第拾参章 氷精と狼の新たな目覚め③
チルノに了承を得て、直ぐにオミは行動を起こした。
何かを感じ取ったのか、霊夢がオミに声を掛けるが―――
「なにを…ッ!?」
―――時既に遅し。
ドッ、という重い衝撃音と共に、巨大な水柱がオミ達に迫る虹玉を飲み込んだ。
瞬間、虹玉ごと水柱が凍り付く。
立て続けに虹玉が凍り付き、一秒と経たずに霊夢の放った夢想封印は無効化される。
「……ッ! やってくれるわね……!!」
「ちょっこれ逃げ場ないぞ!!?」
気が付けば周囲を水壁に囲まれ、上空に咲く氷華によって上部から異常なまでの冷気が送り込まれてくる。
水壁は一部が凍り、不規則に霊夢達に向かって氷柱を射出し始める。
回避に気を取られているうちに、オミとチルノは結界から抜け出して逆に霊夢達を閉じ込める。
「さて、これで―――」
「―――邪魔者は居なくなった!!」
壁から飛び出した氷が檻のように組み合わさり、まるで牢獄に入れられたかのような錯覚に陥る。
しかも氷の檻はオミの妖力のおまけ付きで、簡単には破壊出来ない。
霊夢と魔理沙には、ただ歯噛みするしかなかった。
そう、霊夢と、魔理沙は、だ。
真っ先に気付いたのはチルノだった。
氷檻の中に居なければいけないのは三人。
しかし、檻の中には霊夢と魔理沙しか居ない。
チルノは緑の服を探して辺りを見回しながら叫ぶ。
「水でも氷でもなんでもいい! 早くあの二人を完全に覆って!!」
訝しげに思いながらもオミは水を操るが―――
「ッ! そういう事か。これは参ったね。」
―――既に檻の中には誰も居なかった。
何故なら背後には、
「追い詰められた袋のネズミ、ってところかしら? 追い詰められたのはどっちかは兎も角ね。」
陰陽玉と御札を浮かせながら不敵に微笑む博麗霊夢と、
「狭い所なら撃てば当たるよな。ま、狭かろうと狭くなかろうと、私は火力で押し切るぜ。」
箒に跨がり八卦炉を構えて堂々と言い切る霧雨魔理沙の姿があるのだから。
勿論二人の更に後ろには大妖精が居るのだが、先程霊夢を運んだ時と、今し方二人を脱出させたので精神的に疲弊しており、飛んでいるのもやっとな状態なのだ。
片や困ったように、片や怒りながら、オミとチルノは背後に問いかける。
「瞬間移動、か。ズルいなぁ。私も使えたらいいんだけれど。今度やり方教えてくれないかな?」
「そーよ! 助けを借りるなんてズルいわ! 大ちゃんはどっちの味方なの!? なんでそいつらを助けるのよ!」
そんな二人に、霊夢と魔理沙は呆れたように返答する。
「火を見るよりも明らかでしょう? 私達に加勢する理由なんて。アンタ達、今完全に悪者よ?」
「それにオミ。お前に瞬間移動なんて覚えられたら堪んないぜ。これ以上スペック上げてどうするってんだ?」
魔理沙の尤もな返しに「うーん…。買い出し、とかかな?」とズレた返事をするオミを見て一同は可哀想な視線を向けるが、魔理沙だけはこの思考に至る原因である霊夢にも冷たい視線を向けるのだった。
兎も角、ここに新たに、『オミ&チルノ』VS『霊夢&魔理沙+大妖精』の戦いが始まろうとしていた。
真っ先に動いたのはやはりチルノ。
うぉおおおおお、と声を上げながら恐ろしい速度で氷刃を作り出す。
そしてそれに便乗するように、オミもまた水滴を周囲に浮遊させる。
流石、と言うべきか。
霊夢と魔理沙は既に迎撃の準備を終えており、オミとチルノが行動を始めた直後にはもう攻撃を開始する。
「そっちがスペルじゃないならこっちも同じ条件で戦らせてもらうぜ?」
言いながら魔理沙は箒に跨がり物凄い速度で突っ込んでくる。
自分の記憶が正しければあれは掠りながら強行突破してくる技だったな、とオミは数日前の光景を思い出す。
霊夢の発生させた大量の弾幕の中を、猛スピードで翔け抜ける魔理沙の姿を。
「ついでにコイツも食らえ!」
しかしオミの想像とは裏腹に、魔理沙は水と氷で作られた壁の中を高速で旋回しながらレーザーを連続で撃ち出してきた。
連続で、様々な角度から、的確に自分たちを狙う光線に只々感心しながら、オミ右半分を、チルノは左半分を防御する。
先程の教訓を活かし、霊夢にも気を配りながら、だ。
それが功を奏し、今度は気付くことが出来た。
真下と真上から迫る何重にも張られた結界の束に。
「これくらいで十分かな?」
「全然! でも仕方ないわね!」
オミはチルノに確認を取ってから、浮かべた水滴を――水弾を半分程真下の結界に、残りの半分を霊夢本人へと射出する。
チルノも同じように、作り出した氷刃を半分真上の結界へ、もう半分を飛び回る魔理沙へと向かわせる。
瞬間、ドドドドドと物凄い音を立てながら上下から迫っていた結界が爆発する。
「しょ、衝撃反応型!? アタイの知ってる結界と違う!!」
「最早、結界と言う名の何か、だね。しかも爆炎で二人が見えないや。」
そう、霊夢は二段構え……いや、三段構えで結界を張ったのだ。
結界を多重に張り強度を増し、表面に衝撃に反応して爆発する仕掛けを施し、爆炎に紛れて姿をくらませる。
これにより、また一方的な攻撃が始まる。霊夢はそう思ったが、魔理沙の悲鳴にも近い叫び声で認識を改める。
「見えないのに追跡が正確過ぎないか!!? うわっとぉ!!」
いつの間にやら、氷刃だけでなく水弾にも追われている魔理沙が爆炎の中に居るオミ達に向かって抗議する。
「ははは。魔理沙は自己主張が強いからねぇ。」
「見えなくても気配でまるわかりなのよ!」
強すぎるのも考えものだなっ。などとほざく親友は放っておいて、霊夢は1M程後退しながら不敵に笑う。
「どうでもいいけど。そこ、アブナイわよ?」
ビュオッと風を切りながら霊夢の前方―たった今まで霊夢が居た空間だ―を、大きな氷の槌と水の斧が通り過ぎて行く。
そしてオミとチルノの周囲を針と御札が囲み、複雑な陣を描き始める。
「こりゃ参ったね。」
「むー! 動けないじゃない、どーすんのよ!!」
「いや、私に言われてもねえ。」
一秒と経たずに、つい数分前二人を拘束した結界がより強固になったものが、二人を再び拘束する。
憤るチルノにオミは相変わらずのペースで声を掛ける。
「まぁ能力は使えるし、何とか出来ないか考えてみようよ。」
見方によっては……いいや、明らかに絶体絶命なこの状態で、オミは何を言っているのか。
言われたチルノも、その会話を聞いていた霊夢も唖然としながらオミの言葉を聞く。
「だって、此処は湖上だよ? 私達の武器なら腐るほどあるじゃないか。」
あまりにも平然と言い切るその姿に、全員が恐れにも似た何かを感じる。
彼の超然とした態度はどこか、数々の修羅場を潜り抜けた歴戦の戦士を前にしたようにも感じた。
そして暫くウンウン唸っていたオミは唐突に、さも当然のように、まるで名案だ、とばかりに言った。
「そうだ、全部凍らせてしまえばいいんだよ。」
そう言い切るやいなや、オミは多尾を揺らめかせながら天を仰ぎながら叫んだ。
「そう、全てを凍らせればいい。私にはそれが出来るのだから―――凍り付け!!」
「ちょっと、アンタは水を操るんでしょ? 凍らせるのはアタイの……っ!!?」
その言葉に、当然とも言える疑問を抱いたチルノが問いを投げかけようとしたその時。
「ちょっ!? これは拙くないか…!?」
「ホント、何から何までデタラメね……!!!」
「きゃぁああ!? ふ、服がぁ!」
壁の上部で蓋をするように咲いていた氷華が二回り程大きくなり、水壁に触れ―――
「ほら。これでどうだい? かじかんで何も持てないだろう? 身の安全は保証するから、私とチルノちゃんの勝負が終わるまで待っていて欲しいな。」
―――壁の全てが凍り付き、一瞬にして水氷の壁は氷の牢獄へと変貌を遂げた。
他にも、魔理沙の帽子や霊夢の巫女服の袖、大妖精のワンピースの裾といった先程の戦闘で濡れてしまった部分が凍り付いていた。
濡れている筈の腕や顔が凍っていないのは、オミのせめてもの配慮だろうか。
どちらにせよこの状況では、濡れた身体は急速に体力を奪っていく。
最早呆然としながらオミを見つめる一同に、オミは何もわかっていないような顔で強固になった筈の結界を尾で叩き割りながら言う。
「さて、じゃあチルノちゃん。仕切りなおしと行こうか。」
まだまだ続く二人のパート。