第17話 「話しかけられない理由」
直人は、話しかけることが苦手だった。
正確には、“話しかける前の時間”が長かった。
---
何を言えばいいか考える。 タイミングを考える。 相手の機嫌を見る。 周りの空気を見る。
---
その間に、会話の入口が閉じていく。
---
ある日の休み時間。
教室の前で、数人が話していた。
---
「昨日のゲームさー」
「それな!」
「めっちゃ難しかった」
---
楽しそうな声。
直人は少し離れたところで聞いていた。
---
話の内容は分かる。
でも、入る言葉が見つからない。
---
「それ俺もやった」
そう言えばいいのかもしれない。
---
でも、それを言うタイミングはいつだろう。
今か。 もう遅いのか。 変じゃないか。
---
考えているうちに、会話は進む。
---
「あ、それでさ」
---
次の話題へ移ってしまう。
---
直人はその場に残る。
---
“また入れなかった”
---
その繰り返しだった。
---
ある日、隣の席の子が言った。
---
「直人ってさ、あんまり話さないよな」
---
悪意はない。
ただの気づき。
---
直人は少し考えてから答える。
---
「うん」
---
それ以上の言葉が出なかった。
---
話したくないわけじゃない。
---
でも、話し始める方法が分からない。
---
どこから入っていいのか分からない。
---
それを説明する言葉もない。
---
昼休み。
誰かが直人に声をかける。
---
「お前も来る?」
---
一瞬、心が動く。
---
でもすぐに頭が動き始める。
---
何をする場面? 自分は何を求められてる? ついていける? 邪魔にならない?
---
その間に、相手は少し待つ。
---
そして、別の人のところへ行ってしまう。
---
直人は小さく息を吐く。
---
“やっぱり無理だった”
---
そんな気がする。
---
放課後。
教室で笑い声が続いている。
---
その中に入りたい気持ちはある。
---
でも、入るほど疲れる気がする。
---
結局、直人は机に座ったまま帰りの準備をする。
---
「直人ってさ、いつも一人でいるよな」
誰かの声。
---
聞こえないふりをする。
---
でも、ちゃんと聞こえている。
---
家へ帰る。
---
母が聞く。
「今日は誰と遊んだ?」
---
直人は少し止まる。
---
「……うん」
---
答えになっていない答え。
---
母はそれ以上聞かない。
---
夜。
布団の中で考える。
---
どうして自分は、話しかけられないんだろう。
---
怖いわけじゃない。
嫌いなわけでもない。
---
でも、最初の一言が出ない。
---
その一言が出ないまま、 全部が終わってしまう。
---
まだ直人は知らない。
この“話しかけられない理由”が、 性格ではなく、
「開始のハードルが高い特性」だったことを。
---
ただこの頃はまだ、
“自分はコミュニケーションが下手なんだ”
そう思いながら、 静かに一日を終えていく。




