黒と青4
謁見が終わり、公爵邸に戻ってからアイリスは一人で夕食を食べた。
リーシャはまだ体調が戻らず、ベッドで食事を済ましウィルネスの帰宅は遅くなるという。
いつも3人で食べるため、1人だと味気ない。
リーシャを見舞ってから湯浴みを済ませ、リズに髪を梳かしてもらい眠りにつくことにした。
昨日、徹夜した甲斐があり宛名書きはほぼ終わっていた。
「王城に行くだけでこんなに疲れるとは思わなかったわ」
普段、人と接する機会がないため疲れたのだとしたら誕生会はこの数倍疲れるかもしれない。
「だめだめ。せっかくの誕生会なんだから楽しいイメージを持たないと」
料理長が大張り切りで料理を作ってくれる予定なので楽しみだ。
みんなからプレゼントももらえるだろう。
セイウスもプレゼントをくれると約束してくれた。
どんなネックレスなのか今から楽しみだ。
そんな、プラスの事を考えているとふと不安になった。
今日は王城で3人もの素敵な男性に出会った。
しかし、全くと言っていいほどドキドキしなかったのだ。
今日に限ったことではない。
どんな男性を見てもトキメクということがない。
それがどんな感情なのか、アイリスには想像もつかなかった。
恋愛小説をたくさん読んで、人を好きになる感情を何度も疑似体験しようとしたができなかった。
どうしてもわからない。
「私にも人を好きになることができるかしら」
セイウスは素敵な男性だ。
それなのに一度もドキドキしたことがない。
心臓が煩く感じることもなく、自分の感情を制御できない経験もしていない。
黒竜はたしかに願を叶えると言った。
しかし、こんな自分ではまず結婚前の人を愛するということさえ出来ないのではと不安になる。
男性を好きになってはいけません。
女性も好きになってはいけません。
誰かに特別な感情を持つことを聖女は禁じられています。
貴女様が与える感情はすべての人に平等でなければいけません。
貴女様が誰か特別な人を作ってしまうと、国が滅びることになるのです。
大袈裟ではなく「本当に」そうなるのですよ。
アリアのときに何度も何度も言われた言葉が浮かぶ。
こんな風に脅迫まがいなことを毎日言われていていたら、人を好きになんてなれないわ。
アイリスは小さくため息をついた。
寝ないと………。
そう思った時、閉めていたはずの窓の扉が開いた。
音もなく自然に。
そして風が部屋を駆け抜け、カーテンがまるで意志を持つかのように闇夜で揺れている。
(誰か入ってきた?)
公爵邸の警備は万全だ。
一体誰が………。
「やっと会えましたね。聖女様」
闇を切り裂くような強い気配とは裏腹に、とても優しい声がする。
アイリスはベッドが起き上がって窓に視線を移した。
そこには紺色の美しい龍が静かに佇んでいた。




