十月生まれの神無月西瓜(かんなづき すいか)
『十月にはハロウィン、そして十二月にはクリスマスが街を賑わせるのは今や定番である。その二大行事が突然、神無月西瓜とクリスティーナ師走という、二人の女子高生に憑依したかのような奇妙な現象につき真相は何もわかっていない。めでたい行事が近い時期に並んでいたら、いつかは『俺の方が、めでたい!』と行事同士が争うことも起こりえるのであろう。
そう考えてみると十一月があるからこそ、十月と十二月の争いが、決定的な衝突にならないのではなかろうか。前述した神無月西瓜とクリスティーナ師走が争う中、その間でふわふわと笑うピンク髪の少女、神楽能愛こそが真に萌える存在ではないか。あの三人組を推していく日々の中、時に私は、そんな感慨に耽ってしまうのだ』
──学校に出回る同人誌、『わが校の神秘 十一月号 神楽ノアちゃん特集』より抜粋。
女子校では理科の授業が行われていて、その教室内では、朝の登校時に三人組であった内の二人が並んで座っている。黒髪である神無月西瓜と、ピンク髪の神楽能愛であった。三人組は同じクラスなのだが、理科と社会は選択科目なので、それぞれ会えない場合があるのだ。
「あー、気分がいいわねー。あの忌々しいクリスマス女がいないと空気が美味しいわ」
「私はスイカちゃんもクリスちゃんも好きだよー。人を悪く言っちゃメッ、だからねー」
朝の登校時に争っていた、金髪少女の煽り口調をまねて、黒髪のスイカが朗らかに笑う。そんな彼女をノアが笑顔で叱った。まったく怖くはなくて、むしろ可愛い。
「そうね。あの女の煽り文句に、いちいち反応するのもバカらしいものね。何と言っても私は年上なんだから。年長者として、落ち着いた振る舞いで諭してあげないと」
これは誕生月の話で、神無月西瓜は十月、神楽能愛は十一月、クリスティーナ師走は十二月生まれである。この程度の差で大人ぶるスイカも子どもっぽい少女ではあった。
「そうだよー、スイカちゃんはお姉ちゃんなんだからー。キリッとしててカッコイイのは昔から変わらないよねー。私と大違いだから憧れちゃうなー」
「そ、そう?……。嬉しいけど、そこまで褒められるようなものじゃないわよ。転勤でイギリスに引っ越したときだって私、ノアちゃんと別れたくなくて大泣きしちゃったし。だから、『きっと、また会えるよー』っていう、貴女の言葉を信じてて。それが、本当に実現するなんてね」
授業中なのだが、教師は二人の会話を邪魔しない。今は生徒を叱りにくい時代というのもあるが、要は神無月西瓜のことが怖いのだ。彼女がイギリスで『パンプキン大王』に憑依されたというのは、この学校では周知の事実である。
「私も驚いたけど、でも意外ではなかったんだよねー。必ず、またスイカちゃんと再会できるっていう確信があったんだー。何だろうねー、神さまが教えてくれたのかなー」
神楽能愛から見た神無月西瓜は、昔から何も変わっていないようだ。小学校に入る前から、二人は幼馴染であった。ちなみに朝にケンカしていたクリスティーナ師走も同様で、三人ともに幼馴染なのである。が、神無月西瓜とクリスティーナ師走は、再会するまでお互いのことを忘れていた。
「あのね……前にも話したけど私、イギリスで暮らしてる間に、夢の中でパンプキン大王からお告げがあって。『世界にハロウィンを広めよ』って言われて、不思議な力も授かったのね。そのことは受け入れてるのよ。ひょっとしたら私がノアちゃんと再会できたのも、パンプキン大王の導きかもしれないし」
「うん、それでー? 何か悩みがあるのー?」
「上手く言葉にできないけど……パンプキン大王からの使命を果たそうとして、それが、いつかノアちゃんを不幸にするようなことに繋がったら嫌だなぁって思うの。もし、そうなりそうだったら、私のことを止めてくれる?」
「もちろん! 絶対、止めてあげるー。だからスイカちゃんは、頑張ってハロウィンを広めてねー」
きっと友人であるスイカから、『世界を救ってくれる?』と頼まれても、『いいよー』とノアは即答するのだろう。神楽能愛とはそういう女子であり、高校の中で彼女の隠れファンは多いのであった。
「あ、ありがとう。嬉しいわ……。イギリスでハロウィンって、そこまで盛り上がってなかったから。だから私、日本でハロウィンを益々、広めてみせるわ!」
ノアの隣で、嬉しそうに頬を上気させてスイカが宣言する。そんな二人を見て、教室内の女子生徒は『はぁ……、尊いわぁ……』などと喜んでいた。
ノアの幼馴染である神無月西瓜も、ピンク髪のノアとは対照的な和風の黒髪キャラとして女子校内での支持を得ており、ノアとスイカのカップリング同人誌は出るたびに完売となっている。ノアのもう一人の幼馴染である、クリスティーナ師走についても同人誌が出ているのだが、当事者の三人はそのことを全く知らない。