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WORLD BREAKER  作者: 白雨 蒼
魔女の軍姫と彗星の騎士
7/22

その2


 ――奇妙なことになった。


 ディアメル太后の部屋での騒動の翌日。普段着なれた高校の制服から先ほど手渡された服に袖を通しながら彗は漠然と考えていた。

 まさか自分を殺そうとした相手に剣を教えるように頼まれると誰が想像するだろうか。彗自身、なんとも釈然としない気持ちなのだが、承諾してしまった以上今更断るわけにもいかないと自分を納得させ、身に纏う衣装を見下ろした。

 白を基調に黒を袖や裾に走らせ、細部が金色の縁取りをされた衣服。近衛騎士の制服と言っていたのを覚えているが、どちらかと言えば日本の軍隊が式典などできる正装に近いだろうと、彗は漠然と思いながら金の縁取りをされた黒いネクタイを締める。そして、


「これは……なんだ?」


 一枚の黒布を手に取ってつぶやく。答えは背後から返ってきた。


肩套(マント)です」


 声の方を振り返る。声の主は部屋の入口で佇んでいた黒い短髪の女だった。彗の着ている服とはまた少し形の違う制服に身を包んだ彼女は、つかつかと彗の下へ歩み寄り、その手から布を引き取り、彗の右肩へと掛けた。そして傍のテーブルに置いてあった皮帯(ベルト)で一端を固定した。

「これで出来上がりです」

「……どうも」

 淡々と、短く霊の言葉を口にすると、黒髪の女は「仕事ですから」と短く答え、すっ……と右手を差し出した。


「アムリタ・リオルテです。シャーロット様の傍付兼補佐官を務めています。以後、よろしくお願いします」


 そう名乗った彼女と差し出された手を、彗は何度か交互に見た後、僅かに逡巡してからその手を取った。

「……彗。空凪彗だ」

「スイ……ですか。覚えておきます」

 アムリタの微笑に、彗は肩を竦めるだけで応じた。そうして辺りを見回して、問う。


「あの全自動暴走娘は?」


「面白いネーミングですね」


「的を射ているだろう?」


「見事に」


 アムリタが苦笑しながら肯定した。そして、少し考えるように眉を顰め、

「今の時間なら、きっと鍛錬場でしょう」

「そんなものがあったのか?」

 意外だ、という風に彗が告げると、彼女は何処かその言葉を納得したような笑みを浮かべて首を縦に振る。

「王城は軍の所在地でもありますから。魔術ばかりのように見えましたか?」

「……あのよく分からない光を創るのがその魔術なのだとしたら、そうだな。あればかりなのかと思ったのは確かだ。まるで他が機能していない」

 何せあの白い神殿のようなところで遭遇した衛士にしろ、謁見の間で彗を取り囲んでいた面々にしろ、武器を手にしている割にはひどく隙だらけに見えた

「貴方の言う光は、基礎級術である《霊球弾》のことでしょう。あれも当然ながら魔術です」

「……頼りすぎだろう? あれじゃ懐ががら空きだ。それに乱戦になったら使い物にならない」

 その指摘は、アムリタも分かっているように彗には見えた。そして、その意見に同意するように頷きながら、彼女は言う。


「これまでそうなったことがない――と、いうことです」


 その返答に、彗は呆れたように溜め息をついた。


「……火に頼りすぎると、いつか火傷じゃすまなくなるだろうな」


「私もそうは思いますが、実質この国は建国から千年近い歴史を魔術によって栄えてきたのです。その固定観念は簡単には崩れませんよ」


 自嘲するようにアムリタは言う。そう言いながら歩く歩み足は一定の歩幅を常に維持し、彗が見る限り、彼女の軸は全くぶれていないのだ。

 人間というのは二本の足で歩く生き物であり、自然――左右の足に体重を交互に預けて歩くこととなる。歩けば重点が左右にずれる。軸がぶれる。そして、その瞬間は攻撃も防御もままならない、致命的な『隙』となる。

 しかし、アムリタの動きにはそれが存在しなかった。歩いている最中、頭の位置はまったく揺れていない。それは即ち、重心が微塵の狂いもなく常に身体の正中線を貫いているということである。

 それは能楽などで用いられる伝統的な完成された歩法。ただ歩くだけでも至難とされるその歩法を、アムリタはさも当然のように行っていた。それだけで彼女がどれだけの技量を持っているのか彗ははっきりと理解する。

表情に出すことなく、しかして彗は彼女の足運びに感嘆の念を抱いた。


「お前は芸達者な方……というわけか」


 素直に、だが濁して賞賛の言葉を贈る。彗の言葉の意味を、彼女は正しく理解したのだろう。アムリタは不敵な笑みを浮かべて、


「お褒めに預かり光栄です」


 そう言葉を返した。そして続けざまに、彼女は提案する。

「では、鍛錬場へ向かうとしましょう」

 その言葉に、彗は無言で頷いた。


      ◇◇◇


「……荒れてるな」

「……荒れてますね」

 二人が揃ってそう言った視線の先で、金髪の少女――シャーロットが荒々しい動きで剣を振り回していた。今は普段は追っている黒衣はなく、黒い軍服姿だった。

 その少女が刃引きをされた練習用の剣を握り、まるで後先を考えない、ただ力任せに剣を振り回している様を見て、荒れていないと思うものは誰もいないだろう。

 それどころか、鍛錬上に居合わせたすべての者が遠巻きに少女を見て呆気に取られていた。


 無理もない。


 如何に魔術が優遇されるフィムルロードであろうと、それだけが戦力と数えられることは到底有り得ない。魔素を操る魔力は無限ではないのだ。魔術も行使すればそれだけ消耗し、疲弊する。最終的に魔力が尽きてしまえば魔術も使えない。そうなれば後は白兵戦だ。剣や槍は弓、あるいは銃などを用いた総力戦となる。その時戦う技術がないなんてあってはいけない。


 当然、フィムルロードの軍隊にも武術の訓練や演習が組み込まれている。他国に比べて少ないだけで、当然ながらある剣と槍、そして格闘術は一定水準まで扱えるように訓練生時代から学ばされているのである。


 故に、皆シャーロットのむちゃくちゃな動きに呆れないわけがなかった。殆んどがむしゃらに剣を振り回しているだけでは、何の訓練にならないことくらい皆理解している。当然、そんな無茶で無駄な行動は止めねばいけないのだが、彼女の苛立ちに満ちた表情とそれ以上に全身から滲み出る「近寄るな!」という無言の気迫に圧倒されて、手出しが出来ないのだろうとアムリタは何となく理解した。


 事実、アムリタが鍛錬上に現れたのを見つけた何人かの鍛錬をしていた兵士たちがすぐさま駆け寄ってきて、「アムリタ様!」「姫様を止めてください!」「私たちではどうしようも……」と、中には泣きそうな表情で縋ってくる者までいるのだ。


 アムリタは呆れたようにかぶりを振り、仕方がないとシャーロットの下へ向かおうとした――その時である。




 ――ゆらり。




 隣の気配が動いた。

 そして動いたと気づいた時には、その気配の主はもうシャーロットの元へと向かっていた。

 白い髪に黒白の衣装。胡乱で何処か希薄な雰囲気の影――見間違えようがない。シャーロットへと歩み寄っていくのは間違いなく彗だった。


 思わず感嘆の吐息を漏らす。


 あまりに疾い。しかもそのことをほとんど気づかせない無音の歩み。この場にいる者の中では一、二の実力を持つ剣士と言っても過言ではないアムリタですら、その動きに気づくのに時間がかかった程、彼の挙動には気配というものが欠落していた。

 とても移動したようには思えない。あれではまるで出現だ。亡霊が突如姿を見せたような。あるいは影が輪郭を得て具現したような――移動(しゅつげん)。少なくとも、アムリタ以外の者にはそう見えただろう。

 シャーロットまで数メートルという距離になって、ようやく彗が近づいていることに遠巻きの者が気づき、ざわめく。

 そして、近づかれている当の本人(シャーロット)は今も気づかぬまま全力で剣を振り回している。


 それ自体が、最早異常。


 謁見の間の時とは全く逆。あの目を見張り、言葉を失うような凄まじい疾さではない。先の速さが「動」の速さなら、これはまさに正反対の「静」の速さだった。

 皆が騒然とし、アムリタが絶句するその視線の先で、彗がシャーロットへと肉薄した。荒々しい素振りの間隙を縫うようにして詰め寄った白髪の男は、シャーロットが大きく剣を振り抜いたのを躱すと同時その腕を取り――思い切り軸足を蹴り上げたのである。


「――ひゃわ!?」


 可愛らしい悲鳴が鍛錬上に木霊した。彗に腕を取られ、更に軸足を蹴り飛ばされて支えを失ったシャーロット。彗は更に腕を引きながらもう片方の足も蹴って、その勢いを利用しシャーロットを綺麗に一回転させて背中から地面へ叩きつけた。


「うぎゃ!?」


 今度は色気のない悲鳴だった。一体何が起きたのか理解できていないのだろう。

 少女は地面に背を預けたまま暫くその青い双眸を瞬かせていたが、やがて視界の隅に捉えた彗を認識した瞬間、「き、貴様っ!」と大声を上げ、まるで敵を見つけた猫の如く身を跳ね上げて距離を取り叱声を上げた。


「貴様、よくも私の前に姿を現せ――「黙れ、阿呆」


 ぴしり……と、空気が凍りついたように感じたのは、おそらくアムリタの気のせいではないのだろう。観衆は当然のこと、言葉を言い切ることも出来なかったシャーロットなど、あんぐりと口を開き切ったまま言葉を失ったように彗を見ていた。

 その視線を一身に浴びる男は、まるでそんなものなど感じていないという風に溜め息一つ漏らし、言った。


「そんなふざけた剣の振り方があるか。今日日そこらのガキ共のやるチャンバラごっこのほうがまだ様になっているだろうな。いっそ城下とやらのほうに下って、道端で遊んでいる奴らに教わってきたらどうだ? この戯け」


 罵詈雑言の大盤振る舞いである。一国の姫にして、フィムルロードが誇る魔術騎士軍《聖輝の剣》を率いる人物に向ける言葉ではまずないだろう罵倒の嵐。

 いっそ清々しいほどの嫌味のこもった説教に、アムリタは声に出して笑うのを必死に堪えていた。

 そして、向けられた言葉の意味を遅れながらようやく理解したのだろう。シャーロットが顔を真っ赤にし、肩をプルプルと震わせ――そして大爆発を起こした。


「ふ、ふ、ふ、ふざけるなぁぁぁー!」


 怒り狂った様子で声の限りの大音声が一帯に響き渡ると同時、シャーロットは腰の剣帯に吊るしていた宝剣を鞘ごと手に取って刀身を抜き放つと、鞘を投げ捨て剣の切っ先を彗に向けて叫ぶ。


「剣を取れこの下種が! 私が直々に切り捨ててくれるわ!」


 またか……と、アムリタは呆れ気味に吐息を漏らした。

 感情が爆発すると考えるより先に発言し、行動するのはシャーロットの悪癖である。謁見の間も然り。ディアメル太后の私室で殺害未遂も然り。そして今回も然り。

 ――事実を指摘されたからと言って、そこまで怒らなくてもいいでしょうに。

 口には出さず、そう胸の内だけで呟く。自分に飛び火が来るのは誰だって避けたいのだ。彗自身も、何か考えがあってあれほど挑発しているのだろう。とりあえずは傍観に徹そうと、アムリタは成り行きを静観する。

 その視線の先で、シャーロット剣を突き付けられている彗は面倒臭そうに溜め息を一つついていた。そして「仕方がない」とでもいう風にかぶりを振り、先ほどシャーロットを投げた時にその手から零れた訓練用の剣を拾い上げると、それを億劫そうに肩に担ぐと――そして至極気だるげな様子で言った。


「――やれるものなら」


 それも――その無表情の口元に、相手を小馬鹿にするような笑みを浮かべるというおまけつきで、だ。



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