第5章 謀の終幕 5-7. 公爵令嬢の意地
そして、どうするか判断できずに立ち尽くす僕たちに、ルクレジアは顎をしゃくって扉の方を示した。
「 近づかないでちょうだい。
そのタペストリーは差し上げますから、早く出て行って下さい! 」
マリエルが何か言いたそうにしているが、言葉を交わす時間はなさそうだ。
ルクレジアの手には、爆裂魔法を付与した魔石がある。
そして、彼女が抱きかかえているのは、自らが手をかけたクリストフ。
結末はもう見えている。
マリエルにロザンナを背負わせ、僕は護衛の2人に肩を貸しながら大広間を後にする。
そして、厨房で拘束していた人たちを解放すると、彼らにも護衛の兵士たちに手を貸してもらいながら、邸宅から離れた。
「 早くして下さい。
もうすぐ、爆裂魔法で屋敷が吹き飛びます 」
「 ル、ルクレジアお嬢様はどうされたのですか? 」
良い使用人たちだ。
あんな感情の見えないお嬢様でも、彼らに慕ってもらうだけの何かがあるのだろう。
「 爆裂魔法を発動するかどうかは、ルクレジアさんが決めます。
だから、僕たちには何もできない 」
公爵邸の通用門を潜り抜けた瞬間、背後から爆風が吹き荒び、閃光が地表に僕たちの影を刻む。
僕らは一斉に、塀の陰に飛び込んだ。
熱風が通用門から吐き出され、頭の上を火のついた瓦礫が跳んでいくのが見える。
小狡い公爵やクリストフと違って、ルクレジア嬢は、かなり思い切りの良い性格のようだ。
爆音が収まって辺りが元の闇に包まれたいくと同時に、辺りから、たくさんの鎧が触れ合う音が近づいてきた。
迂闊だった。
クリストフが屋敷に戻ってきているのだから、公爵の私兵たちも戻って来ていてもおかしくはない。
半端な数ではないから、此処は、隠れてやり過ごすしかない。
使用人たちが黙っててくれれば良いのだが!?
地面に伏せる僕たちに向かって、何者かが近づいてくる。
そして、その何者かが立てる足音は、僕らの側で止まった。
「 せ、先輩?オラエリー先輩?! 」
僕のことを先輩と呼ぶ奴は世界で一人しかいない!?
僕は跳ね起きると、ミレーヌの顔を見た。
途端に彼女が、僕の首に腕を回して抱き着いてくる。
「 先輩!ほんとに、いっつも、いっつも心配させて! 」
「 いや、あは、今回は本当に、もう駄目かと思った ・・・ そうだ、ロザンナ! 」
咄嗟に身を起こして、ロザンナを抱えるマリエルの側に駆け寄る。
「 オラエリー様、ロザンナ様は大丈夫でしょうか?! 」
マリエルが不安げに僕を見上げるが、今の僕では、彼女の回復魔法が上手くいっているかどうかなんて解らない。
でも、ロザンナの呼吸音や心拍は至って安定しているところを見れば、最悪の事態は回避できたんじゃないだろうか。
何にしても、早く医者に診せなければ。
「 ミレーヌ、ここから一番近い、信頼できる病院って何処だろう? 」
「 それだったら軍医に診せましょう。
矢傷、刀傷なら、町医者より絶対軍医ですよ 」
「 軍医を連れてきてるのかい? 」
「 サルヴェストロ軍に随伴しているので、直ぐ呼んできます 」
後輩の背中を見送った後、僕は、改めて、ロザンナと、彼女を抱くマリエルの方を向く。
「 もう大丈夫だよ。
サルヴェストロ軍から軍医を読んできてもらえるから 」
「 はい、少し安心しました。
ここで彼女を失う訳にはいきませんから 」
僕は、マリエルの言葉に、強く頷くのだった。




