら私たちは罰せられるのではないかと、争っていた二人が恐れていると。そのスイカとクリスに向けて、頭上からは声が聞こえてきた。
『喧嘩は程々にね』、『これからも、私らの推しと仲良くしておくれ』と。そう伝えると、ノアの守護神は再び、姿を隠していった。
「教室に戻ろうよー。早く、お弁当を食べよー」
そう神楽能愛が、二人の手を引っ張る。三人が笑顔になって、校庭を歩き出して。教室内ではドラマチックな出来事に大盛り上がりとなっていて、『来月の同人誌は、いつもの倍は刷るわよ!』と一部で指示が飛んでいた。