出逢いと、約束
「...、」
ついに、ついにこの時が来た。
藤は静かにそう思った。大袈裟かもしれないが、彼にとっては待ちに待った大切な日だ。
今日は、「花売所」の椿に会う日。
からん、と下駄を鳴らして、藤は島原へ向かった。
店の戸を開けると、まだ夕方だというのに、もうちらほらと客がいた。
「あ、お客さん。お待ちしてました」
さくらが藤に声をかける。
「ああ、昨日の...ええと、」
「さくらです、以後お見知りおきを。」
「さくらちゃんか、うん。可愛い名前だ」
笑いながらそう言う藤に、さくらは少しどきりとしたが、すぐに我に返った。
「え、えっと、それではご案内いたしますね」
「お願いします」
「椿姉さまはこちらにいます。」
「ここに...」
椿の部屋、店の最上階まで藤を案内したさくらは、「それでは、ごゆっくり」と言って下の受付に戻ってしまった。
「...」
藤は緋色の花が描かれた麩の前に立つ。
どきん、どきん
自分の心臓の音がとても大きく聞こえる。
額に汗を少し滲ませ、麩に手をかけ、ゆっくりと開けた。
小さな隙間を作り、部屋を覗く。部屋の中は明かりがなく、薄暗い。
目を凝らして見ると、奥にある窓辺に誰かがいるのがわかる。
窓辺の人物は藤の方へ振り向き、笑いかけた。
「貴女が…椿、さん?」
「えぇ、そうよ」
椿は す、と立ち上がり歩き出す。
「っ…!」
自分に近づいて来るに連れ、ぼんやりとしか見えなかった椿が見えてくる。
その美貌に、藤は息を呑んだ。
自分の想像など、絵など。この美しさの足元にも及ばない。と感じた。
「あ、僕は…」
「話はさくらから聞いていたよ、藤さん?」
名を名乗ろうとした藤の言葉を遮り、椿はくすくすと笑い出す。
「本当に、さくらの言う通り」
「?」
「あなた、とても人が良さそう」
藤は椿にいきなりそう言われ驚いたが、彼女の笑顔を見てすぐに照れたように頭を掻く。
「は、ははは…」
「それで、今日は何がしたいんかねぇ?」
「あぁ、実は…」
ー…
藤は、自分が画家だということ。撫子に話を聞いてからずっと椿を描きたかったのだということを話した。
「なるほどねぇ…、じゃあこれ全部藤サンが?」
「そう、僕が描いたんだ」
ふぅん、と言って椿は藤の絵を見ていく。
「すごいねぇ…これ、撫子?」
「あぁ、この間描かせてもらったんだ。似てるかい?」
「そっくり!ここにいるみたいに見えるよ!」
子供のように無邪気にはしゃぐ彼女に、藤は心を奪われた。
椿が視線に気がついて顔を上げると、彼はすぐに目を逸らして眼鏡を上げる。
「…くす、」
「椿姉さま、そろそろお時間です」
さくらの声が、麩の向こう側から聞こえた。
「ああ…はいよ、ちょっと待っておくれ」
椿はそう言うと、藤に向き直る。
「今度は描いてくれるかねぇ?」
「勿論」
藤は帯にさしておいた赤い風車を椿に渡した。
「?、なんだい?この風車」
「約束の印に」
椿は一瞬目を見開き、笑顔になった。
「ありがとう…」
そして、風車の柄をそっと握る。




