×45 復讐のバレンタイン ~絶対復讐秘密計画~
「早瀬!!」
青野に腕をつかまれる。
「どいて!」
「どかない」
青野を睨む。青野はあたしを見つめ返す。あたしは歯を食いしばって全力で対抗してるのに青野は顔色一つ変えずに微動だにしなかった。
あたしの負けだ、そう思った。
その時、青野のポケットが微かに光り、震えた。気づいた青野が携帯を取り出し確認する。
あたしの前に携帯の画面が突きつけられる。
「これも、早瀬だろ」
映し出されたのはあたしがすーちゃんの携帯で青野に送ったメール。青野はそのまま携帯をしまう。
「そんなにあたしが嫌い?」
あたしは変事の代わりに言う。
「どういうこと?」
「あたしのこと見下して、バカにして、恥かかせて。それほどまでにあたしのことが嫌いなのかって聞いてるの」
「それは違う……」
青野が口ごもる。はっきり言ってよ。
「じゃあ、何で?」
耐えきれなくて、その場にしゃがみ込む。
「何で?何でいつもじゃまするの?」
青野はあたしを見下ろしたまま。何も言わない。
「いつもいつも!そうやってあたしを見下して!小学生のときからずっと!青野より、すーちゃんより成績よくなったのにバカはバカだって笑ってるんでしょ!必死に勉強してるあたしを笑ってるんでしょ!!」
それでも青野は何も言わない。
叫んでるのかなんなのか自分でもわからなくなってきている。
「全部!教えたの青野でしょ!成績のこともっあたしの昔のこともっ」
言葉が詰まる。最後の方は嗚咽にかき消されて聞き取れない。
「ごめん」
青野がついに口を開いた。
「悪気はなかった。谷口が、早瀬の成績で知っているところは全部教えてほしいって言ってさ。俺、早瀬に近い席になることが多かったから。全部教えたんだ。本当に悪かったと思ってる。でも、昔が悪くても今がよければいいんじゃねーの?過去を変えることはできないんだから。むしろ、よくここまで頑張ったって思うよ。」
なぐさめのつもりなのかもしれない。同情してくれてるのかもしれない。
それが、あたしを惨めな気持ちにさせていることは知らないだろう。
あたしは深く息を吸う。もうここまでだろうな。ここから逆転、サヨナラ勝ちだ。
「それだけ?」
あたしは立ち上がって、目にかかった長すぎる前髪をはらう。
青野が小さく息を飲んだのがわかった。
あたしの目は潤んだりなんかしてない。涙なんて一滴もでてないのだから。しゃがみ込んで顔を覆って泣いているふりをしながら見ていたのは時計。
ちょうど青野の携帯にメールが届いてから5分。つまり、すーちゃんが来る時間まであと5分。
今の状況がよく理解できていない青野くん。かわいそううだから、少し種明かしをしてあげてもいいかな。
「あたしすーちゃんと同じ髪型なんだよ。これ、どういう意味かわかる?」
くるっと回って頭の両側で結である髪をゆらす。屋上に来る前にツインテールに結び直していた。
青野は意味がわからないというように首を振る。
「わかんないかー。頭いいから察してくれると思ったんだけどな。……じゃあ、これ見せればわかるかな?」
携帯を取り出してメールを開く。本田君からの最後のメールは消さずにとっておいた。
青野に画面を向ける。
『青野に話した。準備は終わった』
青野は悲しみと、悔しさと、諦めが混ざったような、絶望の表情を浮かべる。
わかるよ。青野の気持ちよくわかるよ。信じていた友達に裏切られた絶望。痛いくらいによくわかる。だからこそ、味わって欲しかった。
「あれも、作戦だったんだよ。聞けば青野と本田君は仲がよかったって言うじゃん。さすが本田くん、青野のことよくわかってたよ。青野も乗ってくれるなんて。青野ナイス!!悔しいよね?その気持ちあたしにもよーくわかるよ」
青野は口を閉じたまま。
「かわいそうだから、全部教えてあげる。今回の作戦のターゲットはすーちゃんじゃなくて青野!君だよ!知ってると思うけど、すーちゃんは青野のことがだーい好きだったんだよ。命をかけてもいいくらいに」
あたしの言葉に青野は眉を寄せる。おかしいな、人に好かれて悪い気がする人はいないと思うんだけど。
「だから、すーちゃんが来る直前に君を殺しちゃってあたしは逃げる。そしたらすーちゃんが犯人になるんじゃないのかな」
すーちゃんの絶望に満ちた顔が目に浮かぶ。みんな、あたしと同じ気持ちを味わえばいい。この世の終わりのような思いをすればいい。
「女子の友情なんて脆いものだよ。殺人犯の友達なんて欲しくないよね。これがすーちゃんへの復讐。生きていながら地獄を味わえばいい」
少しづつ近づくいていくと、青野は逃げるように後ずさりをした。
青野の後ろには気持ちいいくらいに青い空が広がっている。空に浮かぶような青野の姿はとても絵になっていた。
屋上から見下ろせる運動場では今もたくさんの生徒が部活をしている。あたしと青野は運動場からも見える位置にいる。もしかしたら誰かが屋上を見上げるかもしれない。でも、この距離では顔はわからないだろう。わかってせいぜい髪型くらいだろう。
昔、すーちゃんとあたしがよく似ていて姉妹みたいだと言われたことを思い出した。
運動場からは青野に詰め寄るすーちゃんの姿が見えるだろう。
「青野がずっと憎かった。ずっとあたしのことを見下して。いつか勝ってやるって頑張ったけど成績が上がっただけで何も変わらなかった。青野といる度に惨めな思いをしてきたんだよ!」
「……どうやって逃げるつもり」
「へ?……あぁ、あたしが心配?でも、大丈夫。ちゃんと考えてあるから。ロープ使って準備室まで降りるからさ」
あたしの後ろを指しながら言う。話を変えたつもりなのだろうか。
青野は呆れたように笑っう。
「あんた、そういうこともできるんだったね。相変わらず変なところですごいな」
「でしょ、だから安心して」
青野がまた笑う。諦めたのかどうかはわからない。
一瞬の割に、長く感じられる沈黙。破ったのは青野。
「樹のこと好きだっただろ?」
「は?」
「いや、いい。質問を変える。俺が3年のときから早瀬と同じクラスいたことを知ってるか?」
「居なかった」
あたしは4年生になってまわりにちやほやされている青野を見つけたんだ。そんなやつが同じクラスに居ればいくら何でも気づくだろう。
「居たんだよ。俺はその時からあんたを知ってる。ドジでバカで、クラスの中では有名だったからな」
青野は笑う。
「でも、あんたの目には樹と谷口しか映ってなかった。狭い世界にいる早瀬が気になって、どうにかしてその中に入ろうとしても、あんたはなんでもない俺なんかに興味はなかった。その時は悔しくて悔しくて。それから、樹が引っ越すって話を聞いた。樹には悪いけどチャンスだと思って、4年からすごく頑張った」
「4年からずっと意地悪だったけど」
「ああでもしないと話してくれなかったでしょ」
悪びれもせずにしれっと言う。あの頃は楽しかった。頭が悪くても、何かできなくても、いーくんとすーちゃんが助けてくれた。あたしには二人しか見えてなかったし、何を言われても気にならなかった。
「樹はずっと早瀬のこと好きだったんだよ」
「え?」
いーくんが?本田君が?
「本人から直接聞いたわけじゃないけど、絶対そうだと思う」
本田君に、なぜあたしにこんなにも深く関わるのか聞いたことがある。
「おもしろそうだし、好きだからだ」
あれは、どういう意味だったのだろうか。本田君のことが思い浮かぶ。終わったらこの話をしてみよう。何て返して来るのだろうか。どんな反応するんだろう。
もう会えないことはないんだ。白ウサギの本田君も黒ウサギの本田君も、全部本田君なんだから。
これからもこれからも変わらずにいーくんなんだ。
胸の奥がじんわりと暖かくなったような気がした。
「早瀬のこと嫌いでからかったりしてたんじゃない。今日も、谷口を助けるってより、早瀬を人殺しにしなくなかったから来たんだ」
体が冷たくなっていくのを感じた。それとは反対に、頭の中は熱くなっていく気がする。
「何ソレ。命乞い?」
「っ、そうじゃない!早瀬を止めたくて!そしてどうしても伝えたいことがっ……」
カンカンカン
屋上の扉の向こうから聞こえて来る音。
すーちゃんが階段を上っている音。23段の少し長い屋上への階段。その、上から3段目にすーちゃんが踏み出す前に走り出さないと、見つからずに逃げることが出来ない。
本田君は今頃準備室で腕時計を眺めて待ってるんだろうな。ひびの入った本田君の腕時計。
「早瀬あみ」
青野があたしを見つめる。屋上の端に立つあたしたちの距離はかなり近い。
「ああいう形でしか早瀬の気を引くことができなかった。どうしても俺の方を見て欲しかった」
嗚呼、あたしはやっぱり馬鹿なのかも。知らなかった、わかんなかったや。誰か教えてくれればよかったのに。あたしがちゃんとわかってたら違った物語りになってたのかな。
コンクリートの上に落ちた雫でいくつものしみができる。太陽がそれを一つづつ消していく。
カンカンカン
カウントダウンは止まらない。
青野が悲しそうで、寂しそうに微笑んだように見えたのはあたしの気のせいなのかもしれない。
青野が見ているあたしはどんな顔をしているのかな。もしかしたら、悲しそうに、寂しそうにしてるのはあたしの方なのかも。でもね、あたし、後悔はしてないんだ。
「ずっと、好きだった」
カンカンカン
すーちゃんが階段を上る音を背中で聞きながら、
屋上の向こう側へ、
強く、
青野の体を押した。
ここまで読んでくださってありがとうございました。初めて最後まで書ききることのできた小説です。拙い文章だったと思います。更新も不定期でしたが読んでくれた方々、本当にありがとうございました。




