第36話 「返事の正解がわからない」
直人は、“返事”が苦手だった。
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ただ「はい」「うん」と言えばいい場面でも、 頭の中で一瞬止まってしまう。
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その一瞬が、 いつも遅れになる。
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朝の教室。
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先生が言う。
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「じゃあこの問題、分かる人?」
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誰かが答える。
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先生がうなずく。
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「そう、それでいいね」
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その流れを見ている間に、 直人の中でも答えが浮かんでいる。
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でももう遅い。
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“今言っても変だろうか”
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その考えが挟まる。
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結果、何も言えない。
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昼休み。
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友達が話しかける。
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「さっきの授業さ、むずくなかった?」
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直人の中には、 「難しかった」という感覚はある。
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でもそれを、 どのテンポで返せばいいのか分からない。
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すぐに言うべきか。
笑いながら言うべきか。
軽くうなずくべきか。
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考えている間に、 少し間が空く。
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「……あ、うん」
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返事は遅れる。
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相手は気にしていないように見える。
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でも直人の中では、 その遅れが残る。
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放課後。
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先生が呼びかける。
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「明日プリント忘れないようにね」
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周りは「はーい」と返事する。
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直人も返そうとする。
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でも一瞬だけ迷う。
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声の大きさはどれくらい? タイミングはいつ? 今でいい?
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その間に、 周りはもう次の動作へ移っている。
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結局、 小さな声で「はい」と言う。
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届いたか分からない。
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家へ帰る。
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母が聞く。
「返事ちゃんとしてる?」
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直人は少し考える。
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「してると思う」
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曖昧な答え。
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本当は、 “正しい返事の仕方”が分からない。
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夜。
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布団の中で思い返す。
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今日の「はい」は正しかったのか。
もっと早く言うべきだったのか。
声は小さすぎなかったか。
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頭の中で何度も検証が始まる。
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まだこの頃の直人は知らない。
この「返事の不安」が、 社会的な“正解探しの癖”として積み重なっていくことを。
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正解が一つではない場面で、 常に“最適解”を探し続けてしまう特性であることを。
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ただこの夜は、
小さな返事ひとつを何度も反芻しながら、 静かに眠りへ落ちていった。




