ちょっと竜の様子を見てくる
【1】
「この島は今、バリアで覆われているの」
「バリア……?」
「そうよ。竜を島外に出さない為にね」
「でも、今まで船で外部と行き来できたじゃないですか」
「制御室が機能停止に陥ると、
バリアが自動的に発動するのよ。
こうなると、島内と島外は完全に遮断されるの。
だから、軍隊もなかなか島には来れない」
「そんな……!
バリアを解除できないんですか!」
「バリアを解除するには、大臣の許可が必要よ」
「えぇ……?」
大臣の許可とは一体……。
この国の大臣か?
一気に話が大きくなってきたな。
「よく考えてみて。バリアを解除すると、
島内にいる竜たちが、外に向かう可能性があるのよ。
もし本土に上陸でもしたら、大変なことになるんだから」
「そうはいっても、俺たちも命が惜しいですよ」
「バリアを解除するために、大臣たちが会議を重ねて、
場合によっては国民投票までやって、
軍隊が準備整えて、最低数か月でしょうね」
「……」
ひどすぎる。
俺は泣きそうになった。
こんなことがあっていいのだろうか。
とりあえず、軍隊が頼りにならなそうなのはわかった。
でも数か月も、テロリストだの竜だのが徘徊する島で生活したくない。
そもそも水や食糧は足りるのだろうか?
頭が痛くなってきた。
きょうはもう何も考えたくない。
俺は一気に脱力し、そのまま眠ってしまった。
【2】
夢を見た。
俺が竜に襲われる夢だ。
俺は、無我夢中で戦ったが、竜には傷一つ負わせることすらできず、
無様に追い詰められていった。
そのとき……。
俺の目の前に、正体不明の、謎の人間が現れた。
その人物は、竜をあっという間に消し去ってしまった。
俺は助けられた。
人物は、俺に微笑みかける。
何者なんだ?
俺は、その人物の顔をじっと見る。
それは、見たことのない少女だった。
俺よりずっと年下だろうか。子供と言ってもいい年齢に見える。
でもなぜだろう?
俺は、この少女と昔から知り合いだった気がする。
なつかしく、情があり、絆を感じた。
【3】
起きたら、無機質な青い天井が見えた。
そうだ。
俺は、シェルターに逃げてきたんだった。
体が痛い。
硬い床にそのまま寝ていたからだろうか。
時計はどこにあるのだろう?
地下シェルターなので、今の時間帯がよくわからない。
「ずいぶん長く寝ていたようですね」
アヤノが話しかけてくる。
「お、おう……」
寝ぼけた声で答える。
「シオン先輩は?」
「シオンさんなら、従業員の安全確認のため、
見回りにしに行っています」
「そうか……」
シオン先輩も疲れているはずなのに、
ずいぶん頑張るんだな。
俺には真似できそうにもない……。
「夢でも見てたんですか?
うなされてましたよ」
「ああ。ちょっと竜に襲われる夢でな……」
アヤノは、同情するような視線を俺に送った。
「休んでばかりもいられない。
今、この島は、竜が徘徊し、テロリストもいるはずだ。
俺たちはどうにかこの状況を打開しないといけない」
「ええ、そうですね。
でも……何から手をつけましょうか」
「そうだな……」
何から手をつければいいのだろうか?
当面の食糧と水は、シェルター内にいればどうにかなる。
取り残された従業員や観光客はどれくらいいるのだろうか?
助けに行く行動をとればよいのだろうか?
今回の事件の発生は、深夜だ。
観光客は、普通深夜に外に出歩くことはない。
いたとしても、宿泊施設だ。
宿泊施設はセキュリティが固く、そう簡単に竜が来れないようになっている。
従業員も、島内の通信設備が生きているかぎりは、連絡をとりあえるし、
安全確保も比較的容易だ。
シェルターに来る途中で息絶えた可能性もあるが……。
そうだ。
俺は、エルミーを探さないといけない。
我が愛しの飼育竜。
いまどうなっているのだろう。
暴走しているのだろうか?
そうなっていたら怖いけど、それでも今の姿を確かめたい。
「わがままになってしまうかもしれないけど、
俺は、自分の飼育竜の様子を見に行きたい」
「えっ……。危険ですよ」
「わかっている。それでも見に行きたい」
「ユートさん。でも勝手な行動はまずいですよ」
「勝手な行動をとったら、シオン先輩に怒られるかもしれないな。
アヤノさん、きょうのことは黙っていてくれ。
俺、すぐ見に行って、すぐ帰ってくるから」
「ユートさん。私も行きましょう」
「えっ? いや、アヤノさんまで来なくてもいいよ。
危険だし、あとで怒られるかもしれないし」
「ひとりで行くのは危険と言ったのです。
私もいれば、少しは危険も減ると思いますよ。
竜1体程度なら、制御魔法で大人しくすることもできますし」
「無理すんな。ケガしてるだろ」
「一緒に行かせてください。
ここにはいづらいですし」
「いづらい?」
アヤノはこそっと耳打ちしてくる。
「私は制御魔術師です。
このシェルター内ただひとりの。
あとは飼育員さんとか、事務員さんっぽい人たちだらけで、
なんだかいづらいんです。
それに、制御魔術師というだけで、変な目で見られますし」
「制御魔術師はそんなに変な目で見られるものなのか?」
「私の考えすぎかもしれませんが……。
制御魔術師は、竜を制御するために、
ずっと勉強漬けで能力が偏ってるんです。
だから、他の人と比べると、変人扱いされやすいんです。
エリート扱いする人もいますが、
そんなにエリートじゃないですし変人の集まりです」
「アヤノさんはそんなに変人に見えないけど」
「私は変人ですよ」
自らを「変人」と紹介するのか……。
俺はあっけにとられたが、ここまで言われたら仕方ない。
アヤノを連れていくか。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう。
でも、危険ならすぐ引き返すようにね」
「はい!」
こうして、俺とアヤノは一緒に、エルミーの様子を見に行くことになった。
つづく