第12話 調査2日目② 引きこもり魔法使い
私は今、唯一面識がまだないメンバーの住処の前にいる。何か知っていることがあるかもしれないし、会議に出てこない彼とのパイプを持っておくことは何か役に立つと思うのだ。
私は扉をノックする。
「調査隊メンバーのネリネです! お話しませんか?」
返事はなかった。
「助けてはくれませんか。戦力外通告されてしまったんです。このままでは私は──」
「君が戦力外通告だって? それは君の巧妙な嘘か、私の仲間たちは相当頭が悪いようだね。微量だが君からは全く違う人物の魔力を感じ取れる時がある。この感じは滅多にない。君が非魔法使いだから魔力を帯びていると勘違いをするものもいるだろうが、それはちがう。注意深く見ると君の内側から二種類の魔力が感じられることは明白だ。それも相当な魔法使いのものだ。それこそディルクナードの奴隷。すなわち四大魔女レベルから感じる魔力に近い」
返事がきた。ほぼ壁打ちの思考が漏れ出ているような言葉であった。だが、彼は正確に私の待機状態のSentinelの微力な魔力を感じ取ってみせたのだ。
「やっぱりあなたと話がしたいです。出てきてはくれませんか?」
「私の姿を見ない方がいい。一度私の姿を見て正気を保てた者はいない」
「私は驚かない自信があります。人を見た目で判断したことはありませんから」
「それがもしも人でなかったとしても?」
心当たりがあるのだ。
人の要素を持ちながら人としては認めてもらえない存在に。
「決めました! やっぱり中に入れてください。ここでは話せないことが山ほどあります」
「あの狂気じみた女の工房に入ったそうじゃないか。君は工房を防音室か何かと勘違いしているのではないかね。私の工房をそれと同じと考えて欲しくはないのだが」
「私はもっと素晴らしい工房に入ったことがあります。きっとそれは貴方の工房すらも凌駕するはずです」
「面白いことを言うじゃないか。安い誘いに乗ってやろう。私に利が無いと判断した瞬間君を追い出させてもらうよ。ほらドアノブに手を掛けるといい」
私はドアノブに触れる。
握り込んで回そうとすると突然視界が白一色に変わる。
咄嗟に目を瞑りながらルガティを片方の手で引き寄せる。
目を開けるとそこは白い箱の中のような場所であった。存在するのはこれまた白いイスである。
「その椅子に座るといい」
私はどこからか指示された声に従いイスに腰を掛ける。ルガティはその横に座った。
すると奥から男が現れた。黒い外套で頭の先からつま先までを包み込んでいるのでどんな姿か拝むことはできない。
「ようこそ、君がお望みの防音室だ。ここでは君と私以外が入ることは出来ないし、ここでのことが外部に漏れることも絶対にない。その点は安心してほしい。どんな魔法を使えど、ここに干渉することはできない。あと勘違いしないでほしいがここは私の本当の工房ではない」
「ありがとうございます。改めましてネリネです」
「ライラックだ」
私が椅子から立ってお辞儀をすると男は自分の名前を短く答える。椅子に座りなおしてさっさく本題に入る。
「何かこの陥没穴について知っていることはありませんか」
「君らが知っていることしか知らない。ただ、君が私の求めるものを持っているのであれば協力できることはありそうだ」
「ライラックさんが求めるものとは何ですか?」
「まずは君から情報を開示するのが礼儀ではないかね。君の求めるものを教えてくれ。つまりは陥没穴に来た理由を」
「私はお母さんを探しに来ました。ここで見つけ出して一緒に連れ帰ることが私の求めるものです」
「陥没穴が発生してから5年だ。君の母親というくらいだから非魔法使いなのであろう。この環境下で何故今も生きていると信じることが出来るのだ。君も落ちて来たのだからわかると思うが、ここに落ちてきた時点で落下死は避けられないだろう」
実の母親であればそうだろう。
「実の母親ではなく育ての母親です。魔法使いなので生きているかもまだしれません」
ライラックは私の返答に呆れた様子で項垂れた。
「いいかい、ネリネ。こんな揚げ足取りをしている時間は私たちには無いと思わないかい? 君のお母さんは、今の話を鵜呑みにするのであれば未知の環境どころか、この不思議な場所で5年もの間生命活動を維持出来るほどの途轍もない魔法使いということがはっきりした。もはや魔法使いなのかもわからないが、そんなことが可能な魔法使いはこの世に数名しかいない。君の母親とは何者なんだ。これから何かを隠そうとする素振りを見せたらすぐに強制退室させる」
母=ご主人様を確定させてしまえば私の身元から持っている力の正体や弱点など、何から何までバレてしまうのだ。それぐらいご主人様はこの世界で有名な人物である。これを話すということはライラックのことを100パーセント信じるということになる。私にまだその判別はついていない。だが、これだけ鋭い洞察力を持っている彼が協力してくれるのであれば、何か今の状況を変えることができるかもしれない。
「私はご主人様。森の魔女エリンジュームを探しに来ました」
「よろしい。これでやっと話し合いを始められる。お互いの腹の内を見せ合おうじゃないか」
彼ではなく彼女は外套のフードを取った。
長めの紫色の髪。
頭の上には獣の耳が生えていた。
顔立ちは大変整っている。
歳若いように思えるが長の様な風格もある。
年齢不詳である。
私は大切な人の風貌と少しだけ重ねてしまった。
「私は塔の魔女ライラック。獣人と人間の中間。君も良く知っているだろうがネコミミと呼ばれている。ここへ来たのは同胞を助けるためだ。そう君と目的は同じだ。改めて私の方からお願いしたい、君の力を貸して欲しい」
ライラックはそう名乗るとアンニュイに笑って見せた。
「おいマジか! オレは主以外のネコミミを見るのは初めてだぜ。しかも塔の魔女といえば四大魔女にあと1人を加えた五大魔女だ。主と同格の魔法使いだなァ」
ルガティが念話で私に話しかけて来た。
「そうなんですか! 私その四大魔女とかいうの全然知りませんよ」
「おやおや、私も話に混ぜておくれよ。2人で念話だなんて寂しいじゃないか」
ライラックが私とルガティの念話に参加して来た。やはり凄い魔法使いであることは確かだった。
「ライラックさん教えてください。私はどうすればご主人様に会えますか?」
「その問いの答えを言うのは簡単だ。今は糸口が見つけられずに焦っているかもしれない。だけどネリネがやろうとしていることは間違ってない。その道を進んでいればきっと私と同じ結論に辿り着くはずだ。だから今は他の仲間達とそこを目指して欲しい。自力でそこに辿り着ければ真の世界が現れた時、心折れることなく立ち向かえるはずだからね」
今は教えられないということだろうか。話が長いので分かりづらいが今までの調査は無駄では無いということはわかった。
「分かりました、頑張ってみます。ライラックさんの姿を見て少しだけ元気が出ました」
「ははは、エリンジュームじゃなくて悪かった。本当に君は魔女と一緒に暮らしていたんだな。私の顔を見てあんな嬉しそうな顔をするのは……あの子以来だ」
ライラックはどこか遠くの方を見つめている。
「ああ、ネリネ悪かった。すぐに協力する素振りを見せておいてやっぱりまだ時期尚早だなんて無礼な態度だったな。私と君は同じ調査隊のメンバーでどちらが上でも下でもない。だから気軽に話しかけて来て欲しい。君であれば喜んで話し相手になろう」
「要するに友達になろうということでしょうか」
「ああ、そうだな」
「分かりました。今から私たちは友達です。さん付けはやめますよ。よろしくお願いしますライラック」
私は森の魔女の従者で塔の魔女の友人になった。
「ネリネこれを受け取って欲しい」
ライラックから指輪を渡される。銀色のリングに紫色の宝石が埋め込まれている。これに強く念じるとこの白い部屋にワープすることが出来るらしい。
「工房内であろうがどこであろうと使えるはずだ。魔法使いたちの中で過ごすんだ。これくらいのチートアイテムがあっても文句はないだろう。少しでも危険だと感じたら使ってくれ。狼くんにも触れていれば一緒に来られる」
「ありがとうございます」
私達が白い部屋から出るとそこはテントの中であった。
出口を調整してくれたらしい。




