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ふたりでやる?

「……なにも湧かねえわ」

 我がむさくるしい六畳間で、頭を捻りうんうん唸った末に出た台詞である。

 手にしていたペンをテーブルの上に放り、俺は畳の上に寝転がった。

「諦めないでくださいよ」

 テーブルの向かいに座る飯田少年の軽く窘めるような声が聞こえた。

 俺は両手を畳につき、体を押し上げた。テーブルの上には俺の書き殴った文字と飯田少年の均整のとれた文字とがづらづらと並んだコピー用紙が広がっている。そしてその上にいましがた投げたペンが転がっている。

「期限は明日の昼なんですから」

「いや、もう今日だろ」

 時刻は十二時をまわっている。

 あと十二時間ほどでリミットだ。俺たちが所属する文芸部の、課題提出時刻のリミット。

 課題内容は詩。ついでに合作。我らが文芸部は基本的には小説を書くサークルなのだが、表現能力向上のためということでたまに川柳や詩の課題が部長から出されるのだ。

 現在、俺たちは暗礁に乗り上げていた。いまひとついい詩ができ上がらない。

「もう適当なのでよくね?」

「俺は篠田さんに殴られたくないっす」

 雑な出来だった場合、部長の鉄拳制裁が下る。やつは筋骨隆々には程遠い体型をしているのだが、自分の手を顧みずに渾身の力で相手を殴るのでその威力は洒落にならないのだ。

「あー……」

 面倒だ。合作というのが特に。俺ももう三年。自分一人ならそれらしいものを作ることだってできるが、二人となるとそうもいかない。感性が違けりゃ嗜好も違う。二つを融合させることはおろか折り合いをつけることすら難しい。俺が経験した中で、飯田少年は一番相性が悪い気がする。

 俺は、目の前で険しい顔をしてコピー用紙を睨んでいる飯田少年をじっと見る。

「…………お前って、やっぱ美少年だよな」

「現実逃避はやめてくださいよ。あと少年って歳でもないですから」

 お決まりの台詞が返ってきた。

 飯田少年は一年であり、確かに少年ではない。だが、童顔かつ整った顔をしていて、やはり美少年なのである。飯田少年という呼び名は、そこから着想を得て俺がつけた一種のあだ名のようなものだ。

「お前の顔を褒め称える詩を作ろうか」

「却下です」

 にべもなく断られ、部屋には沈黙が訪れた。

 時間は無情にも過ぎていく。成果は何も上がらない。疲労が睡魔を呼び寄せ、睡魔に抗うことでまた疲労がたまる。悪循環を打開する術などなく、眠気覚ましに二人してガムを噛みながらひたすら詩を作り続けた。

「あー……」

 疲れた。甘いものが食べたい。頭を使い過ぎた。俺は呆けた顔で天井を見上げる。

 不意に、

「あっ、そっか」

 飯田少年が呟く。少年の顔を見れば、疲労は見られるものの、それでもやはり美少年である。さすがである。

「俺、気づいちゃいました」

 しかし、よく見れば目は虚ろだった。というか焦点が合っていない。

「詩……っていうか言葉って、口から紡ぎだすものじゃないですか」

「そうだな」

「ここに先輩の言葉がある」

「ああ」

「そこに俺の言葉が入る」

「ああ」

「これって、キスですよね?」

「ああ?」

「口から出たものがこの……この紙の上で! こう交わってるんです!」

 飯田少年は用紙を指差し熱弁する。

「つまりキスですよ! ディープキスです!」

 俺は少し考えた。

 そうかもしれない。

「ああ」

 飯田少年がこれだけ熱く語っているのだ。きっとその通りだ。

「なんで俺たちの詩が駄目なのか。自分一人で勝手にやってるからですよ。一人でやってちゃ駄目。キスしなきゃ合作なんてできないんです!」

「おお」

「だからしましょう!」

 言いながら、飯田少年がガムをティッシュに吐き出す。

「なるほど!」

 俺もガムを吐き出した。

 飯田少年がテーブルに手をつき身を乗り出す。俺もそれに倣った。

 テーブルの上で唇を重ね、舌を絡める。

 コーヒーでなくガムを選んでよかったな、なんてことをしばらく考えていたら、飯田少年が口を離した。俺もそれに倣う。

「さあ、書きましょう!」

「そうだな!」

 俺たちは改めて詩作に取り掛かった。


 気づけば、俺は畳の上に転がっていた。カーテンの隙間から朝日が差し込んできている。時計を見れば、丁度日が昇り始めた頃だ。

 身を起こし、視線を巡らす。テーブルにはコピー用紙が散乱し、その向こうでは飯田少年が眠っていた。寝顔も美少年である。

 俺は昨晩書き上げた詩に改めて目を通した。

 小さなため息が出る。鉄拳は不可避。はっきり言って駄作である。

 大きな欠伸をして、飯田少年の方を見る。まだ起きる様子はない。

「……俺は一人遊びでいいわ」

 意味もなく口を拭って再びその場に寝転がり、俺は緩慢な動作でズボンをずり下げた。

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