第65話 祭の時間ー5
「はぁ、ふぅ…待って…ぇ……」
走っています。私ことシルファは走っています。
息が苦しくなってきたけど、足を止める訳にはいきません。
ここは祭りの人込みの中。
足を止めたら、逃げるライラを見失ってしまう。
セレーネお姉さまに背を押されてから、かなりの時間走った気がします。
基本的に廊下を走るのは禁止だけど。
走って逃げる相手は走って追うしかありません。
それに今日はお祭り、忙しく走り回っている子も多い。
生徒会の方々も、今日だけはと目を瞑ってくれているのでしょう。
とにかく私は走ります、重くなり始めた足を上げて走ります。
こう言う時、風系の加速魔法があれば便利なのだけど。
生憎、私が『今』使える魔法は『闇』系のみ。
でも、お姉さまの様に『闇の触手』は使えない。
そもそもあれはお姉さまの固有魔法、普通に習得するのは難しい。
かと言って、闇の霧で視界を奪うのは周囲に迷惑が。
やはり走って追うしかありません。
……とは思うも、そろそろ体力の限界が近い。
足が上がらなくなってきた、ライラの背がどんどん遠くに離れて行きます。
なぜこんなに長く走れるの…?それになぜ走って逃げるの?
そう。ライラに声を掛け様としたらなぜか急に走り出して。
それからずっと追いかけっこ状態。
「もう…無理……、はぁ、はぁ……」
限界です。
息枯れた声で呟くと、腕をふらふらとさせながら立ち止まり膝に手を突く。
私も魔法の訓練等で多少は鍛えたつもりだったけど……
持久力や体力の方はまだまだったみたいです。
魔法を使えば大抵の事は腕の力抜きでなんとかなる。
でも、体力や持久力は別問題。
「私、もう少し鍛えた方がいいかもしれない……」
膝に手を突く姿勢で俯きながら息を整える。
ここは廊下のど真ん中、生徒達が行き交う往来で迷惑かもしれない
それは分かっているけど、直ぐには動けない。
「…まったく、だらしがないですわね?」
声と共に、私の視界に白い手が差し出されました。
視線を僅かに上げれば、見覚えのある口元が呆れの形を作っていた。
「…ライラ…?」
「ええ、わたくしですわ?んー…一先ず移動しますわよ?」
ライラは言うと私の手を強引に掴み、引っ張る様に歩き始めました。
握られた手が痛い。痛いけどここは身を任せるしかありません。
そう言えば、前にもこんな事が……
「ぼんやりしていないで、さくさくとお歩きなさい?」
「…う、うん」
怒られました。ライラの瞳が抗議の色で私を見ている。
疲労で足は重いが、休むなら場所を変えた方がいい。
手を繋ぐ私達を見る視線もあるし、ここで注目を集めすぎるのは恥ずかしい。
そうでなくても、『巡礼の儀』が始まれば大量の視線に晒される事になる。
だから、足を動かす。
………
……
…
「ここなら休むのに丁度良いですわね?」
「私…座るね…?」
引っ張られ歩き続け、やっとこ見つけたのは空き教室。
都合よく空き教室があるなんて…と、思われるかもしれないが。
この学園校舎は広い、とにかく広い。
生徒手帳の『魔法地図』が無ければ迷子になるかもしれないくらいに広い。
だから未使用の空き教室は多くあるし、用途不明の部屋もある。
なぜこんなに広いのか謎ではあるが……
とにかく。
見つけたのは、私達の教室と同じ構造の空き教室。
階段状になった長机、縦横に並ぶ大きな黒板。
天井には魔法光を落とす四角い灯。どれも見慣れた物ばかり。
ただ違うのは使われた形跡が無いと言う事。
なのに、埃が全く積もって無い。
壁も机も真っ新で、ここ最近使われていた形跡が無いのに。
埃が全く積もって無い。
制服に埃が付かないのはありがたいけど、不思議です。
小まめに掃除していたとして、空き教室の多いこの校舎を誰が掃除するのか……
不思議や疑問は多数あるが、ともあれ近くの椅子に腰を下ろして一息。
「はぁ…やっと落ち着けた」
「まったく、わたくしの事なんか追いかけるからですわ」
ライラさんのおっしゃる通りです。
声に振り向けば、彼女は窓の方を見ながら溜め息していた。
これは、もしかして怒らせてしまったのでしょうか?
逃げるのを追いかければそうなるのも当然かもしれません。
謝るべきかもと考えていたら、違った様です。
「追わずとも、儀式の時間になれば嫌でも会う事になりますのに」
瞳の色が見える振り向きと共、呆れ混じりの声で彼女は言う。
確かに彼女の言う通りかもしれない。
時間に身を任せれば、行きつく場所には行きつくだろう。
でもそうじゃない。
「…その前にライラに会いたかったから…ね?」
「ね?と言われましても……」
私の言葉にライラは困惑の瞳を浮かべるが
朝会ったきり、時間まで言葉を交わさないのは寂しすぎる。
「…まぁいいですわ。して、どうしますの…?」
「え……」
今度は私の方が困惑してしまう。この返しは予想していませんでした。
予想以前に私はライラに会ってどうしようと思っていたのでしょう?
…何も考えていませんでした。
「………」
じっと見ています、ライラが無言で私を見ています。
いつもみたいに綺麗…なんて思っている余裕はありません。
視線に圧を感じます。むしろ綺麗な瞳だからこその圧の強さです。
「あ……」
「あ?」
「歩こう!足に任せて歩こう!」
苦し紛れの言葉。
私はライラが返事をするよりも先に彼女の手を取ると歩き始めた。
歩けばどうにかなる、はず。
これまでもどうにかなってきたから。
ここまで読んでいただきありがとうございます。




