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姫椿  作者: 秋風聡明
1/7

椿の毒気

島原、そこは夜の国。

男という欲の塊共が蠢く巣窟。

幕府の力さえも届かない裏の世界。

そのなかで遊女という存在は、闇に咲く一輪の花だった。

男を誘う甲高い女の声と、品定めをする男で賑わう島原。

その雑踏の中を歩く3人の役人。

「ねぇ、お役人さんうちのお店にちょいと寄っておいきよ」

「楽しいよぉ」

まただ、何度目だろうか。この言葉で女に声をかけられたのは。

うるさいなと思いつつ青年、霧島夏彦は前を歩く二人の男の後をはぐれないようについて行く。

「さて、今日はどこに行こうかね?」前の一人、佐々木が言った。

「猫屋敷はどうだろう」もう一人の男、原田がそれに応える。

「いやぁ、あそこは…」

猫屋敷、とは遊郭の名前だろうか。二人の会話を聞きつつ、夏彦はぼんやりと考える。

「質がいまいちなぁ....。霧島君は初めてここに来たんだし...なぁ?霧島君」

「えっ、あ、はい」

いきなり佐々木に話を振られ、驚きつつもなんとか自然なように返事を返す。

佐々木が言うように、夏彦は今日初めて島原に来た。

正直、彼はあまり乗り気ではなかった。

夏彦は最近役人になったばかりで、同じ職場で働く先輩である佐々木と原田に誘われて、仕方なく来たのだ。

職場の付き合いというのもあり、強く断れずに結局ここまで来てしまったが、彼は複雑な気持ちだった。

「自分は本来、こんな所に来るべき身分ではなく、むしろ取り締まることが仕事のはずなのに」と思いつつ、若さからくる好奇心が夏彦の心を揺さぶる。

「...?」

ふと顔を上げると、暖簾に「花売所」と書いてある店が目に止まった。

「あの店…、なんて読むんですかね?」原田に聞く。

「ん?おう、はなうりどこって読むんだ。」

「へぇ、」

納得してまた店に目を向ける。

「ここが気になるのかい?」佐々木が夏彦に言った。

「ええ、まぁ…」

「いい趣味してるな、ここは別嬪揃いだぜ」

原田に肩を組まれ、夏彦は「はぁ、」と気の抜けた返事をした。

すると、佐々木に背中をぽん、と押され「きっとくせになるよ」

と言われた。


「ようこそお越しくださいました」

店に入ると、四十代半ばほどの女性が笑顔で出迎えた。

「やぁ、おハナさん」佐々木が笑顔で女性に声をかける。

「まぁまぁ、佐々木さんに原田さん いつもどうも」

おハナ、と呼ばれた女性はどうやら二人と顔なじみのようだ。

「そちらは、お初の方ね?」

ハナは視線を夏彦に向けた。

「あぁ、最近職場に来た後輩の霧島 夏彦君だ」

「どうも」佐々木に紹介され、夏彦は緊張しながら浅めにお辞儀をした。

「初めまして、花売所の店主のハナでございます。さぁ、奥へどうぞ」

ハナに案内され、三人は奥の間に入っていく。


「今日は誰にしますか?」

「そうだねぇ…」

佐々木は随分迷っていたが、原田は最初から決めていたようで、すぐに決まった。

「俺は白梅(しらうめ)を 霧島、お前は?」

「え、俺は…」

原田に問われたが、夏彦はこの店に誰がいるのかも知らない。

見かねた佐々木が、「僕が決めてあげるよ」と微笑んだ。


「おハナさん。椿ちゃんは今日いるかい?」

「ええ、今丁度空いておりますよ」

「じゃあ、僕は桔梗ちゃん 霧島君に椿ちゃんを」

「かしこまりました、ではどうぞ」

「移動するんですか?」夏彦は、原田に聞いた。

「あぁ、遊女を選んだらその遊女がいる部屋まで行くんだ。」


「じゃあ、僕はここで 後でね」

そう言って佐々木は、二階へ行く階段の近くの部屋に入っていった。


「俺は次の階だ。お前は一番上の奥の部屋。

じゃあな」

「はい、ありがとうございます」

原田に少し頭を下げて、階段を登って行く。


夏彦は、部屋の前で深呼吸をして、ゆっくりと麩を開けた。


「いらっしゃい」

「あ…、」

鈴の音のような声。

綺麗に纏め上げた椿油の髪。

大きくきりっとした猫のような目に、すらりとした鼻筋、形の良い唇。

言葉にし難いほどに美しい女が、そこにいた。

「初めましてかしら?」

「は、い…」

緊張で言葉が上手く出ない夏彦に彼女は微笑んだ。

「そんなに緊張しないでくださいな。椿です、以後よしなに」

「霧島、夏彦です」

「そう、霧島さんね…。」

「はい」

夏彦は、花に酔う蜂のようにふらふらと椿の所へ歩き出す。

「今宵は…忘れられない夜にしてあげましょう」椿は夏彦の顔を両手で包み込み、口付けをした。


夏彦は虚ろな目でこう思った


ああ、佐々木さんの言う通り


くせになりそうだ、と

ここまで読んでいただいてありがとうございます。

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