竜の支配者
【1】
アリサが、竜を従えて、森林エリアを支配している。
俺は、シオン先輩が何を言っているのか、まったくわからなかった。
「シオン先輩。変な冗談はやめてくださいよ」
「本当よ。信じられないかもしれないけど」
「アリサは、優しい子で、支配とかそういう言葉は似合わない子です」
「ええ、私もアリサのことは知っているわ。
竜に、とても深い愛情を注いで育立てる、あきれるほどにやさしい子よね。
そんな子だからこそ、竜を従えることが容易だったということよ」
「いったい、どういうことですか」
「私が少し前、飼育員の安否確認の調査をしていたときのことよ。
……森林エリアの竜のすぐ近くに、アリサがいたことに気づいたわ。
一緒に行きましょう、と誘っても、来る気配がない」
俺が沈黙しながら聞いていると、シオン先輩は言葉を続ける。
「そのとき、アリサのすぐ横には竜がいた。
でもその竜は、アリサを襲おうとはしない。
むしろ、仲良さげな様子だったわ」
「そんな。制御魔法が切れているのに、
アリサは竜に襲われなかったのですか」
「そうよ」
「それはどうして……。
はっ、まさか!」
「アリサの育てている竜だったのよ」
「!」
「その竜だけじゃない。
森林エリアに多数生息する竜は、
アリサの飼育の影響を受けている。
愛情のある飼育の影響を、ね」
「ということは、アリサは……」
「森林エリアの竜を多数従えて、今も竜と一緒に生活しているわ」
「そんなことがあるんですね。
制御魔法が切れているっていうのに」
「不思議な話よね」
「そっとしておけばいいんじゃないですか……。
正直、今の俺たちには、アリサを助けている余裕はないですよ。
そのままにしておいても、無害だと思いますし」
アリサの話はショックだったが、正直なところ、
命の危機を冒してまで対応することのようには思えなかった。
竜と仲良くしているのであれば、わざわざ助けにいく必要はない。
「ユート君。
たしかに、アリサが竜と仲良くしているのは、別にどうでもいいことだわ。
それに、アリサの性格的に、私たちに竜を襲わせることもしないでしょう。
もっと別の理由があるの。話していいかしら?」
「別の理由?」
「武装集団への対抗手段よ」
「対抗手段……どういうことですか」
「アリサの従えている竜たちを使って、
制御室を占拠している武装集団を追い出すのよ」
「そんな……そういう方法をとるのですか」
「それ以外にやりようがあるの?
……私たちはまともな武装はないのよ。
助けにくるはずの軍隊だって、今すぐ来る保障もない」
「たしかにそうですね……。
でも、アリサが許してくれるでしょうか。
竜を俺たちのために使うことを」
「許してはくれないでしょうね。
だからユート君に話したのよ。
ユート君はアリサと仲が良かったわね?
私じゃ説得が難しいから、ユート君にその役を頼もうと思ってね」
「そんな……いくら俺でも無理ですよ。
アリサの竜への入れ込みようは半端ないですよ。
俺が引いてしまうくらい……。
竜を武装集団に戦わせるくらいなら、
アリサ自身が犠牲になる道を選ぶでしょうね」
いくらなんでもそこまでするか?
と自分で話してて思ったが、アリサならやりかねない。
自分の愛する竜を戦場に送るくらいなら、
アリサ自身が犠牲になってでも食い止める。
アリサはそういう性格だ。
首を縦には振らないだろう。
「それでも、他に対抗手段が無い以上は、
アリサを説得してでも、竜を動かす価値はあるわ。
ユート君。私に力を貸して。お願い」
シオン先輩が、懇願してくる。
こんなに思いつめた表情のシオン先輩は初めて見た。
いつも冷静で優秀な人だから、なおさら。
もしかしたら、飼育員の安否確認のために、
島のあちこちを見て回り、情報を集めているうち、
あまりの惨状に、絶望を感じてしまったのかもしれない。
「わかりました。やるだけやってみますよ。
でも俺だけじゃ不安です。
アヤノさんやエルマを連れて行ってもいいですか?」
「どうしてそのふたりを?」
「アヤノさんは制御魔法を使えますし、万一のときに役立ちます。
エルマは……ええっと。
意外にも頭の回転の早い子なんで、俺の相談役ですよ」
エルマの同行ついては適当な理由でごまかしてしまった。
実の理由を言うと、
竜に変身できるエルマは、いざというときに、竜を説得できたりして
頼りになるからだ。
飼育場で車を囲んでいた竜たちをどかしてくれたのは、エルマの功績だ。
エルマの正体がシオン先輩にバレてしまう可能性もあるが、
俺たちの命には代えられない。
「……わかったわ。いいでしょう。
私と、ユート君、アヤノ、エルマ。
このメンバーでアリサを説得しに行きましょう」
シオン先輩は、特にエルマについては疑念を持っていたようだったが、
しぶしぶ納得してくれた。
【2】
「じゃあ明日、森林エリアに行くから、しっかり休んでてねー」
シオン先輩は、少し疲れた表情だった。
おそらく今日は、島中あちこちを回ったのだろう。
竜との戦闘も多かったに違いない。
もしシオン先輩が疲労で倒れてしまったら、
きっと竜を撃退するのに苦労するだろう。
そのときは俺が頑張らねば……。
それは別として、俺も疲労を感じていた。
俺は、手近な椅子にどかっと座る。
思わず「ふぅ……」という声が出てしまう。
まるで一日中飼育作業をやっていたかのような疲れだった。
なんだかんだ言っても竜の飼育は肉体労働なので
かなり体力を使うものなのだ。
まあ、きょうは竜の飼育など一切していないわけだが。
そのかわり、車を運転したり、飼育場を点検したり、
自称俺の娘を名乗る少女が現れて対応したり、
で結構疲れてしまっていた。
お腹もすいた。
だがシェルター内の食糧は限りがあり、バカスカ食うわけにはいかない。
食糧を節約しないと……。
そんなことを考えたら余計にお腹が減ってくるのだった。
まずい。
こんな疲労感と空腹感でそのまま明日を迎えてしまうと、
俺はもたないかもしれない。
そんなときにアヤノさんが話を持ち掛けてくるのである。
「実は、竜の制御魔法は、催眠術の応用なんです。
催眠術ってわかりますよね?
人を操ることができるんですよ。
で、催眠術を使って、ユートさんの疲労と空腹を
感じなくさせることができますよ?
明日のお仕事(アリサの説得)頑張らないといけないですよね…?」
恐ろしいことを言わないでくれ。ブラック企業の手先かよ。
俺は丁重にお断りしたあと、なけなしの食糧を口にした。
非常食。缶詰。よくわからない錠剤(栄養剤らしい)。
お腹は膨れるが味気ない。
これが毎日出たら人生は灰色になってしまうだろう。
彼女無し独身なうえに娘持ちシングルファザー底辺労働者になってしまった時点で
すでに人生灰色な気もするが、
俺は明日からの重要な仕事を頑張らないといけなかった。
この島を救うために……。
さて寝るか。
と思ったが、寝付けない。
つい昨日までベッドの上で寝ていたのに、
いまや床の上に、うっすい布をしいて寝ているだけだ。
床がかたい。眠れない。
最悪な環境だ。
眠れず、イラついた俺は、愚痴をぼそっと言ってしまう。
「つい昨日まで、
ベッドの上でエルミー(※竜の状態)の
抱き枕を抱いて気持ちよく寝ていたのに……」
危ない愚痴を言ってしまった。
俺は思わず、辺りを見回す。誰もいないな。
自家製のエルミー(竜)抱き枕を毎日抱いて眠っていることがバレたら、
俺はもう他の人たちに顔向けできない。
「お父さん、呼んだ?」
エルミー本人が来てしまった。どこに隠れていたんだ?
と言いたくなるくらい、いきなり現れた。
エルミー……。いや、今はエルマと呼んでおこう。
混同すると、いずれみんなの前でエルミーと呼んでしまいかねない。
「い、いや、なんでもないよ」
「わたしを抱いて眠っていたって聞こえた」
「わー! わー! わー! やめろ!」
「どうしたの、そんなにあわてて」
「あ、あわててないよ。
エルマがいきなり現れたから驚いただけだよ」
内心めちゃくちゃ恥ずかしい気分になっているが、
平静を装うことにした。
「お父さん、わたしと一緒に寝る?」
爆弾発言を発しながら、
エルマは寝転がると、俺のすぐ横に寄り添ってきた
「お、おい! ややややめろ!」
平静なんて無かった。俺は飛び起きる。
「どうして?
お父さんは、わたしの抱き枕……?を抱いて毎日寝てたんだし、
わたしを抱いて眠ればすぐ眠れるよ!」
「ま、待て! 周囲の目がだな……」
「いや……なの?」
エルマは目に涙を浮かべた。
そんな顔をするのはやめてくれ。
断れなくなるだろ。
エルマの泣き顔は、俺を服従させるくらいの威力があった。
「いやじゃない。
わかった。好きなようにしてくれ……」
「やったぁ! じゃあお父さんと一緒に寝る!」
小さくて柔らかな肢体が俺によりかかってくる。
エルマは喜びながら、べたべたと俺に抱き着いてきた。
むしろ俺の方が抱き枕となってしまうのだった。
でもこれだけは言わせてほしい。(心の中で)
俺は、少女と寝るより、竜と寝たいんだ!
そして夜が明け、目が覚めると、
アヤノさんに白い目で見られたのは言うまでもない。
つづく