第5章 謀の終幕 5-5. クリストフの足搔き
「 やりましたわね、ロザンナ様! 」
ロザンナの大金星に、マリエルも彼女に抱き着いている。
そんな歓びも束の間、不意に、前後の扉が開いた。
灯りを持った衛兵がぞろぞろと入ってきて、部屋の中が急に明るくなる。
「 悪いが、それを返してもらおう。
僕にとって、とても大切なものだからね 」
衛兵の後ろから部屋に入って来たのは、クリストフだった。
「 貧乏男爵の小娘にしては、なかなかやるではないか?
王都で収監せずに、どこか遠くへ行ってもらうべきだったな 」
彼の後からは、弩弓を持った兵士が次々と入って来る。
「 オラエリー・タブナード、お前を生かしておくとろくなことにならんな 」
「 だろうね 」
一応、余裕を持って言い返しておく。
心の内を口にすれば、此方の出方を読まれてしまうからね。
「 それに、リッシュモン、よくもやってくれた。
これでヴィスコンティ公爵家はお終いだ。
お前は、ヴィスコンティの冥府への餞にしてくれる! 」
クリストフはマリエルを睨みながら、憎まれ口を叩いている。
僕一人なら、2階の窓から飛び降りてでも逃げられるが、彼女たちを見捨てる訳にはいかない。
「 さあ、兵士たちよ、賊に矢を射かけよ!ベスティア製の弩弓の威力を味あわせてやるのだ。
そして、タペストリーを俺の許に持って来い! 」
弩弓を構えた兵士達が、絶対に外さない距離まで、一歩、一歩と、近寄って来る。
絶対に外さない距離まで詰めないといけない程、腕に自信がないのか?!
隙ありだ!
僕と護衛の兵士たちは剣を抜くなり一気に間合いを詰め、敵に斬りかかった。
矢の狙いを外しながらクリストフの兵士に接近して、弩弓の弦か、弩弓を構える腕に剣を振るう。
先ずは、弩弓を使い物にならなくしなと勝機が見えない。
僕たちの急な接近戦で、矢を放てば同士討ちになるかも知れず、兵士たちは混乱している。
室内で弩弓なんか使うからだよ!
「 早く矢を放て!味方に当たっても構わん!早くしろ! 」
響き渡るクリストフの坂び声に反応して、兵士たちは同士討ちなるのも構わず矢を放つ。
矢は、クリストフの兵士の数名も負傷させたが、此方の護衛の兵士の腕や大腿に刺さり、彼らはガクりと床に膝を着いた。
同時に、マリエルの叫び声が部屋に響き渡った。
「 ロザンナ様! 」
胸に矢を受けたロザンナが、ペタリと床に座り込んでいた。
それでも彼女は、タペストリーに自分の血が付かないように気を配ろうとしている。
「 クリストフっ! 」
僕は、咄嗟に叫んでいた。
「 王族を呼び捨てにするとは失敬な奴だ 」
お前なぞ、王族であるものか!
いまに、ロザンナが護るタペストリーがそれを証明してくれる。
「 マリエルさん、ロザンナさんの手当てを 」
「 で、でも、私、回復魔法は使えませんわ 」
「 術式を知らなくてもイメージできれば使える!
一回しか言わないから良く聞いて。
矢は、彼女の肺という器官に突き刺さっている。
肺は、柑橘類の房のような形をした、空気の入った袋だ。
その中に、別の葡萄の房のような器官が入っている。
いま彼女は、袋に穴が開いて空気が漏れ出ていると共に、袋の中に血が溜まっていっている。
肺に溜まった血を除去し、そして矢傷を塞ぐんだ。
マリエルさん、君ならできる! 」
「 や、やってみます! 」




