第50話 「伝えたい想い」
五月。
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空は青く澄み、
校庭には初夏の風が吹いていた。
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直人は美月から借りた本を読み終えていた。
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最後のページを閉じる。
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静かに息をつく。
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面白かった。
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それだけではない。
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ページの間に貼られた付箋。
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美月が好きだと言っていた場面。
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登場人物の言葉。
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それらを読むたびに、
まるで隣で一緒に読んでいるような気持ちになった。
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昼休み。
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図書室。
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美月が窓際で本を読んでいる。
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直人は紙袋を持って近づいた。
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「読み終わったよ」
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「どうだった?」
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直人は少し笑う。
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「すごく面白かった」
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「最後の場面が好きだった」
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美月の表情が明るくなる。
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「私も!」
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二人は自然に笑った。
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物語について話す。
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登場人物。
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好きな場面。
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印象に残った言葉。
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時間を忘れるほど話した。
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ふと。
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会話が途切れる。
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静かな時間。
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窓から風が吹く。
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木々が揺れる音だけが聞こえる。
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直人は思う。
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今なら言えるかもしれない。
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ありがとう。
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君に会えてよかった。
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そう伝えたい。
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胸の奥で言葉が膨らむ。
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「美月さん」
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初めて自分から名前を呼んだ。
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美月が顔を上げる。
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「なに?」
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優しい声。
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直人は息を吸う。
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「その……」
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心臓が速い。
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手が震える。
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今なら。
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言える。
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そう思った。
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だが。
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図書室の扉が開く。
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数人の生徒が入ってくる。
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静かな空間が一気に賑やかになる。
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直人は言葉を飲み込んだ。
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「……本、ありがとう」
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それだけだった。
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美月は微笑む。
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「こちらこそ読んでくれてありがとう」
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それで終わった。
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帰り道。
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直人は少し悔しかった。
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また言えなかった。
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伝えたいことはあった。
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でも。
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伝えられなかった。
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夜。
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机に向かう。
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ノートを開く。
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今日の日付を書く。
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そして。
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『ありがとうと言えた。』
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『でも、本当はもっと伝えたかった。』
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『君と出会って、自分は少し変われた。』
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『その言葉は、まだ胸の中にある。』
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ペンを置く。
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窓の外には星が見えていた。
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直人は思う。
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焦らなくてもいい。
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いつか。
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ちゃんと伝えられる日が来る。
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そう信じたかった。
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しかし。
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人生は、
いつも「いつか」を待ってはくれない。
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まだこの頃の直人は知らない。
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この穏やかな日々が、
永遠ではないことを。
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そして。
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「伝えたい」と思った言葉ほど、
伝える機会は突然失われることがあることを。
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五月の夜風が、
静かにカーテンを揺らしていた。
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直人はまだ、
未来に訪れる大きな転機を知らないまま、
穏やかな眠りについた。




