第13話 「なんでそんなこともできないの?」
その言葉は、突然飛んでくる。
しかも、大抵は“普通の顔”で。
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悪意があるわけじゃない。
怒鳴っているわけでもない。
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だからこそ、直人には重かった。
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その日、算数の授業でプリントが配られた。
問題数は少ない。
周りの子たちはすぐに鉛筆を動かし始める。
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直人も急いで解こうとする。
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でも最初の問題で止まる。
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文章を読む。
頭の中で意味を整理する。
数字を確認する。
式を考える。
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その途中で、隣の席の消しゴムが落ちる。
音が気になる。
一瞬そちらを見る。
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戻った時には、自分がどこまで考えていたのか分からなくなる。
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「あれ……」
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頭の中が切れる。
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もう一度問題を読む。
でも焦り始める。
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周りではもう「できた!」という声が聞こえていた。
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心臓が速くなる。
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“早くしなきゃ”
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そう思うほど、頭がまとまらない。
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先生が教室を回ってくる。
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「直人くん、まだ?」
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その言葉だけで、さらに焦る。
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「……」
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答えられない。
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先生はプリントを見る。
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「なんでそんなこともできないの?」
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教室が少し静かになる。
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その瞬間、直人の頭の中も止まった。
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“そんなこと”
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みんなにとっては簡単なこと。
すぐできること。
普通のこと。
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でも自分には難しい。
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それを、また知らされた気がした。
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授業が終わる。
プリントを回収する音。
椅子を引く音。
笑い声。
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直人だけが、少し取り残されていた。
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休み時間。
廊下を歩いていると、後ろから男子の声が聞こえる。
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「直人って、なんであんな遅いんだろうな」
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笑いながらの会話。
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悪口というほどではない。
でも、確かに自分のことだった。
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直人は足を止めず、そのまま歩く。
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聞こえないふりをする。
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でも、胸の奥にはちゃんと刺さっている。
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家へ帰る。
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玄関で靴を脱ぐ。
ランドセルを置く。
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母が言う。
「プリント返ってきた?」
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直人は少し止まる。
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ランドセルの中を見る。
ぐしゃぐしゃになったプリントが奥から出てくる。
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「あんた、なんでこんなにぐちゃぐちゃなの?」
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母の声が少し強くなる。
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直人は黙る。
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自分でも分からない。
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ちゃんと入れたつもりだった。
でも途中で別の物を入れて、 押されて、 気づいたらこうなっていた。
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「もっとちゃんとしなさい」
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その言葉を聞くたびに、胸が苦しくなる。
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“ちゃんとしたい”
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本当にそう思っている。
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でも、 どうすれば“ちゃんと”できるのかが分からない。
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夜。
宿題を開く。
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問題を見る。
考える。
途中で別のことが浮かぶ。
戻る。
また分からなくなる。
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時計を見る。
全然進んでいない。
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涙が少しだけ出そうになる。
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でも泣く理由もうまく説明できない。
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“なんでそんなこともできないの?”
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その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
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直人はまだ知らない。
この言葉を、 この先何年も聞き続けることを。
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学校で。
家で。
社会に出てからも。
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そしていつか、
“努力不足”
“甘え”
“やる気がない”
という別の言葉へ変わっていくことを。
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まだ幼い直人は、 ただ静かに、自分を責めることしかできなかった。
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自分が悪いんだと思いながら。




