第14話 「空気を読むということ」
「空気を読みなさい」
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その言葉を、直人は何度も聞いた。
でも、“空気”が何なのかはよく分からなかった。
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ある日の給食の時間。
教室にはカレーの匂いが広がっていた。
みんな楽しそうに話している。
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「昨日のテレビ見た?」
「見た見た!」
「めっちゃ面白かったよな!」
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話題が次々変わる。
笑い声が重なる。
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直人は、その会話を聞きながら給食を食べていた。
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途中で、テレビの内容について思い出したことがあった。
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“あの場面、主人公のセリフがおかしかった”
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そう思って、口を開く。
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「でもあそこ、設定おかしくない?」
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その瞬間、会話が少し止まる。
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数人が直人を見る。
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「え?」
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空気が変わった気がした。
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さっきまで笑っていた流れが、少しだけ静かになる。
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「いや、そういう話じゃなくてさ」
誰かが苦笑いしながら言う。
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直人は止まる。
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何が違ったんだろう。
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本当に気になったから言っただけだった。
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でも、どうやら今は“そういうことを言う場面”ではなかったらしい。
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その感覚が分からない。
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みんなは自然に合わせている。
話の流れ。 テンション。 笑うタイミング。
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直人だけが、少しズレる。
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放課後。
教室で男子たちがふざけ合っていた。
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「お前マジでバカだろ!」
笑いながら肩を叩く。
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みんな笑っている。
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直人は、その言葉を本気で受け取ってしまう。
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“本当にバカって思ってるのか?”
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そう考えてしまう。
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冗談と本気の境界線が分からない。
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だから反応が遅れる。
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「直人、真面目すぎ」
誰かが笑う。
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また分からなくなる。
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どこまで本気で、 どこから冗談なのか。
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家へ帰る。
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夕飯の時間。
父がニュースを見ながら言う。
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「最近の若いやつは空気読めないな」
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直人は、その言葉に反応する。
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“空気を読む”
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みんな当たり前みたいに使う。
でも、その正体が見えない。
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空気って何だろう。
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言葉じゃないもの?
雰囲気?
みんなが感じている何か?
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もしそうなら、
自分にはそれが少し見えづらいのかもしれない。
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夜。
布団へ入る。
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今日の給食の時間を思い出す。
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“設定おかしくない?”
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ただ思ったことを言っただけだった。
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でも、それで空気が止まった。
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直人は少しずつ学び始める。
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思ったことを全部言うと、 人は変な顔をする。
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だから、飲み込む。
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でも飲み込みすぎると、 今度は何も言えなくなる。
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その加減が分からない。
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まだこの頃の直人は知らない。
この「空気を読む」という見えないルールが、 大人になるほど増えていくことを。
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学校より、 社会の方が、 もっと曖昧で、 もっと苦しいことを。
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でも今はまだ、 ただ一つだけ思っていた。
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“みんなには見えている何かが、 自分には見えていない気がする”
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その感覚だけが、 静かに心へ積み重なっていく。




