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『普通になれなかった僕は、社会の中で静かに壊れていった』  作者: こうた
第一章 「みんなと同じ世界なのに、少しだけ違った」幼少期編

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第2話 「どうして僕だけ怒られるの?」

小学校に入ってから、直人は“朝”が苦手になった。


目が覚めた瞬間から、頭の中が重い。


今日は何があるんだろう。 忘れ物はないだろうか。 ちゃんとできるだろうか。


まだ学校にも行っていないのに、不安だけが先に始まっていた。



---


「直人、早く起きなさい」


母の声が聞こえる。


直人は布団の中で目を開ける。


カーテンの隙間から朝の光が入っていた。


頭はぼんやりしているのに、心だけが落ち着かない。



---


急いで着替える。


ランドセルを開く。


教科書。 筆箱。 連絡帳。


確認している途中で、別のことが頭に浮かぶ。


“今日って図工あるんだっけ”


その瞬間、何を確認していたのか分からなくなる。



---


「直人! 早くしなさい!」


母の声が強くなる。


直人は慌てる。


でも焦るほど、身体が止まる。


何からやればいいのか分からなくなる。



---


学校へ向かう道。


同じクラスの子どもたちが楽しそうに話している。


流行っているアニメの話。 ゲームの話。 昨日のテレビの話。


みんな自然に会話へ入っていく。


直人は少し後ろを歩きながら、その声を聞いていた。


話しかけるタイミングが分からない。


何を言えばいいのか分からない。


考えているうちに、会話はどんどん進んでいく。



---


教室へ入る。


椅子を引く音。 話し声。 笑い声。


全部が一気に耳へ入ってくる。


その瞬間、頭の中がぐちゃぐちゃになる。



---


「宿題出してー」


先生の声。


周囲はすぐにランドセルを開き始める。


直人も慌てて開く。


だが、ノートが見つからない。


入れたはずなのに。


昨日ちゃんとやったはずなのに。



---


焦る。


頭の中が真っ白になる。


探す。 見つからない。 また探す。


その間に、周りはもう終わっている。



---


「直人くん、まだ?」


先生が近づいてくる。



---


「……あ……」


言葉が出ない。



---


「また忘れたの?」


教室が少し静かになる。


何人かがこちらを見る。



---


違う。


忘れたわけじゃない。


ちゃんとやった。


本当にやった。


でも、どこに入れたのか分からない。



---


必死に探して、ぐしゃぐしゃになったプリントの奥からようやくノートを見つける。



---


「最初からちゃんと準備しようね」


先生はそう言って去っていく。


怒鳴られたわけじゃない。


でも、直人の胸の中には重いものが残った。



---


どうして自分だけ、こんなにできないんだろう。



---


授業が始まる。


黒板に字が書かれていく。


先生が説明している。


周囲はノートを書いている。



---


直人も必死についていこうとする。


でも、黒板を書いている途中で、先生の説明が耳へ入ってくる。


説明を聞こうとすると、ノートが止まる。


ノートを書こうとすると、話が分からなくなる。



---


気づけば、周囲はもう次のページへ進んでいた。



---


「直人くん、聞いてる?」



---


その言葉に、身体がビクッと跳ねる。


聞いていた。


聞こうとしていた。


でも、うまくできなかった。



---


「ぼーっとしない」



---


教室の何人かが笑う。


直人はうつむく。



---


“ぼーっとしてるわけじゃない”


そう言いたかった。


でも説明できない。


自分でも何が起きているのか分からないから。



---


休み時間。


みんなは自然に集まって遊んでいる。


直人は机に座ったまま、その様子を見ていた。


入りたい気持ちはある。


でも、どうやって入ればいいのか分からない。



---


「行こうぜ!」


誰かが別の誰かを誘う。


自然だった。


直人には、その自然さが理解できなかった。



---


結局、その日も一人で外を見る。


校庭では子どもたちが走っている。


笑い声が聞こえる。


遠く感じた。



---


放課後。


家へ帰る。


ランドセルを置く。


母が連絡帳を見ながら眉をひそめた。



---


「また忘れ物?」



---


直人の肩が小さく震える。



---


「ちゃんと確認したの?」



---


した。


そのつもりだった。


でも途中で別のことを考えて、何を確認したのか分からなくなった。


でも、そんな説明をしても伝わらない気がした。



---


「なんでそんな簡単なことできないの?」



---


母は責めたかったわけじゃない。


本当に不思議だったのだ。


どうして何度言っても同じことを繰り返すのか。



---


直人も、不思議だった。


どうして自分だけ、こんなに難しいんだろう。



---


夜。


宿題をしていると、消しゴムを落とす。


拾う。


その途中で机の傷が気になる。


指でなぞる。


気づけば、何をしていたのか分からなくなる。



---


「直人、宿題進んでるの?」


母の声で我に返る。


時計を見る。


全然進んでいなかった。



---


焦る。


でも焦るほど、頭が回らない。



---


涙が出そうになる。


でも、自分でも何に苦しんでいるのか分からなかった。



---


その夜、布団へ入ったあとも眠れなかった。


今日怒られたことを思い出す。


先生の声。 笑い声。 母のため息。


全部が頭の中で何度も繰り返される。



---


「どうして僕だけ怒られるんだろう」



---


みんなと同じようにやっているつもりだった。


頑張っているつもりだった。


でも結果だけが違う。



---


その頃の直人はまだ知らない。


この“怒られ続ける感覚”が、 少しずつ自分を削っていくことを。


そしていつか、


“頑張っても普通になれない”


という現実に繋がっていくことを。



---


窓の外では、静かな雨が降っていた。


直人は布団の中で目を閉じる。



---


明日こそ、ちゃんとやろう。



---


そう思いながら眠る。


そして次の日もまた、 少しだけ遅れた世界が始まるのだった。

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