第56話
アメリアによる振り返り
アメリアは別の紙を準備し、羽ペンをインクにつける。穏やかな風がアメリアを撫でる。
(まずはっと…ジークライド殿下は…旗ですし大丈夫でしょう!殿下は介入されているようですけど、殿下のままで逆に安心できます!一番輝いている旗ですね!)
真っ白な紙へ子供に不釣り合いなほど美しい字が書き記されていく。
文字の内容はアメリアが思い返しているこの世界の攻略対象達、そして登場人物達だ。
一応順列は気にしているようで、ジークライドから書き始めている辺りはちゃんとしていると言えよう。
ただし、相手に対しては旗としてしか感情がない。
過去のような胸を焼くような恋心は、何度も繰り返した為に、いまだ心の奥で眠りについたままだ。
(殿下のルートにユリが入ってくれれば、周りが如何にどうなろうと一安心ではあるのですけど…。油断大敵ですね……。お兄様とお父様は現状維持で大丈夫でしょう!)
縦に名前を並べ、その横に現在の状況とフラグ建築状況を纏める。
(お兄様は自分の名前に誓ってしまいましたから、私が作る未来を見せれば現状維持でも満足してもらえると。お父様は…今日の朝の事もありますし、少し今後お婆様対策として魔法を構築し直しときましょうか)
ダレンやロイドへの対策は順調に書き足されていく。それを他の誰かが読んだところで察する事は難しいような書き方で。読み方を間違えればただの悪口のように書いている。
アメリアは自分さえ分かればいいと思っている。誰かに見られてもこれが何なのかと問われれば答えられるように、一応念には念をおいている。
クリスタルの投影でユリが将来自分のしてきた事に気づいてしまう。それが何よりもアメリアを慎重にさせ、心の奥で焦らせているのだ。
カリカリと規則正しい音を紙に走らせ、響かせていたペン先がぴたりと止まり、じわりじわりとその白に黒くインクを染み広がせる。
(マイク…。あなたをどうしたら救えるのか…今の私にはわかりません。だけど、あの道化は私が倒します。だからどうか…命を大事にして…。お義母様のようになっては駄目です)
一点の曇り。滲み、広がったインクを避けてマイクへの対処を書いて行く。現状マイクへのフラグは過去と然程変化はない。あるとするならば、アグリアの存在が加わったという事だろうか。禁忌魔法の構築により他人の魔力を体に取り込んでいるマイクは、実際のところ過去の周回でもそれは変わらなかった。どの周回でも彼は生きており、マイクルートだろうと他のルートだろうと、アメリアの記憶の中では元気に生きていた。
この周回だけがアメリアに未来を見せ、過去を見せ、彼に起こりうる出来事を教えた。
このまま行ったとして生きている事には変わりはない。ただ、とアメリアは考えている。
(クリスタルの見せた未来が正しいと仮定を置いて考えるならば、お父様、お兄様、マイク、ユリこの四人は確実に命を落とす。幸せが決定しているはずの登場人物たちが!ユリが如何にして私の事を調べたのか…それが今後の課題。マイクの場合は魔力暴走が起こっていたから、それの対処もですね…)
カリカリと問題点と今後の課題を書きだしていく。
自分より年上の攻略対象達への方が、問題が少ないんじゃないかと、書きながらアメリアは思っていたりする。
(はぁぁー…。殿下とかお父様達がチョロイんじゃなくて、年下だからこそのパワーってやつな気がしてきました…。体年齢は同い年ですけど、私の方が遥かに中身は上ですし…。若さってスゴイナーウラヤマシー)
ペン先が紙を抉る。羨ましさともろもろ、アメリアの感情がペン先に乗ってしまい、紙に皺がよってしまった。
アメリアは再び大きな溜息を吐きながら、ペンを一旦置く。
(この二人の対処をしている間にお婆様の事も考えて、教会を見に行ってとかしたいですけど…。教会…。教会かぁ………)
記憶に甦るは、レオンの姿。
いくら見た目が男の格好をしていたとしても、教会でわざわざ自分に声をかけてくる必要があったのだろうか。アメリアは疑問を持っている。
感情豊かで誰とでも分け隔てなく会話する彼は、とても過去の周回からとても魅力的で好感が持てていたが、他にもあの教会には一人でやってくる子供も、それも孤児も多くいたはずだ。あの日だって他の参拝者達の姿だって所々にあったのだ。
その中で何故自分に声をかけてきたのだろう。
アメリアは首を傾げ、自分の魂に刻み込まれているレオン、ジークライド、ダレンの設定を思い返す事にした。
(レオン様と殿下、お兄様の三人は昔から仲良く過ごされていたと設定でありますね。レオン様はお忍び“レオ”、殿下は“ジーク”でしたか…。お忍び中の会話イベントがユリとの時にあったはずですし…目立つから敬語は抜きでというのが彼らの決まりで、それが日常になっていったと…)
膨大な設定を思い返している最中、アメリアはどこか遠くを見つめ、瞳の色が一瞬落ちる。誰かへ暴言を吐いたり、フラグの為に傷つけている時とは違う瞳。言いかえるならデータベースから何かをロードしているかのような、多種多様な文字が瞳を流れている。
この事に本人も、そしてこの世界の登場人物たちも過去に見ているが気づいていない。
否。“気づけない”のだ。
瞳を流れる文字はこの世界を構築している設定だ。『ゲーム盤』の強制力はそれを無かった事にしている。
風は青銀の髪をふわりと揺らす。
(レオン様が私に接触してきたのは、神さま方の介入。もしくは私とレオン様が共通の登場人物だから、世界がそう動いたのかもしれませんね。教会にこれからは調査に行くのですし、レオン様や殿下の行動は要注意と言えます。過去に街に降りていたというのが分かったのです…。邪魔はさせません)
ぱちりと瞬きするとアメリアの瞳は元々の瞳へと戻った。
レオンに対しての本編前の現在、立てなくてはいけないフラグ建築イベントはまだ起こっていない。初回イベントはレオンの誕生日である。その前に起こりうるであろう事柄をアメリアは纏めていく。
アグリア、ブラック魔法老師の件は祖母の動向を細かく観察し、本気の勝負を挑む事として書き記した。わざと負けるという仮定へ辿り着いたが、あくまでも可能性の一つ。現状アメリアはそれを良しとしていない。彼女からすると、本気で負ける様な事があればそれは自分の力が及ばなかった、神々に負けたと言っても過言ではない。そうでなければ、周りが自分を生かす為に死ぬ事など許さないのだ。
書きながらまるで自分だなと、アメリアは自傷気味に笑う。
(お婆様…まるで私ですね。でも影のヒーローも、表の悪も、全ては私のものです。今まで使う事のなかったチート能力。お婆様となら本気でぶつけ合えそうなので、わざと負けるなんて許しません!)
理由があって、ちゃんとした形式さえ取ってしまえば、アグリアとて全力を出さなくてはいけない事が理解できるはずだ。アメリアはその為に魔法老師を使う気満々である。
自分の設定、潜在能力である全ての魔法を構築する事の出来る力を使ってみたいという、願望も含まれていた。アメリアは精霊魔法も使用できる、本当の意味で全ての魔法を構築出来るチートキャラと言える。
その点においては少しばかり楽しみなアメリアなのである。
(老師様はお勉強さえ教えて下さればいいのです。モブに戻ってください。老師様を監督に正式な理由をつけた試合をお婆様と私、お兄様でやる事さえ出来れば、お婆様も老師様の前でわざと負ける事など出来ないはず…。その試合形式を考えておきましょう!お婆様が本気にならないといけないという理由…っと)
冷静になれば鋼鉄の精神と魂のアメリアは着々と修正する為に頭が働く。イレギュラーに心を痛め、揺さぶられ、動揺し焦っていたからこそ彼女本来の死亡フラグ建築という目標が著しく遅れているだけなのだ。それさえなければ、アメリア本来の強みが発揮される。
(あとはー…アークですが、これどうしましょー…。うわー……)
アメリアはアークの現状を振り返っている。
初回の軌道修正はとても上手くいった。本人に気づかれず、本人を酷い形で傷つけてしまったが、引き離す事に成功している。しかし、現在何を間違えたのか協力体制にある。
眉を下げながらアメリアは、持つペンの羽の部分で頬を掻く。
(マイクを救う為には仕方ないんですけど、これ軌道修正本編できかせられますかね…。ユリへの恋心…って確か苛められているユリをみて自分の過去と置き換えるのでしたよね…。えー……それをしても今のアークの心に響いてくれなさそうなんですけど…。どうなんでしょう…)
流石は最高難易度とアメリアは自分で書いたアークの名前を睨む。
彼が過去の周回で自分と協力体制にあった事など一度もない。今回のイレギュラーが続き、アメリアが道化男に対して激しい怒りを覚えたからこそ起こったものだ。
そして今朝のアークの笑顔と発言を思い出す。
自業自得と頭を抱える。
(やってしまった事は仕方ないんですけどーーーー!そうなんですけどー!起きてぷんぷんしてたのが悪いんですけどもーーー!やってしまったーーーー!良く考えて行動してたのにこれは修正がぁぁ!!!!)
アークへのフラグ建築がほぼ0%へと変化している事に今更ながら気づき、アメリアは何度も修復するために考えるが、0は0だった。
彼がユリと幸せになるための障害を、アメリアが作っていかなくてはいけない過去である現在。そのフラグが0%という絶望的数字にアメリア死亡経験則をもっても、本編でユリが如何に頑張ったところでアークルート攻略率50%に満たせない可能性を導き出した。何よりも彼がユリへと囁く筈の特定の台詞を、アメリア自身が受けてしまったのだ。
これには鋼鉄の精神と魂のアメリアも、本編で軌道修正出来るかもしれないという、甘い考えを起こした今朝の自分に平手打ちしたい気分だ。
(これってまずいですよねー…。アークルートが隠しになってしまっているような…。隠れ攻略対象のお父様を離脱させたから、修正入りました?)
物語の強制力でアメリアにより強制離脱させられたロイドは、既に攻略対象としてみなされていないかもしれない。アークがその部分を補う為に世界が“修正”したのかとも考えた。
しかし…そうではないとアメリアは首を振る。
(神さま方の介入もあって、物語の強制力も働いている。修正としてと考えるよりも、私の行動と神さま方の介入で、アークがかなり変化したと考えるのが一番無難ですよねぇ…。私にそんな力はないはずなんですけど…変化多すぎです。……でも協力しないとマイクから本奪えないんですもん…。もーーーーー!!!!あの道化男が一番悪いんですよ!全く!モブの分際でーーー!!ムキーーーー!!!)
盛大な八つ当たりである。
道化男はライラ情報でアンスリウム男爵の線がとても濃い。だとしても現在アメリアが八つ当たりしている相手は、クリスタルで見た道化男の方である。確証のない相手ではなく、自分が夢でみた相手にアメリアは絶賛八つ当たりをしている。
神々の介入によりアーク自身にも変化はあった、それに加えアメリアの行動によって彼は『ゲーム盤』攻略対象アークではなく、ただのアークとして存在を強めてしまった。その点には気づけてはいないが、神々の介入と自分の行動で彼を変化させたとは、流石のアメリアだとしても思い始めてはいるのだ。
神々と同等の願いの力を持つ、鋼鉄の精神と魂のアメリア。本人が自分の力に気づくのに、もう、そう時間はかからないだろう。
アメリアは肩を落とす。
気をつけていた自分の行動が裏目に出てしまった事が何よりも辛い。
気分が、気持ちが重い。
鋼鉄の精神と魂のアメリアは、ふとある事に気づく。
(あぁ…そうか。攻略対象でなくなったのだとしたら…。それなら…)
穏やかな風が紙のインクを乾かしていた。アメリアはアークの名前、そしてライラの名前へと指を滑らせた。
(あなた達二人を苦しめた第五師団は私がお仕置きします。私が起こした最悪として広まる様に。だからね…ライラ…)
「アークを連れて…ブルームーンへ帰ってください」
アメリアが出した決断だった。
第五師団を調べる事は自分自身でするつもりだった。何も情報のない隣国とは違い、この国の膿が集まる場所だ。頭の回るずる賢い第五師団の過去を掘り起こし、それを使ってアメリアは彼らに二人、そして魔法老師の家族が受けた苦しみを倍返しするつもりなのである。現代に生きる者達が、過去の事件に関わってきたかどうかは分からない。だが、少なくともその証拠をずっと隠し通しているであろう騎士団長、並びにその周辺は真黒だと、アメリアは自分の中の悪が囁いている
ライラにはこの周回生きてもらいたい。それは周回中ずっと思っていた事だ。
倍返しのお仕置きはアメリアの軌道修正力をもってすれば、悪評に早変わりする事だろう。どのような噂を流すか考え、ライラを生かす為に、攻略対象でなくなった可能性のあるアークの幸せを願うならばと。隣国へ帰す事を決めたのだった。
(マイクの事と教会の事が終わったら、どちらでも良いので失態を犯したとして老師様に報告しましょう。隣国に居さえすれば、ライラが私を守って死ぬ事はない。強制力が働いたとしても私を守ってというのは…免れる筈です。アークがどうなるか分かりませんけど…、お婆様も生きて帰すつもりですし、お母様がいないけれど昔の状態に戻るだけでしょう…。これが一番良いのでしょうね…)
光の加減で色の変わるアメリアの瞳はゆらゆらと揺れる。
瞼が重く瞬きがゆっくりとなっている。
ペンを持ち、ライラとアークの名前の横に今後の内容を書き残す。書き終わる前に、アメリアの頭がゆっくりと机に落ち着いた。
(ねむたい…お腹一杯で、頭使って…疲れました…)
最後の方は虫が走ったような、何が書いてあるやら読めない状態になっているアメリアの文字。アメリアは左手を枕にしながら眠気に逆らおうとしている。
「ライラに…気づかれない様に…、かえって、もらわないと………」
落ちていく意識の中でアメリアは、声に出してしまっていた。そのままアメリアは穏やかな陽気に誘われるままに、眠りに落ちた。
それを後ろで一人の侍女が立って聞いていた事も気づかずに。
次回予告》
次回はライラ視点にて一話お送りします。




