第36話 神殺し
俺は生まれた瞬間に神を殺した。
正確にはすぐ死んだわけではない。しばらくしてからその傷がもとで死んだってとこだ。
では一体誰を殺したのか?
それは………俺の母親だ。
俺は伊邪那岐命と伊邪那美命の子供として生を受けた。
だが、生まれ持っていた俺の力は火だった。
生まれてくる赤ん坊に力のコントロールなんてできる訳が無い。
最大火力の火を出し、母親の身を焼きながら生まれた。
その火傷が元で死んでしまった。不可抗力とは言え齢0歳にして初めての殺しだった。
父親の伊邪那岐は怒りに身を任せ、刀を手に取り、赤ん坊だった俺に向かってきた。
そして、その刀身を振り下ろし、俺は実の父親に殺された。
……と思っていた。
ある時、ふと目が覚めると知らない小屋の中にいた。
傍には助産役をしていた侍女がいた。
「目覚められましたか……」
「私は貴方様の父君である、伊邪那岐命様の命を受け、貴方様をこの小屋まで運びました」
「ここは高天原の中心部の外にある、森の小屋です。ここで貴方様には暮らしてもらいます」
「伊邪那岐命様は一度は怒りで我を忘れ、貴方様を斬り殺そうとしましたが、思いとどまられ貴方様を高天原の中心部から追放する事になされたのです」
そういうわけで生き延びた俺はこの侍女と共に、生活することになった。
侍女は食事を作ったり、洗濯、掃除の家事の他、俺に読み書きを教えるなどの教育もしてくれた。
だが、そんな生活も長くは続かなかった。
俺が5歳頃、突然侍女がここを去らねばならないと言い始めた。
俺は引き留めようとした。しかし、結果は変わらなかった。
けど、去る前に俺にいろいろなものを残していってくれた。
「心苦しいですが、伊邪那岐命様の命により、ここを去らねばなりません」
「しかし、貴方様に贈り物をしてから去りたいと思います」
「まず、1つ目の贈り物は名前です。貴方様は自身の名前を知らず、私自身も知らなかった為、坊ちゃんと呼んでおりましたが、今回の命を受けたとき貴方様の名前を教えてくださりました」
「火之迦具土神。これが貴方様の名前です。名付けは……母親である伊邪那美命様でございます」
火之迦具土神。俺が殺してしまった母親から贈られた名前だ。
いい響きで、しっかり考えて付けてくれたと分かる名前だ。
「そして、2つ目がこちらの剣になります」
そう言って侍女の差し出した剣は俺を殺そうとした時に、伊邪那岐の持っていた剣と全く同じだった。
「これは天之尾羽張という剣でございます。これは伊邪那岐命様が使っていたものにございます」
手渡された剣は子供だった俺には重かったが、力に満ち溢れた剣で名刀というのは子供の俺にもわかった。
「最後に、伊邪那岐命様から伝言を預かっております。『強くあれ』と」
伝言を伝え終わると、侍女は何も言わず去っていってしまった。
『強くあれ』この言葉は俺のここからの行動原理になった。
だが、俺はこの言葉を深く考えず、受け取ったままに行動したが為に、今尚後悔することになる過ちを犯してしまう。
ーーーーーーー
侍女が去ったあとの俺の生活は一変した。
『強くあれ』この言葉通り強くなる為に剣を振り、鍛錬を繰り返し、食事は木の実や動物を殺して得た肉をそのまま焼いて食う。という野生に逆行した生活を送っていた。
俺は強くなる為に必要なことだけを行い、必要ないことは何もしなかった。
ただ、言葉だけは忘れないように、一人で何か喋ったり、地面に書いたりしていた。
そうして大きくなっていった俺は強い奴を求めて旅をするようになった。
高天原に限らず、様々な世界に行った。もちろん地球も。
行く様々な世界で多様な強者と出会いそして、俺はその神や人間を殺していった。
俺がこの時殺した数は数百でわは済まない。おそらく千でも足りない。万は殺していると思う。
そんな時俺はさらなる強者を求め死者の国に足を踏み入れることにした。
死者の国に行こうとした理由は強者と戦うだけでなく、死して死者の国の女王となった自分の母親に会うことも目的としてあった。
黄泉比良坂を越え、死者の国の手前まで来た。目の前には大岩がある。
これは親父が昔、死者の国から帰る時に置いた岩だった。
俺はこの岩を人が一人入れる程度にずらし、死者の国へと足を踏み入れた。
死者の国は暗く、淀んだ空気をしているとかそいうわけではなく少し薄暗く、不気味な程度だった。
奥に進んでいくと目の前に石の神殿が現れた。
この道中に俺の求める強者はいなかった。俺が殺したやつを数人見かけたが目も合わせようとしなかった。
俺はこの中に自分の母親がいると確信して、中に入ろうとした。
「待て」
背後から声がし、振り向くと男が立っていた。
筋骨隆々のたくましい背格好だ。
「御殿になんの用だ」
「自分の母親に会いに。あと、お前の様な強者と戦いに」
「貴殿、もしや火之迦具土神殿か?」
「そうだ」
「生者がこの国に来ることは許可されていない。今すぐ御帰宅願いたい」
「無理な願いだ。目的の目の前まで来ているのに」
「ならば力付くで立ち退かせてもらおう」
「集え!八雷神!!」
奴が号令をかけると、御殿の奥から似た顔に似た体型の男が7柱もでてきて、俺を取り囲んだ。
「我ら八雷神、伊邪那美様を守る近衛であり、生者を追い返す門番でもある」
「貴殿には立ち退きいただく」
「いざじんじょ……」
「遅いし、長ぇんだよ」
瞬時に刀を抜き、円形にぐるりと回り一瞬で7柱の首を落とした。
最初に俺に話しかけて来たやつだけ避けたな。面白い。
「お前強いな。あれ避けるとは大したもんだ」
「我が兄弟たちを良くも……!許さぬぞ!!」
「殺る気だったんだししょうがねぇじゃねぇか」
「だが不意打ちとは卑怯な……!!」
「一対八しようとしてたんだからそれぐらいいいだろ」
「確かに貴殿の言うことに一理有る。故にここからは一対一で正々堂々兄弟の仇を取らせて貰う。それとここから立ち退いて貰うぞ」
「いいぜ。所でお前の名前は?」
「我は火雷神なり」
「火雷神か、覚えとくぜ!」
刀と拳が激しくぶつかり合う。
素手なのに刀より射程も短いのに有利に感じない。
それほどまでに奴のスピード、パワーは素晴らしかった。
初めて自分と戦って劣らない奴を見た。一進一退の攻防、こんなの初めてで新鮮で堪らなく楽しかった。
今まで生きてきた中でこれほど楽しく心躍った時はなかった。
だからこそ負けたくなかった。勝って更に高みへ進んでみたかった。
俺達が戦い始めてどれぐらい経っただろうか。
三日三晩という言葉では表せないほどの時が過ぎたと思う。
互いに疲労も限界に来ており、体もぼろぼろだった。
そろそろ決着を着ける!
互いの意識は一致していた。
実際この後決着がつくことになる。
しかしそれはなんとも呆気ない決着となった。
先に仕掛けようとしたのは火雷神の方だった。
奴は俺の懐に入り込もうと前に一歩出ようとした時、足下の小石につまづき体勢を崩した。
俺はその隙を見逃さず、両腕を切り落とし、刀で奴の胸を貫いた。
「見事………な………り」
絞るような声で言われた。
即死だと思っていたので意外だった。
「俺が勝ったが正直、俺が負けてもおかしくないぐらい紙一重の戦いだった。こんな強者と戦ったのは初めてだった。お前と戦えてよかった、心から感謝する」
俺も讃える言葉を残し、跡にしようと思った。
「ま………て」
背を向ける俺を呼びとめる声がした。
「まだ話たい事があるのか?」
「……我の力を……貴…殿に授け…たい」
「雷の力を?」
「そう……だ」
「我を喰らえ……!肉を全て喰らえば力を得ることができる……!」
「は……?」
「ちょっと待て!それってどういう……」
火雷神はとっくに事切れていた。
死体を喰らう……?喰らえば力が手にはいる……!さらに強くなれる……!
いや!違うだろ…それは…
最初はそのまま去ろうとした。
だが、気づいた時には切り落とした右腕に齧り付いていた。
結局俺は”力”という誘惑に勝てなかったのだ。
肉は硬く、生前は筋肉質であったことを彷彿とさせる。
吐き気が込み上げてくるのを抑えながら食べ続けた。
そうして食べ続ける中で一つ気づいた。
今まで戦ってきた奴等に戦う理由とか、強くなる理由がないと思っていた。
でも違った。それぞれに戦う理由があるし、強くなる理由もあったんだ。誰かを守るとか。
それを俺は俺が強くなる理由よりも弱いからって無視してきたんだ。
火雷神は戦う強い理由を持っていた。強い意志があった。奴と戦ってそのことにも、今までの奴等が理由を持っていたことにも気づけたんだ。
『強くなれ』この言葉には単なる腕っぷしの強さだけではなく、守る強さや想いを背負っていく覚悟や責任の強さ等の意味が含まれている事が今なら分かる。
俺は愚かだ。
万の数の人間や神を殺してやっと気づいたのだから。
彼等の理由、意志、覚悟を自覚し今それが一気にのしかかってきた。
重い。
それはとてつもなく重く、今にも潰されそうだ。
気付いたらもう少しで全ての肉を食べ終わる所だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
溢れ出る謝罪の言葉。背負ったと同時にこみ上げてきた罪悪感を謝罪の形で吐き出さずには居られなかった。大粒の涙を流し、最後の一欠片まで残さず喰らった。
肉を全て食べ終えた俺は骨を埋葬し、手を合わせ手厚く弔った。
そして、御殿に軽く礼をし、死者の国を跡にした。
その場で力を試すことはしなかった。後日試した所しっかり雷も出せるようになっていた。
そんなことはどうでもいい。
俺はこの力を戒めにすることにした。
滅多なことがない限りこの力は使わない。
この力は俺の後悔そのものだ。
その後しばらくして、俺は高天原の中央部に呼び戻された。
そして、中央の政権争いに巻き込まれ戦いに身を投じることになった。
俺はその争いで誰も殺さなかった。というかこれ以上殺せなくなった。
だからといってむざむざ殺されるわけにもいかない。
万の意志と覚悟を背負って生き続けなければならないのだから




