燐とした人
寒い日に外に出ると、ことさら意味もないのに吐く息が白くなるかどうか確認してしまうものだ。少年はそう思った。
それを口に出すかどうか思案したが、隣を歩く少女を横目で一瞥したのちにその考えを引っ込めた。
学校へと向かう道すがら、付き合いの長い彼ら二人の間に会話がないことは別段珍しくもない。少年の側に会話で少女を楽しませようという気もまったくない。
少年が先の考えは引っ込めたのはその内容があまりに下らなかったからではなく、少女の顔に気になるところを見つけたからだった。
「こっちだけ、頬が赤くないか?」
「ん? ああ、これね」
頬が赤みを帯びてもおかしくない寒さだが、少女の頬は左右でちぐはぐな色合いをしていた。
「昨日の夜、じいちゃんに思い切り引っぱたかれたんだよね」
「なんで?」
「さあ? 目茶苦茶酔っぱらってたし、昼間何かあったんじゃない?」
「それはまあ……ひどい話だな」
同情しか感じられないが、相手が人様の祖父のためあまり悪し様に言うのも気が引けて、少年は言葉を濁す。
「それでさ、今朝じいちゃんが庭で乾布摩擦してたんだけど……」
「元気だなぁ、おい」
「上を全部脱いでて寒そうだったから、こう、背中を一生懸命さすってあげたの」
少女は両手を前に出して激しく上下させる。
「こう。こうやってね。全力でやったからもう汗かいちゃったよ」
あはは、と少女は笑う。
少年はしばらく無言でいたが、ぽつりと呟く。
「……お前は結構ひどいよな」
「そんなことないでしょ」
少女はにこにこと笑っている。
少年は渋い顔をする。
しばしの沈黙。
不意に、少年が手を動かす。両手を顔の前で合わせ、ため息をつくように息を吐きかけた。赤くかじかんだ指を白い息が包むが、さして温かくもない。
「ポケットに入れれば?」
「嫌いだって知ってるだろ? 歩きづらくなる」
「背に腹はかえられないって言うじゃん」
少女は少年と同じように両手を顔の前で合わせ、息を吐きかけた。
「うん。やっぱりこれじゃ意味ないって」
しきりに息を吐き、眉をしかめてみせる。
「あっ、手をつなげばよくない? それならあったかいよ?」
「いやだ」
「人肌こそ至高だよ?」
「いやだ」
「恥ずかしがらなくてもいいのに」
「恥ずかしがってねえよ。怖いだけだ」
「それって、饅頭怖いってやつ?」
「違う。よくそんなの知ってるな」
「じいちゃんの影響かな?」
あはは、とまた笑いながら、少女は合わせていた両手を上下に擦り合わせ始めた。
すると、その手の間に火がついた。
「おぉー、あったかいねぇ」
火は手の平を舐めるように広がる。少女は両手で楕円を作り、その中に火を閉じ込めた。
少年の目に、指の隙間からゆらゆらと揺れる炎が見える。
「はい、どうぞ」
少女が両手をそのまま少年の方へ向ける。少年は自分の手で少女の手を包み込むように、外から覆った。
「どう? やっぱりこれが一番?」
「人肌じゃあ火には勝てないよな」
「うわー、さすが火だね。文明の利器!」
「違うだろ」
「まあ、使いようによっては身を滅ぼすってことで」
少女はひとりでけたけたと笑う。
「放火犯にならないようせいぜい気をつけろよ?」
「大丈夫。そばに燃えやすいものでもなければ、ひとりの人間を燃やすのがやっとだもん」
終始笑顔の少女に対し、少年は両手をそのままに空を見上げた。そうして、白く濁ったため息を盛大に吐き出した。